過去×未来
作者: ぽぷり   2014年02月02日(日) 11時51分32秒公開   ID:lkKP6upYo7A

「…ねえオドロキ君、君はタイムスリップに興味はあるかい?」

何気なく聞かれて、思わず俺は生卵をつぶしてしまった。
「ああ〜!一個いくらすると思ってんですか!もったいない…。」
あわてて雑巾でぬぐい取る。仕方ない…今日は卵はあきらめよう…
「ははは。そうあわてなくてもいいのに。…今日は焼きビーフンがいいな。みぬきは焼きそばがいいって。あ、鶏肉にしてね。紅生姜はいらないから。」

我がまますぎる!というか、昨日もおとついも焼きビーフンだったじゃないか!
「だーめーでーす!栄養バランスを考えないと…で、タイムスリップって?新聞の四コマにでも出てました?」
ピーマンを炒めながら若干皮肉交じりに言う。
「いや。実は僕さ、雑誌で「これであなたも過去に行ける!」ってやつ見たんだよ。やってみない?」
差し出されたのは…一冊のオカルト本。

「特集!霊媒の里、倉院へ!家元に話を聞きました!」
「願いの叶うブレスレット。これであなたも…?」
「宇宙人はいる?ある男性の後をつけていた
喋りまくり宇宙人!カタカタビームは超音波?」

「…」

成歩堂さん、こんなのが好きだったんだ…。
どぎつい色の表紙のすみに、「タイムスリップ」の赤文字を見つけた。
「えーと。…二人で手をつなぎ、四回ジャンプする。そのあと、三回ずつ時よ戻れと言う。行きたい時代を言う。で、時空よ変われ!という…なんですかこれ。」

