大ドロボウと体育祭
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2011年09月28日(水) 15時33分17秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
 青く澄み切った空と、校舎を駆け抜ける爽やかな風が心地よいこの季節。
放課後のグラウンドには運動部の活動に混ざって、今度の日曜日に行われる体育祭に向けての練習が始まっていた―――。


「リレーの選手ッスか?」
 学校帰りに訪れたここ“上級検事執務室1202号”で私は、独特の色合いのコートを着た体格のいい大柄な刑事と話し込んでいた。
「ヘヘーン、私は今までの人生で体育の成績は常に《5》を維持していますからね。運動神経はいいんですよ。結構、足も速いんです!」
 得意になりながら鼻を擦る仕草をする私に、ビミョーな色合いのコートを着た男性は自分の思い出話しを語りだした。
「自分は男子校だったッスからねえ、借り物競走で無理やり“女装”させられた記憶があるッス」
それは、それで楽しそうだけど。
「ミクモちゃんのような、体育祭のヒーローになった事なんてないッスよ。まあ、あと覚えているのは、見に来てくれた両親とお昼に校庭の隅でお弁当食べた事くらいで・・・」
 そこまで話すと、この男性は照れ笑いを浮かべながら、自らの頭を掻いた。しかし、すぐに表情を一変させ、目の前にいる私を見ながら心配そうに声を掛ける。
「・・・どうしたッスか?」
 先程までの得意気な私の態度が消えてしまっている事に、この男性は気がついたのだろう。
 私は10歳の時に父を亡くしてから、母の実家で生活していた。その頃から働き始めた母は、運動会や保護者の参加する行事に顔を出す事が難しくなり、代わりに祖父母が様子を見に来てくれるようになった。それでも、やっぱりお父さんやお母さんが来てくれる家の子を羨ましく思ったものだ。
「―――私の執務室で何をしているのだ?」
 ようやく戻って来たこの部屋の主が、眉間にシワを寄せながら私達を見る。そんな上司にあたる人物に年上の男は謝罪し、自分がここにいる経緯を説明した。そして先程までの私の会話に触れ始める。
「ミクモちゃん、今度の日曜日にある体育祭のリレーの選手に選抜されたそうッス」
 リレーの選手と云えば、体育祭の花形ッス! ヒーローッス!! そして、せっかくの晴れ舞台を家の人は仕事で見に来ることが出来ない、そんな一言を残念そうに付け加えた。
「お母さん、今度の日曜日にどうしてもお休み取れなくて・・・でも、高校の体育祭なんて、どこの親もあまり見に来ないし、お弁当も友達と食べるから平気!」
 そう話すと、私は歯を見せるようにして笑った。一通り話しを聞いた男性は、そのような事はどうでもいい、といった様子で自分のデスクに戻り、仕事の書類を広げ出す。
「勉強の方も、それくらい熱心だといいのだがな。君は確か受験生だろう? 次のテストの結果次第で、どこを受験するのか決めなければならないのではないかな」
 一見、クール。でも、冷たい人なのかと思えば、その内面は熱いものがあり、そして生真面目なのかと思う反面、性格は意外と天然だったり・・・そんなこの人の皮肉めいた一言に負けるようでは、ヤタガラスの二代目はつとまらない。
「私は、勉強ばかりしていた“鈍い”御剣さんとは、ワケが違うんですッ」
私の父もこの人と同じ検事だったけど、スポーツは得意だった。私の運動神経は父譲りのもの。
「もし、受験に失敗したら、御剣さんの所に永久就職してあげましょうか? 私のDNAが御剣家に奇跡を起こすかもしれませんよ〜ッ!」
 今、自分が口に出来る精一杯の嫌味を云い放ち、憮然とする男性を背に私はこの部屋を後にした。



