福音
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2013年03月09日(土) 00時33分47秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
 遅く取った昼食の後、部屋に据えてあるデスクの引き出しをそっと開ける。その奥には白い小さな紙袋が隠されるように置かれていた。それには最近の日付と医薬分業が進んだ為に掛かっている病院名ではなく処方した調剤薬局だけが記されている。

 子供の頃に巻き込まれた事件から心に闇を背負い、長い間その悪夢に苦しんで来た歳月はその真相を知った今でも消える事は無い。それはどんなに振り払おうとも、この身がある限り続く影のようなものだ。そんな思いを断ち切る為に懸命に学び邁進して来たが、心の闇は決してあきらめず常に私を飲み込こもうする。その葛藤から逃れようと僅かなカウンセリングと引き換えに手に入れた小さな錠剤は後ろめたさと、ささやかな心の安定をもたらしはしたが根本的な解決には至らず、さりとて一度手に入れた偽りの安らぎを手放すには初めて心療内科の門をくぐる決断をした以上にためらいを覚えた。結局、私は時折訪れる過去を思い起こさせる衝動に不安を感じながら、この闇と共存し戦い続けて行くしかないのだろう。

「ミツルギさ〜ん!」

 突然、私の耳に降りて来た声はいつしか物思いに沈んだ男を現実世界へと引き戻した。いつものことではあるが、突然にここを訪れ私のテリトリーの中に入り込んでしまう少女と、その後ろには長い付き合いである刑事の姿が見て取れる。先程、私は己の中にある心の闇について触れたが、最近それに対抗するもう一つの手段がある事に気がついた。


 それは……光だ!

 
 闇を払い足元を照らし、何よりも人を明るい気持ちに導いてくれる。光さえあれば誰しも勇気を持って前に進む事が出来る。君達は私にとってなくてはならない存在だ。

「……どうしたんですか?」

 輝く碧の瞳をこちらに向けながら何気なく男の手元を伺う少女の視線を感じ、何でもない旨を答えながら、私はその手で静かにデスクの引き出しを閉じた。


 END


■作者からのメッセージ
3月2日〜3月9日はごろ合わせで「ミツミク」DAYSですッ(^_^)/

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