「その通り。二人しかタイムスリップできないみたいだし、ちょっとやってみようよ。代りに、今度の法廷手伝ってあげるから。」

「え!いいんですか?じゃ、じゃあちょっとだけ…。」


数分後
「ただいまー。みぬき、おなか減ったなあ。…あれ?」
そこには誰もいなかった。ついでに言うと、
オカルト雑誌も消えていた。

「ッ…。こ、ここは…?」

気付くと、かたい床に転がっていた。
俺は、どこにいるんだろう…。たしか、成歩堂なんでも事務所にいたはずじゃ…?
「あ…まさか、タイムスリップしたんじゃ?」

あんな妖しい本に書いてることが正しい?うわあ詐欺じゃん訴えようか。

「で、ここどこだろう?成歩堂さんは?」
とりあえずたちあがって、あたりを見回す。

うっすら開いているドア。カウンターみたいな受付っぽい机?なんていうんだろう。ついでに、小さめのソファ。

…心当たりがない。

あのドアが突破口ってとこか。
そう思ってドアを開けようとした瞬間…

「何か」が俺の腰をグイッと机の下に引き寄せた。
口までふさがれる。息が苦しい。言いようのない恐怖に涙も忘れてひたすらボー然とする。
必死の覚悟で振り向くと…。

「な、成歩堂さんじゃないですか。びっくりさせないで下さいよ…。」
力が抜けた手の下から安堵のため息とともに
くぐもった声で言う。
「…しっ。誰か来る…」

そういう成歩堂さんの顔は真剣そのもので…何かをあきらめたような響きさえあった。

「なる…。」

がちゃん!
「おねえちゃ―ん、いるっ!?みそラーメンの約束だよ〜。」

軽快な声とともに登場してきたのは、17歳くらいの少女。和服…?を着ていて、髪を小さく結っている。

「え?誰…」
俺はわからなかったけど成歩堂さんは分かったみたいだ。キッと口元を結んでいる。

さっきから思っていたけど、とても…悲しそうだ。
なぜか、みているこっちが苦しくなるような…。

少女がドアを開けた。
成歩堂さんが目を伏せる。
ドアの隙間から見えたのは。

真っ赤な血に染まった…死体。

「っ…!」

思わず目をそらす。
成歩堂さんの目に涙が浮かんでいた…。

「きゃああっ!お姉ちゃん!」

すすり泣く声。悲しげな…その声。
涙を浮かべても流さなかった成歩堂さんは、
かすれた声でつぶやいた。

「チヒロ…さん…。」

がちゃん。

「千尋さん?いますか?…!これは…?」

次に入ってきたのは…若き日の成歩堂さんだ。テレビで見たことがある。三年間無敗の伝説を作る、その前の姿。

「千尋さん?」

「出よう、オドロキ君。怪しまれる。」

ドアが開き、若い成歩堂さんが入って行ったところで現成歩堂さんがつぶやいた。

「それに、今は、ここに居たくないんだ。」

俺たちは外に出た。
外は真っ暗で…星と月が光っているから、そうは言い切れないけど。

「ごめん…僕は君をとんでもない所に連れてきてしまったらしい。」

もう涙は浮かべてない。きっぱりとした口調で、成歩堂さんは…言った。

「今から僕たちは、一つの事件にかかわることになる…!」

今宵は満月。
月が妖しく光っていた。

「成歩堂さん…。」
「…悪いね、オドロキ君…。」

これからどうしたらいいのか、見当もつかない。戻れるのかさえ、わからない…。

「…あ。さっきの人たちって、一体…?」
「話してなかったね。あの子は…。」

話していて、気がつかなかったらしい。
前から、若い男性が歩いてきていた。

「あ!危な」

そう言いかけて…止まった。
言う前に、男性は俺たちの体を…


すり抜けていった。


「え…」
「え…」
「「ええええええええええ!?!?!?」

なんだ!?幽霊になったのか!?俺たちは透明人間になってしまったのか?死んでるのか!?

「まま、待って下さいよ!だって、小石とか触れるじゃないですか!」

地面に落ちていたコンクリートのかけらを拾ってみる。もちろん、持ち上げられた。

「え、ええと、じゃあ!生きている人間には僕たちの姿も見えないし、声も聞こえないってことかな!?」

俺たちはあわててそこかしこに触れてみた。もちろん、人間にも声をかけたり触ってみたりした。

「駄目だ…!人に触れることが、出来ない…!」
「何でですか…なんでもありかよタイムスリップって!」

その通り。
もう俺たちは幽霊と変わりない存在なのだ。
目の前が、真っ暗になる…。

「…俺たち、どうなるんでしょうね…。」
壁もすり抜けれるらしい。コンビニの壁をぐっと押すと、左手があっちに入って行った。

「のれんに腕押ししてるみたいですよ…。」
「使い方が間違ってるよ、オドロキ君。」

成歩堂さんの声もだらんとしている。

「本当に死んでたら、あの子にレイバイしてもらうとか、いろいろ手はあるんだけどなあ…。」

不吉な事を言わないでほしい…。
…ん?あの子?

「あの子って、誰ですか?」
「ああ…さっき部屋に入ってきた女の子。霊媒師なんだ。」

「は!?」

「あのオカルト雑誌もね、あの子が載ってるから買ったんだ。家元だしね。」

待ってほしい。話が理解…できない!

「ま、気長に話すよ。」
なにせ、と続けて言った。

「時間はいくらでもあるんだから…。」

…マジでどうしようこれから…?、

「…はあ。腹、減ったなあ…?」
ひょうたん公園のベンチに座って、俺は小さく溜息をついた。
どうしようもなく腹が減る。夕飯食べてこなかったからだろうか。

「…オドロキ君、ほら。」
何気なく出されたのは…あんぱん。それと、牛乳。
「え?これって…」
「そこのコンビニで売ってたよ。」
え…俺たち姿が見えないのに、何で…

「…はっ!」

まさか…。
頭の中に、こっそりパンを持って外に出る成歩堂さんが浮かぶ。
もちろんレジには通していない。

「…違うからね?言っとくけど、お金は払ったよ。レジの中に直接。勝手に開けちゃったけどね。あのレジの人、ひっくり返っちゃってさ、困ったよ。」

可哀そうに…。

そう言って、パーカーのポケットから取り出したのは、カツサンドとパックのぶどうジュース。差を感じるのは俺だけか?

「ま、いいか!頂きまーす!」
店員さんを犠牲にして持ってきたあんぱんは、文句のつけようがないくらい旨かった。

牛乳とあんぱんのハーモニーを楽しみつつも、的確に効率よく食べ進めていく俺を見て、成歩堂さんは「仕事もこうだったら、もっといい依頼来るんだろうねえ…。」と聞こえよがしにつぶやいた。

そういう彼はほとんど口をつけていない。まだ3分の2が残っているカツサンドと、さっきから全く飲んでいないぶどうジュース。そりゃ、あんな目撃した後じゃな…。

ちょっと気の毒だ。
あ、ぶどうジュース飲むんだ。
「あーあここの会社のやつ味薄いんだよなー。あの会社、まだできてないしな―。まあ飲めることには飲めるんだけどね?一番ましだし。あそこの会社の着色料どばどば入れてるのよりはましかー。」

…文句を言っている。

「はあ…じゃ、飲まなかったらいいじゃないですか…?」
「何言ってるんだいオドロキ君?一日7リットルは飲まないと落ち着かないんだよ。」
「多すぎですよ!自重してください!」

どこにいても変わらないなあ…とふっと思った。ぶどうジュース好きはいつものことだしなあ…。でも7リットルって…多すぎだろ
絶対!!

そんなこんなで、夜が明ける。
半分はぶどうジュース論争、もう半分は脚立梯子論争。
なんだか疲れた。
…ん?あそこにいるのは…

「若き日の…成歩堂さんですか?」
■作者からのメッセージ
SFチックですね。成歩堂はピーマン嫌いだと思う。

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