 青く澄み切った空と、校舎を駆け抜ける爽やかな風が吹き抜ける中、体育祭のお約束、万国旗が空に舞い、紙で作られた色とりどりの花が、お天気に恵まれたこの日曜日の校舎を飾りつけている。
 無事に午前中のプログラムを終え、母が用意してくれたお弁当を友達と食べながら、私は校舎の窓に掲げられていた各組みの得点表を見上げていた。
体育祭も後半になると、部活の発表を兼ねた種目や得点には関係のない競技が多くなって来る。あまり得点差が見られない現在、やはり勝敗を決めるのは一番最後に行われる“各組対抗リレー”ということになりそうだ。私はこのリレーの女子アンカーで、最後にトラックを走る男子のアンカーにバトンを渡す役目を担っている。
 昼食の時間が終わり午後のプログラムが始まると、校内放送でリレーの選手に対しての呼び掛けがあった。私は、あらかじめ配られていた鉢巻とゼッケンを付けて集合場所へと向う。そこには、もうすでに予行練習で何度か顔を合わせたメンバーが揃っていた。実は、私は以前から運動部より誘いを受けていたが、それでも敢えてどこの部活動にも参加しなかった。それは、ヤタガラスとしての活動を優先に考えたからだった。しかし、それはあくまでも私の中の秘密。学校ではもちろん、周囲にいる友達にも自分がヤタガラスの二代目を名乗っている事は誰にも云っていない。
 ただ、そんな私の態度が一部の人達に反感を持たれたらしく、特に今回、同じレースを走る陸上部の女の子は、練習の時から私に対してライバル心むき出しにしていた。
 競技の時間が迫り、担当の先生から最終的な注意事項と今一度のルール説明が行われ、いやが上にも緊張感が高まって来た。そして、いよいよ最終競技、各組対抗リレーが幕を開ける。グラウンドには、この競技を見る為に残っていた保護者がトラックの周辺に集まって来ている。ビデオカメラを手にする者、子供の名前を呼ぶ親、拍手をしながら声援を送る者。そんな中をリレーに選ばれた者達が並びながら小走りでコースを一周した後、女子のアンカーである私は、グラウンド中央の後ろの列に座り、自分の組みのトップを走るランナーを見ていた。
 トラックは第5レーンまであり、私の組みの選手はその内側の一番後方に立っている。審判を勤める先生が掛け声に合わせ、火薬を詰めた競技用ピストルを空に向け引き金を引いた。その瞬間、各選手の脚が一斉に地面を離れる。湧き上がる歓声と共に競技は着々と進み、初めに女子選手が、その次を同じ学年の男子が走る、といった順序で最高学年は最後に滑走する。各組み競合するなか、レースも中盤になってくると、ある程度の順位が見えてきた。自分の前の選手が走りだした瞬間、私はレーンに入り身構える。
私の組みは、どうやら1位か2位を争う位置に付いているようだ。このままいけばインコースでバトンを受け取る事が出来るだろう。予想どおり、私の組みの選手が一番に戻って来た。若干のリードを取りながらバトンを受け取った私は全速力で走り出し、カーブでも出来るだけスピードを落とすことのないように疾走した。しかし、二度目のカーブを曲がる時、周囲の歓声が一段と大きくなった。それは、後方より私を追い上げてくる選手が、私に追いついた為に起こったもの。彼女は予行練習の時から私をライバル視している人で、自分が陸上部であることの意地もあったのだろう。ことさらに敵愾心をぶつけて来た。そして、コーナーを曲がり切る瞬間、彼女は私と並ぶ事となった。
このままでは、追い抜かれるッ!

 その時だった、激しい首位争いが高じてお互いの身体の一部が接触し、直線コースに入った瞬間、私は前のめりになって転倒してしまった。地面に顔を擦りつける私に、観客席からの悲鳴にも似た叫びが聞こえてくる。
・・・もう駄目だ。これは誰のせいでもない、リレーという競技にありがちな事故。それでも私はこのような結果から、自分の組に迷惑をかけてしまった事に諦めを感じていた。次第に周囲の声は遠くなり、まるで私の中の時間が止まったように感じたその時、まるで天から降ってくるような不思議な声が私を包んだ。
「あきらめるな―――ッ!」
 その声に助け起こされるように、私はその場から立ち上がった。そして落ちていたバトンを素早く拾い上げると、すぐに前を入る選手の後を追い始めた。順位は最下位になってはいたが、私の前を走る選手との差はそれほどでもなかった。直線のコースの終わりで前を走る選手を追い抜くと、次のカーブで三番手を走る選手に並ぶ事が出来た。幸運な事にアンカーの男女は他の選手よりも半周多く走る事になっている。

 それだけ、挽回するチャンスがあると云う事だ―――。



「えーと、それで・・・私、最後のカーブでトップを走る選手に追い付いたんですよッ! その時の観客席から湧き上がったひと際大きな歓声と云ったら・・・御剣さんにも見せたかったなあ〜。まあ、私の後に走ったアンカーの男子が凄く頑張ってくれたおかげで、ウチの組みは優勝することが出来たんですけどね」 
全身スリ傷だらけで、高層階にあるクラッシックな内装の一室に立つ私は、目の前のデスクで仕事をしている男性に、昨日の自分の武勇伝を夢中になって話していた。
「接触による転倒は、リレーという競技ではよくあることだ」
そんな醒めた言葉を口にしながらも、こんな時ばかりは幾分、優し目をするこの人に私は失った父性を求めているのかもしれない―――。
 さて、これから帰って勉強しなきゃ・・・そう云いながら、私はこの部屋を後にする。昼間は比較的暖かく、半袖でも何とかなる陽気だけど、夕方になってくると上着が一枚欲しくなる。帰りの道すがら持っていたカバンから仕舞ってあったジャケットを取り出しそれを羽織ろうとした瞬間、腕に若干の痛みを感じた。それは、昨日のリレーの時に相手の選手から接触を受けた時に出来た打ち身だった。
『接触による転倒は、リレーという競技ではよくあることだ』
いや、違う。先程、私はリレーの際に転倒した事は告げたが、それが相手の選手との接触から起こった事などとは、一言もいわなかったハズ・・・まさか。私は記憶の中の、とある声の主を思い返した。

『君は、二代目なのだろう・・・あきらめるな―――ッ!』

 後ろを振り返る私の眼に都会の中に立つ高層ビルは、オレンジ色の陽射しを受けて美しく輝いていた。



END

■作者からのメッセージ
お久しぶりです。カオルです。久しぶりに投稿してみました♪ タイトルを運動会とはせずに体育祭としたのは、ミクモちゃんが「お祭り騒ぎが大好き…」という設定があるからです。

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