逆転探偵第一話:理科室の悪魔
作者: 異議あ麟太郎   2011年06月18日(土) 21時43分01秒公開   ID:0iv14BfJ/zk
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「何で知ってるんですか?」
 俺は心の中で「決まった」と思いながら成宮先生のとどめを刺しにかかる。
「え?」
「先生は事件のあった日、学校を休んでいたんですよね? だったらなぜそのことを知っているんですか?」
「あ、あ……」
成宮先生はあまりのことに言葉を失っていた。
「今、先生は自白したんですよ。あの時先生は理科室にカーテンの裏に隠れて、現場に雪崩れ込んでくる人を見たことを。ああ、ちなみに言い忘れていましたが、理科室をドライアイスの煙だらけにしたのはお互いの顔をわかりにくくするためですね?」
 俺の推理が終わると、一時、誰一人声を発さなかった。そして、沈黙を破ったのは以外にも成宮先生だった。
「そうだよ。私だよあの練磨を殺したのは……」
 重苦しい声で成宮先生が言う。
「動機は息子さんの事故のことですか……」
「ああそうだ。練磨が居眠り運転だったことは明らかだったのに、私の息子が飛び出したということもあって奴は起訴を逃れた。悔しかった。だから息子の制服を着てあの男を殺してやったんだ」
 そう言って成宮先生は地面に崩れ落ちた。
「先生の気持ちはわからなくありません。けど、先生の息子さんは生きてるじゃないですか」
「だが、意識不明の重体だもう2年も眠り続けている」
「信じましょうよ。息子さんが目を覚ますのを」
「え?」
「人間大切なのは信じること。相手のことを自分のことを。そして諦めない事。これ際あれば人はいかなる障害をも越えていける」
 過去に俺はそう教えてもらったことがある。自分の周りのすべてが気にくわなくて、尖ってた頃にそう言って優しく手を伸ばしてくれ人がいた。俺はその時のことを思い出しながら、成宮先生に手を差し出す。
「……そうだな。私はバカだ。息子が目を覚ますのを信じられず諦めていた私はバカだ」
 そう言って成宮先生は俺の差し出した手を握り返してきてくれた。
「じゃあ行きましょうか。」
 そばで控えていた気楽刑事が成宮先生の手を取って言う。
「ええ」
 重く、低い声でそう答えると、成宮先生は気楽刑事に連れられて行った。去りゆくその背中は俺には父親の温かみがあるように見えた。

エピローグ
-7月13日午前11時5分拘置所面会室-
 外は夏の熱さに比べて面会室は少し寒々しい雰囲気が駄々よっていた。
 この薄暗い面会室に俺と絢音はある人物に会うために来ていた。本当は部外者である俺と絢音がすんなり面会できたのは春美さんが手を回しておいてくれたからだ。
 あの事件から一ヶ月弱、成宮先生はこの拘置所に収容されて刑に服している。
 裁判では成宮先生は全面的に犯行を認め、裁判所は殺害の理由と本人の反省を踏まえて懲役十二年の実刑判決を下した。
「ねえ、なるほど君。成宮先生の刑もう少し軽くならなかったのかな」
 絢音は暗い顔をして言う。
「しかたないさ。学校内で殺人を起こしたんだから……」
 そう、裁判でもかつてない学校内での計画犯罪というところを検察側は攻めてきて「今までに例を見ないきわめて凶暴な犯行」と主張した。場合によっては死刑判決が下ってもおかしくなかったかもしれない。
「同情かい? ありがとう」
 不意にそんな声がした。前を見てみるとそこには、少しやつれた成宮先生が看守に付き添われて立っていた。
「先生……」
 絢音は、申し訳なさそうな顔をしている。
「ふふ、先生はやめてくれ。私はもう教師ではないから」
 成宮先生は苦笑しながら言う。
「先生。今日は先生にお話があって来ました」
 俺は、その場の雰囲気に耐え切れず話を切り出す。
「私に話すことなどないんだが……まあ、せっかく来てくれたんだ訊こう。なんだい、話とは?」
 成宮先生は優しく微笑みながら言う。その顔を見ているとやはりこの人が悪い人ではないことは一目でわかる。
しかし
「僕にはあの事件で一つだけわからないことがありました、それはなぜ先生がわざわざあんな計画を立てて実行したのか?」
 そう、成宮先生が逮捕されてから俺はずっとそのことを考えていた。なぜ、わざわざ弟さんの協力を得てまでアリバイを手にしたのか?
 その理由が昨日父親の昔の事件記録を読んでいてわかったのだ。
「先生、恐らく先生はあのトリックを使って自分の罪を逃れたかったのは、息子さんの目が覚めるのを待っていたかったからですよね」
 しかし先生は黙りこくって答えない。俺が昨日父親の事件記録を読んでいて導き出した答えだった。
 その事件記録の名前は「立見サーカス殺人事件」という名の題だった。そこにはつまらない理由で弟を意識不明の重体にさせられた兄が殺人を犯し、そして弟の目覚めを待つために犯行を隠そうとした男の悲しい犯罪の記録が載っていた。
 俺は先生を見るが先生は表情を堅くしたまま喋らない。しかたがないので、俺は最後の爆弾を投下することにした。
「先生。あなたは裁判中に息子さんが亡くなったことを知り罪を認めることにした」
 そう、裁判が始まった頃は先生は自分の罪をまったく認めていなかった。一応警察に出頭したものの証言を翻したのである。おそらく、先生は俺の推理だけなら決定的証拠にかけると気づき証言を翻したのであろう。しかし、程なくして、突如息子さんが亡くなった知らせを聞くと犯行を認めたのだった。
「先生、僕は先生のやったことを認めるつもりはありません。しかし息子さんへのその気持ちだけは素直に素晴らしいと思います」
「言いたいことはそれだけかい?」
 成宮先生はしばらくしてそう言う。
「はい、それだけです。失礼しました。行くぞ絢音」
「え、あ、ちょっと待ってよ」
 こうして俺と絢音は拘置所を後にした。

