杉下右京VS御剣怜侍 〜告発〜
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2013年05月19日(日) 20時40分52秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
「わぁ〜、警察手帳ってこんな感じなんだッ」

この部屋にいた先客の女子高生が自らを警察官だと名乗る男性に対し、このような言葉を口にする。テレビドラマでしか目にした事のなかったソレに興味を示す少女の疑いは晴れたようだが男からしてみれば、この部屋に置ける彼女の存在の方が遥かに違和感があった。
「ハイ、正確には警察手帳とは身分証の総称です。昔は手帳としての機能もあったのですが、今はどちらかと言うとバッジケースに近い仕様になりました」
「私、本物を見るのは初めてです。そう言えばノコちゃんから一度も見せてもらったこと無いなあ」
最初、この部屋を訪れた者は、まずヨーロッパの貴族の館さながらの内装に驚かされるだろう。部屋全体がワインレッドに近い色合いの赤で覆われており、中央においてあるデスクは大変にモダンなデザイン。近代的な高層ビルの12階から望む景色は厚い緋色のカーテンに縁どられ訪れた者に、この一室が特別な人物が所有するのだと印象付けるのに一役買っている。しかし、それ以上に印象的なのは、この部屋を所有するその本人だ。今時、大変珍しいクラッシックなタイプのスーツにネクタイではなくクラバットと言われるフリルのような襟元の白いシャツを着用し、黒いベスト以外はジャケットとスラックス共に室内と同様の赤色といった出で立ちだ。
「――あなたは?」
今、 所用から戻って来た男性が聞き返すその言葉の端には、事前の約束も無しに突然やって来た男を不快に思う響きが伝わって来る。
「申し遅れました。私、警視庁特命係りの杉下と申します」
 突然の訪問者も服装には一応のこだわりをもっているが、ここまで徹底している人物は、そう出会えるものではない。ましてや相手は同じお堅い印象の国家公務員だ。見たところまだ十分に若いといった年齢でありながら、これだけの部屋を与えられ、それなりのキャリアを積んでいるこの検事は最年少で司法試験に合格し二十歳の頃から、その職に就いている法曹界で彼の名を知らないものはいない程の将来を嘱望された若き天才だ。
「今日はお客様のようだから、これで帰りますね」
そう付け加え立ち去る少女を見送りながら次の瞬間、厳しい目線を男性に向ける。
「特命係が私に何のようかね?」
「実は、このたび発覚した検察内部の証拠改ざん事件について少しお伺いしたいのですが」
訪れた主旨を告げると相手は眉間に深い皺を寄せた。確かに事件は公に報道され容疑者である担当検事と直接の上司は今や被告人として裁判を受ける身となった。職業柄多くの人間を裁きの庭に送り出してきたであろうが、今度は自身がその立場となったのだから皮肉なことだ。
「それならば、もう既に容疑者は拘束されている」
「ハイ、今回の事件では直接改ざんにかかわった担当検事とその報告を受けていながら、黙認した上司の二人だけの逮捕で幕引きを図ろうとしているようです。しかし、本当にそれだけなのでしょうか? この事件の影には組織的な体質として過去に同様の事が行われてきたのでは」
「何を根拠に、そのような事を言っているのかね?」
今やあからさま不快な表情を見せる若い検事は両の腕を組みながら目の前の男を睨みつけた。ウワサでは彼はその眼力で自分より年上の刑事達をも震えあがらせるという。猛者とも言うべき彼らを恐れさせる事が出来るのだから、その実力は大したものだ。
「失礼ですが、御剣検事。あなたも以前、同様の件で検察審査会にかけられた事があると伺っております」
「ほう、私の事を調べたのですか」
 その瞬間、若き天才の態度が少し変わった。今までの怒気を発するだけの態度から少し皮肉交じりの表情へと変化する。おそらく相手を警戒する必要を感じたのだろう。
「あなたのような方とお話しするには、行き当たりばったりという訳には行きませんから……おやおや、これはッ」
