コタツに入って
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2012年12月14日(金) 23時42分04秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
「ゴメン……だいぶ、散らかっているけど」

玄関脇の壁にある部屋のスイッチに触れながら彼は申し訳なさそうに、そう呟いた。さほど広くないその部屋は、玄関から近い所に最低限の事が出来るキッチンとその奥にある居間兼寝室になっている部分が見て取れる。
「おじゃまするぜッ!」
最初に玄関で靴を脱いだ男がまるで自分の部屋かのように、ためらうことなく上がりこんだ。おそらく彼は何度もこの部屋を訪れているのだろう。私は友人たちの脱いだ靴を踏まぬよう注意を払いながら靴の向きをそろえた。
「オメエ、相変わらず几帳面だな……御剣」
「取りあえず、部屋が暖まるまで入っててよッ!」
彼は部屋の中央にあるモノに我々を案内した。それは私が久しぶりに見た『コタツ』だった。大の男3人が脚を入れると一杯になってしまう大きさのものだったが、私は久しぶりにそれに脚を入れた。私の住まいにはコタツはないが、こう云ったモノに触れると妙にしっとりとした感覚を覚える。私も所詮は日本人なのだと自覚する瞬間だ。

年末、クリスマスも終わり忘年会シーズンも盛りを過ぎ、仕事収めを迎えたあたりで、ようやく3人で会おうと云う約束を実行することが出来た。久しぶりに3人で会うという事になれば、特に制約でもない限り、お開きになる時間など決まったものではない。ましてや明日仕事は休みともなれば、日付が変わってしまうなどということは決して珍しくはない。矢張行きつけの居酒屋で遅くまで飲んだ挙げ句、終電をなくし、結局タクシーでそのまま一番近い所にあった彼のアパートに3人で押しかける事となった。
「とりあえず、ビールはあったよ」
男が冷蔵庫の中の全ての飲料を持って来る。
「おお、上等じゃねえかッ!」
迷うことなく缶ビールの栓をあける男のコタツの中にある脚に遠慮しながら、何気なく周囲を見た。弁護士と云えば世間では高収入のイメージがあるが、彼のこの部屋は20代の独身男性としてとても質素だ。まさに寝る為だけにあるような部屋、そう云ってもいい。亡くなった綾里弁護士の事務所を引き継ぐようなカタチで独立した彼は、成歩堂弁護士事務所唯一の弁護士だ。彼の師匠は女性でありながら、あの若さで独立を果たしたヤリ手の弁護士だったが、彼は仕事を選んでいるような所がある為、経営はかなり大変なようだ。事務所の賃料も馬鹿にならないだろう。彼の暮らしぶりが、それを物語っている。
「……矢張は寝てしまったようだな」
今年、出会った女性の話しから始まって新しく見つけた仕事の話しなど、喋りたいだけ喋っていた男が、いつの間にかコタツに肩まで潜り込んで眠ってしまっていた。
「ねえ、御剣」
眠る男の表情から、視線を私の方に移した幼馴染みが遠慮がちに尋ねる。
「彼女、どうしているの?」
彼のこの質問に私はいささか驚いた。彼の口から、このような問い掛けがあるとは思っていなかったからだ。
「冥のことか?」
今年、彼女はクリスマスから新年にかけて、彼女の姉の所で過ごす事になっていた。彼女の姉はすでに家庭を持っている。冥は甥っ子や姪っ子たちにとって、かなり良いサンタクロースになったはずだ。
「ふーん、じゃあ……今年の年末年始は寂しいね」
彼はビールを片手に、少しいたずらっぽい目をしながら私を見た。
「君こそ、真宵クンはどうしたのかね?」
彼は亡き師匠の妹を、自らの法律事務所のアシスタントとしていた。彼が真宵クンの事をどのように思っているかは分からないが、二人の姿は裁判所内ではかなり有名だ。
「真宵ちゃんには本当に感謝しているよ。千尋さんの妹ということもあるけど、わざわざ遠くらかボクを手伝いに来てくれるし、仕事収めの時も大掃除まで手伝ってくれて、それでなくても里の方では家元として色々忙しいはずなのに」
彼の言葉は私が求めたモノに対する答えのようであり、実は全く違うものであった。成歩堂龍一は、どうしてなかなか本心を明かさない男だ。温厚そうな人柄に見えるがその実、彼の中には思い込んだら何者にも動かすことが出来ない強さがある。恐らくその強い何かが、彼の弁護士としての逆転劇を生み、そもそも大学で芸術学部だった彼をストレートで司法試験合格にまでに導いたのだろう。

―――どうしても、君に会いたかったんだよ。

彼からのこの言葉を私はすぐに信じることが出来なかった。私も検事になる為に学んでいたから分かるが司法試験は簡単に突破出来るようなものではない。彼にとってアノ“学級裁判”はそれほどの大きな意味を持っていたという事なのだろうか?


『これほどまでに想われて……あなた、何も感じないの?』

『あなた、噂になっているわよ……あの青い弁護士とアヤシイって』

『小学生の時の思い出をそのままに、あなたに会う為に弁護士にまでなるなんて、それが本当なら……彼、間違いなくクレイジーよッ!』


以前、冥から彼についてからかわれた事がある。
君に云われるまでもない、それは私が以前から感じていた事だ。


ただ、私は……彼のこの部分に触れることが怖いのだ!


「どうしたの? さっきから急にだまっちゃって」
「ああ、いや。何でもない」
私はもう大分、炭酸が抜けてしまった彼と同じ飲みものを口に運んだ。
「御剣ってさあ……キレイな指をしているんだね」
彼は少し眠そうな目をしながら、頬杖をつく。



その指で、どうやって彼女を愛撫するの―――――?



「ハクションッ!」

突然、響いたくしゃみに、私は我に返った。
目の前の男は少し苦い表情を浮かべながら、静かに立ち上がり押し入れから毛布を一枚取り出して、もう一人の幼馴染みの肩口をソレで覆った。

「矢張、コタツで寝ると風邪引くぞッ」


END

■作者からのメッセージ
年末向けのお話しです。

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