「本当によかったの? なるほど君」
 拘置所を出てから少しして、絢音が口を開く。外には夏の日差しが降り注いでいた。
「何がだ?」
「だってなるほど君、本当は成宮先生に亡くなった息子さんが先生に残していたメッセージを知らせるためにここに来たんじゃあ……」
「いいんだよ」
 俺は絢音の言葉を遮る。そういいんだ。先生の息子さんが実を言うと練磨先生の車にわざと飛び出したなんて、そしてそれがイジメが原因の自殺で遺書を自分の部屋に隠していたことなんて……。
その遺書が亡くなったのは成宮先生の判決が下った後だったので裁判で資料として提出されることはなかったのだ。
「そう、いいんだ」
 俺はやるせない気分を振り払うために再び呟く。
 いつもこうだった。今までいくつかの事件に関わってきたけど、事件を解決するとどうしてもこういうどうしようもないやるせない気分に駆られる。けれど、そうなるとわかっていても俺は謎を解く。四年前のあの事件の後、そう決めたから……。
 そんなことを考えていると、絢音がいきなり俺の手を握ってきた。絢音のほうを見ると目に涙を溜めている。握られた手が小刻みに震えている、がしかしその手には今まで感じたことのない温かみが宿っていた。
 彼女が何を思って涙を流したか俺にははっきりとわかりかねたが、それについて問うような愚はさすがの俺もおかさない。
「なるほど君、あたしお腹が減ったな」
 絢音が口を開く。瞳からこぼれた涙を隠すように顔を俺から背けている。声は涙声で震えていたが明るく振舞おそうとしているよう感じられた。
「そうだな。なんか喰ってから帰るか」
「うん!」
 絢音は泣きながらも笑顔を顔いっぱいに浮かべて頷いた。
 そして、絢音はぎゅっと俺の手を握り締める。自分よりも小さいその手には悲しみをこらえる力がにじみ出ている。
季節は夏、もうすぐ夏休みに入ろうとしていた。

逆転探偵第一話終わり
■作者からのメッセージ
あとがき
 はじめましての方ははじめまして。久しぶりの方はお久しぶりです。異議あ麟太郎です。
 この小説は以前僕が書いた作品を大まかに加筆修正したものです。
この小説を脱稿したのが2004年の冬(たぶん)でした。あれから、六年以上の歳月が流れたと思うと感慨深いものがあります。成歩堂龍一の息子が探偵として活躍するシリーズ――そんなアイデアを思いついた時の年齢は主人公の龍介と同じ14でしたが、気がつけば成人してしまいました……。
 当時の自分の文章力のあまりの酷さに改稿作業中にかなり鬱になりました。六年経ってようやく、人に読んでもらえる程度になったと思っています。思えばこの作品も長い旅をしてきました。
 『逆転探偵シリーズ』はこの後、第二話、第三話、と続きます。みなさんからの続きを希望する声があったら投稿しようかな、などと考えています。もし、余力があれば四年ぶりの最新作も。では、また次回お会いできることを祈りつつ……。

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