そう云いながら警視庁から来た男は両手を合わせながら部屋の壁際におかれているソファーの上に飾られている額縁に入った衣装を見た。
「素晴らしい! 僕も着るものにはうるさい方なのですが、これはまた一段とヒラヒラしていますねえ〜。それに、このすわり心地のよさそうなソファーはオーダーメイドですか」
人は自分の趣味を褒められると、悪い気はしないものだ。職業柄、硬軟取り混ぜて相手からより多くを聞き出そうとするのは捜査の基本。
「話しの本筋に戻りたまえ」
「失礼致しました。つい脇道に反れてしまうのが僕の悪い癖で。それでは単刀直入に伺います。今回の検察の不祥事を受けて内部で調査チームを設立したそうですが、御剣検事はその調査チームの代表に選ばれたとか」
「いかにも、その通りだ」
先輩検事達を差し置いて若い彼が、このような代表に選ばれること自体異例だが、周囲が火中の栗を拾うような役目を嫌がったと言うのが真相だろう。
「そこで改めてお伺いします。今回の一件はどのような経緯で発覚したのでしょうか?」
始め検察は、この不都合な事態を隠ぺいしようと図った。しかし、とあるキッカケから公にせざる負えなくなったのだ。
「内部告発を元に大手一般紙が大きく報じたからだ。全く情けない話だ。誰よりも法を重んじなければならない身でありながら自身を浄化する事が出来ないとはッ」
 秋霜烈日の理想を胸にする検事といえども例外ではない。深く目を閉じながら答える男の言葉は、偽らざる彼の本心なのだろう。組織の中において人は自らを律する事は難しい。額にかかる前髪の向こう側に宿る灰色の瞳が暗い色を帯びる。
「告発者に心当たりはありませんか」
「今更、そのような事を聞いてどうなるのだ? 事件は既に警察の手を離れ裁きの庭へと引き継がれた」
「確かに、事件は警察の手を離れました。しかし、細かい事まで気になってしまうのが僕の悪い癖で」
気が付けば先程ソファーの前にいた男の視線は、窓際に飾られた数々の置物に向けられていた。
「こちらは《検事・オブ・ザ・イヤー》受賞記念の盾。聞くところに寄ればこの盾のデザインは“矛盾”と言う言葉から来ているそうですねえ。おやおや、検事は紅茶好きですか、見れば判ります。このカップの形と色合い。英国のボーンチャイナ特融の輝きです。それに、この葉茶の何とも言えぬ暴力的なテイスティング」
しかし、警視庁から来た男はあえて窓際に置いてある、この部屋には不釣り合いな人形については一言も触れなかった。 
「私は、忙しいのだッ」
これ以上、無駄な質問に答えるつもりはない! そう言い放つこの部屋の主に向かい警視庁から来た男は声のトーンを変えて、すかさず聞き返した。
「ヤタガラス」
「――今、何と言った?!」
先程、堪忍袋の緒が切れた若い男の様子が一変した。日頃、相手を揺さぶり証言を引き出す立場にある検事が、不意に告げられたその名に動揺を隠そうと懸命になる。
「やはり、心当たりがおありなのですね。今回の事件が表向きになったのは内部告発を元に大手一般紙が報じた為となっていますが、一部の関係者の間では十年ほど前、数多くの不正事件をマスコミの力を借り白日の下へと引出したヤタガラスの再来ではないか、と囁かれているようです」
 普通マスコミは、このような情報元を警察には明かしたりはしない。それは偶然にも関係者を通して耳にした事だ。
「ヤタガラスが何故、今になって現れるようになったと言うのだ?」
「それは、あなた自身が一番ご存じなのではないでしょうか」
「フッ、まるで私が告発者を知っているような口ぶりだな」
そのように話しながら若き検事は、西洋人が余裕を見せる時に使う手のひらを上に向けるポーズを見せた。
「知っているのですよ、あなたは告発者の名前を――。寧ろあなたが心配しているのは告発者自身の事ではないでしょうか? 先程の可愛らしい御嬢さん、とてもあなたの事を慕っているようでしたが、彼女の名前は確か、一条……」
かつて検事であり彼女の父親でもあった男は職務から逸脱した行動の為、命を落とす事となった。その志を継いで二代目ヤタガラスを名乗る彼女は、事ある度にこの言葉を繰り返す。

