願わくばともに、叶うなら永久に
作者: 楠木柚子   URL: http://earlgray.yaekumo.com   2011年11月03日(木) 22時39分38秒公開   ID:NHGm1f1bYDE
目の前の、電話がなる。
一瞬、身を硬くしてから、期待している自分に千尋は苦笑した。
分かっているはずなのに。理解しているはずなのに。‥‥もう、あのヒトから電話はかかってこない。
頭では、理解しているはずなのに‥‥心が、ついていかない。
千尋は僅かにため息をついて、受話器をとった。
相手は分かりきっている。その内容も。あるいは、結果まで。
「もしもし?」
千尋はなるべく平静を装って、受話器を取った。
「も、もしもし!所長!」
成歩堂の興奮具合が、受話器ごしでも分かる。そして、それは半ば予想していたことでもあった。
潤んでいる目、紅潮した頬。見なくても分かるその全てが一つの真実を指し示す。
「言わせて。」
千尋は、成歩堂が何か言おうとしているのを遮った。
「貴方は今日から弁護士。‥‥そうでしょ?」
「は、はい!」
電話の向こうで、とても嬉しそうな声がした。
三年前、彼と出会った時、彼は情けない顔をしていた。それが、たったこれだけの期間で、この変化である。
こんなに早く、弁護士になれるとも思ってはいなかった。法学部にいたのではない、芸術学部の学生が、である。ほとんど不可能だと言っても過言ではない。
「本当に、貴方は天才ね。」
小さく呟いた言葉は成歩堂に届かなかったのか、彼は聞き返した。
「え?何か言いましたか、所長。」
「‥‥何でもないわ、なるほどくん。」
言う機会など、いくらでもあるだろう。それよりも、今は伝えるべきことがある。
「おめでとう、なるほどくん。」
相手には見えないと分かっていても、千尋は最上級の笑顔に乗せて、その言葉を囁いた。


「所長、どうしたんですか?」
その問いかけに、千尋はハッと我に返った。
「いえ‥‥。」
スーツに身を包んだ成歩堂。彼の初法廷。裁判所。控え室。
千尋は少し笑った。
「思い出してたの。貴方が、司法試験に受かった日のこと。」
あの頃に比べても、成歩堂は成長してきている。初めて出会った時からは、想像もできないほどに。
そして、その成長をこれからもずっと見守っていける。十年先も、二十年先も、ずっと。きっと。
千尋は、緊張している部下の肩を軽く叩いた。法廷の扉へと誘う。
「さあ、行くわよ、なるほどくん。」
「は、はい。」
――――あの時。
あの時、どうして貴方が数多いる弁護士の中から、隣に立つ弁護士として、私を選んでくれたのかは分からない。‥‥分からないけれど。
今、この天才の、貴方の、隣に立てることを幸せだと思う。
控え室の扉が開く。輝かしい未来へ。
そして、その成長をいつまでも見守っていたいと思うのだ。
――――願わくば共に、叶うなら永久に。

■作者からのメッセージ
自分ではなかなかのネタを考え付いたな、と思ったのですが、この後のことを考えるとなかなかに悲しくなるお話ですね・・・・。なんか短くてすみません・・・・。短いほうが良いこともあると自分を励ます毎日。
ご意見ご感想、いつものようにお待ちしております^^

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