相棒vs逆転裁判 〜ヤタガラス〜
作者: カオル   2014年03月10日(月) 21時37分57秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
「ええ――ッ、御剣さん、来月には海外に行っちゃうんですかッ」

淹れてもらったばかりの紅茶を手にしながら自分の隣に座る少女が驚いた様子でその人に顔を向ける。高い空が映る景色を背にするように置かれているモダンなデスクは大変機能的に思われると同時に、このクラッシックな部屋には少し不釣り合いに感じられるデザイン。そして今、自分たちが座っているソファーは、この部屋にあるカーテンと同素材の深い光沢を放つワインカラーのビロード製だ。間違いなくオーダーメイドだろう。
「しばらくは御剣さんの紅茶飲めないんですね。さみしいなあ〜」
「君は受験生だろう? こんな所で油を売る暇があったら帰って勉強でもしたらどうだ?」
「言われなくても、分かってますよッ」
本日、自分がここにやって来たのは、現在捜査彼中である事件の被害者が以前、刑事裁判で検察側の証人として出廷していた事が判り、担当の検事から直接話しを聞く必要が生じたからだ。もう既にその要件は済んでいたのだが、この少女の姿を目にしてからこの場を離れ難くなってしまった。始めこの少女の存在はかなりの違和感として感じられたのだが、それが逆に強い興味の対象と変化する。それにしても変わった格好だ。話しから察するに彼女は大学受験を控えた高校生のようだが、今時の女子高生にありがちな短いプリーツスカートの上にピンク色の唐草模様のカットソーを着用し、カラスの濡れ羽色と言ってもいい長い髪を高く一本に結んでいて、根元の髪飾りがまるで『刀の柄』をイメージさせる。そこに刺さるかんざしが、その細い小首を傾ける度にキラキラと輝き、まるで“くのいち”を思わせるような出で立ちだが、執務中の検事の部屋に堂々と現れ、当たり前のようにお茶を飲んでいるこの少女は、この部屋の主にとって一体どのような存在なのだろう? そう言えば先程顔を出した所轄の刑事に向かいこの少女は、『……ノコちゃん!』と声を掛けていた。それに対して年季が入ったコートを羽織る男が何も怪しむ事無く、笑顔を見せながら返事をする。常識的にはあり得ない光景だと思うのだが、どうやら彼らにとってはこれが日常であるらしい。
「おやおや、あなたのお父様は検事だったのですか?」
猫のような大きな瞳で警視庁からやって来た刑事を珍しそうに見ている少女と話しをする内に、彼女の父親が以前、この部屋を使用していた事を知り、少しずつ若い検事との繋がりが見えてきた。
「ハイ、お父さんは……私が10歳の時に事件に巻き込まれて亡くなりました」
その瞬間、碧色の瞳が俯くように下の方に向けられる。思えばこの部屋の主である男も同じ年齢で弁護士である父を目の前で失っている。共に司法試験を突破し、その職に就いていた大切な人を失った二人は同じような境遇を共有しているのだ。
「では、あなたも大学に合格したら司法試験を考えているのですか?」
その質問に少女は大きく首を振った。自分が父親から受け継いだのは運動神経のみで頭の方は……そのように話しながら照れくさそうに笑う。
「でも、父が職責を超えた行動を取るに至ったその想いが何だったのか、それを知る為の学部で学びたいと思っています」
何と言っても自分は二代目ヤタガラスですから! そう話す傍から現役の検事である男の厳しい視線が飛ぶ。
「大丈夫ですよ、御剣さん。ヤタガラスの盗むものは……真実だけですからッ」
「その真実の為に、あなたのお母様は随分と辛い想いをされたのでしょうねえ……」
この言葉に少女の身体がピクリっと震えた。物事の核心に触れたとき人が見せる反応だ。
「申し訳ありません、つい気になってしまったもので失礼致しました」
「杉下警部。もう要件は片付いたのだ。そろそろ自分の仕事に戻ってはどうかな?」
若い検事からそんな言葉が口をついて出る。幾分、ぶしつけな質問であった事は覚悟の上だったが、少女は健気にも笑顔を見せながら話しを続けた。
「お父さんが亡くなってから、母の実家である祖父母の家で暮らしました。その時からお母さんは働き始めて……本当は私の進学も経済的には厳しいけれど『あなたが学びたい事があるのなら、頑張りなさい』って言ってくれました」
検察官が職務中に殉職したのであれば、遺族に対して相当な額の経済的保障があるはずだが彼女の父親の場合、ヤタガラスであったという事実が妨げになったのだろうか? 彼女の母親は夫亡き後、実家に身を寄せながらも女手一つで彼女を育てて来たようだ。
「一条美雲さん」
飲み干した紅茶のカップを掛けていたソファーの肘掛の部分に乗せ、立ち上がりながら初めてその名を口にする。子供の頃に父親を失い、恋しさから二代目ヤタガラスとして跡を継ぎたいという気持ちは理解出来る。ヤタガラスを名乗る、その志を否定する事は彼女の今までの生い立ちや父親への愛情を否定することに繋がり、そこに他人が容易に踏み込む事は難しい。多分、それは少女に深い愛情と責任を持つ者だけに許される事なのだろう。
「検察官は控訴権と捜査権を持つ責任重大な立場にあります。法に対して深い知識を持ちその事を誰よりも理解していたはずのお父様が、立場を超えた行動を取り、その為に自らの命を失う事になった。これが一体、どのような意味を持つのか? お父様が感じていた“法の限界”とは何だったのか? これから先、あなたにはそれを学んで頂きたいと思うのです」
「それは……私がヤタガラスを継ぐのは間違っていると言う事ですか?」
部屋のドアノブに手を伸ばしこの場を去ろうとしている男に、少女がそのように問い掛ける。そう、周りの人間は言えないのだ。彼女の事情を知るだけに、それが言えないでいるのだ。

「僕が、ひとつだけ云わせて頂けるのなら」

二代目ヤタガラスを逮捕するような事だけはしたく無い、それだけですよ――。


END

■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。

■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集