《ヤタガラスが盗むたった一つのもの。それは……真実です!》

「もし、私がその告発者を知っているとして、どのような罪になると言うのだろうか?」
普段、法廷で相手を揺さぶる立場の者が、あきらかに動揺を見せる。それは彼の中で守ろうとする対象が大きな存在である証拠だ。
「法に関しては、あなたの方が、お詳しいのでは?」
長く凍りついたような沈黙を経て、若い検事は言葉を続けた。
「いいだろう、認めようではないかッ」
これは、もはや逃げ隠れは出来ないと判断した男の最後の手段。少女が男の元に頻繁に出入りするようになり、いつしか男性の助手を名乗るようになった。本来ならとてもありえない事ではあるが、いつしかそれが日常の風景となり男の局内での威光もあってか、周囲は多くを言わなかった。その責任は自分にある。彼女の起こした行動は全て己の甘さから出た事だ。少女は男性が悩んでいた事に気が付いていた。何かしらの形で力になりたい……そう願う気持ちと父親から受け継いだ“ヤタガラス”の名前が今回の告発に至ったのだろう。法の限界。彼女の亡くなった父親が感じていた同様のものが、目の前に存在していたのだ。
「いかにも私が告発者だ。だが告発者は守られる」
「公益通報者の保護。確かに公務員も対象ではありますが、果たして認められるでしょうか?」
「私は何としても、彼女の存在を表には出したくないのだ」
当初の自信に満ちた態度とは違い、視線を下に向けた男性は年齢相応な一人の人間としての姿が垣間見える。
「しかし、マスコミはそのようなネタ元を警察には明かさないのでは? 失礼だが、何故あなたが、このような事をご存じなのだろうか?」
「申し訳ありませんが、それはご勘弁下さい」
今回のヤタガラスのリーク先、それが帝都新聞だった。
「右京さん。ここにいらしたんですか? 随分探しましたよッ」
突然、部屋のドアのノックと共に一人の訪問者が姿を現した。
「失礼しました。こちらは同じ特命係りの甲斐刑事です」
訪問者の代わりに名前を呼ばれた男がそのように答え、もう要件は済んだから今すぐに退出すると伝えると、やってきた刑事を先に部屋の外へ出るように促した。再び、二人きりになった室内で若い検事が問いかける。
「だが、どうして判ったのだ? 彼女が今回の告発に関わっていると言う事が」
「ヤタガラスは日本の神話に出てくる三本足の烏。先程の御嬢さんのマフラーには、特徴のあるバッジが付いていました」
深くため息をつく検事に近寄り、軽くその肩に手を添え、最後に男はこう言葉を掛けた。
「御剣検事。ボクは、あなたのような人が、ここにいる限り希望はあると考えます。誰しも自身を律する事は難しい。時間もかかるでしょう。しかし、大切なのは決して諦めない事ではないでしょうか」
彼はこの先、法曹界を担う人材となるだろう。自分の保身よりも、あの少女の将来を第一に考えた人物なら、未来は期待出来る筈だ――。



「天才って言われる君が、これ程までやり込められるのだから、その刑事相当な人物だね」
遠い北の国を模して造られた地上から深く沈む場所で、この店の名物とやらの料理を前にしながら二人の男が顔を合わせる。一人は前述の若い検事。もう一人はこの店の専属ピアニストだ。もっとも殆どの客は彼がピアノを弾いている所など見たことはなく、彼の主な仕事は、この奥にある特別な場所でポーカーゲームを挑んでくる相手と勝負をすることらしい。
「彼らが帰った後、糸鋸刑事に聞いてみた。特命係は警視庁内では窓際扱いらしいが、杉下右京という人物は、中々の切れ者だそうだ」
そのように話しながら、同席の者と同じ葡萄から出来た飲み物を口にする。自称ピアニストの男は彼の様子から、そのような人物について知らなかった事を非常に後悔し、苦々しく思っているのだと推察した。しかし、次に出てきた男性からの言葉は自分が当初、考えていたものとは、ちょっと違っていた。
「後から入って来た刑事……君に大変よく似ていた。そう、弁護士だった頃の君の姿に」
「えッ?」
「成歩堂。君は、いつ弁護士に復職するのだ?」
気が付けば向かい合う男性が、こちらを指さし眉間にシワを作りながら睨みつけている。不意に戻ったいつも通りの旧友の姿に内心ほくそ笑みながらも、表情だけは相変わらずの男が気の無いような口調で切り返した。

「まあ…気が向いたらね――」



END

■作者からのメッセージ
二次元と三次元の融合ですッ…(^_^)/

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