逆転−HERO− (7)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年05月07日(木) 23時57分40秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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 住所は――あ、お急ぎでしょうから、弥子に送らせますわ」
「ヤコ……?」
「百瀬 弥子(ももせ やこ)――病院へも迎えに行かせましたでしょう?
彼女、うちの大道具ですの」
 そう言われ、病院に我々を迎えに来た女性のことを思い出す。確かに彼女は女性にしては長身で化粧っ気もなく、こう言っては何だが役者には見えなかった。
「ああ……しかし、女性で大道具とは珍しいですね」
「ええ。細かい作業より力仕事の方が得意だから、と。男性の中でも良く頑張ってくれていますわ。
 寡黙で自分を出すことはあまりないですけれど、真面目で勤勉な子ですのよ」
 
 我々が下に行くと、伊吹さんの言葉を裏付けるように、百瀬弥子がワゴンのドアを開けて待っていた。


同日 某時刻 戸場 麻衣の自宅


 伊吹団長の後輩で三年前に演劇部の顧問をしていたという女性は、現在も聖ミカエル学園で教師をしているらしい。しかし、今は産休中で自宅にいるということだった。
 臨月に近い腹をいたわるようにして現れた女性に、私は例の脚本を差し出す。

「戸場麻衣と言います。伊吹先輩から伺っているわ。この脚本のことで、お話があるとか」

「ええ、実は……」

「……あの、どうしても聞きたいことがあるんですけど」

 私が話を切り出す前に、真宵くんが口を開いた。珍しく思い詰めた表情にはっとする。

「ジュリエット役を流花さんに決めたのって、戸場さんですよね?あたし、まみ……夜羽愛美さんから聞いたんです。『伊須香さんが風邪で休んでいる間に、戸場先生は流花さんをジュリエット役に決めてしまった』って。
 ……どうして、ですか?どうして伊須香さんと流花さん、二人の演技を見てから決めなかったんですか?
 戸場さんが公平な態度で決めていたら、きっと伊須香さんもあんな事件を起こさなかっただろうし、まみちゃんだって巻き込まれなかったと思うんです!」

 突然の剣幕に、戸場さんはきょとんとする。私が三年前の事件の真相を話して聞かせると、彼女は申し訳なさそうに頭を垂れた。

「そんなに傷付けてしまうなんて……」
「どうして流花さんに決めたんですか?」
「それは……この脚本が“流花さんのために書かれたもの”だから、なの」
『え……?』
 私と真宵くんの声が重なる。“個人のために創られた楽曲”なら分かるのだが、“個人のために書かれた脚本”とは……?
「……どういうことですか?」
「三年前、私が聖ミカエル学園で演劇部の顧問をしていたことは伊吹先輩から聞いていると思うけれど……その年の学園祭の演目をどうするか、考えながら歩いていたのよ。
 そうしたら――ここから少し行ったところの『ビタミン広場』っていう公園でね、流花さんと男性が一緒にいるところに出くわしたの。
 最初はベンチに座って二人で話し込んでいるんだと思ったのだけれど、流花さんの手には一冊のノートがあったの。彼女は急に立ち上がって、ジュリエットを演じ始めたわ。
 男性はベンチに座って彼女の演技を見守っていた……とても優しい笑みを浮かべて」
 その時の光景を思い出しているのか、戸場さんの表情も穏やかになる。
「二人、すごく良い雰囲気だったから……私、思わず声を掛けたのよ。せっかくだから、二人でロミオとジュリエットを演じてみたらどうか、って。
 そうしたらその男性、笑いながら『俺は脚本家の卵だから、芝居なんてできないよ』って、笑ってたわね」
  ――“脚本家の卵”か。
「その “恋人”の男性ですが……名前は分かりますか?」
 聞きながら、私の頭には既に“ある人物”が浮かんでいた。戸場さんは少し躊躇いつつも口を開く。果たしてそれは、思った通りの答えだった。
「流花さんは、確か……『カイさん』って呼んでいたかしら?」
 『カイさん』――おそらくは、安部海。これで彼と真多井流花との繋がりが分かった。
「――しかし、当時の聖ミカエル学園では異性と交遊することは禁じられていたのでは?」
「ふふっ、弁護士さんってやっぱり堅いのね。あんな校則で固めたって、年頃の女の子だもの。学園の外ではみんな上手く立ち回っているわよ。男女が一緒にいるところを見掛けて学園に通報するなんて野暮なことをするのは、古いタイプの教師だけ。
 私は逆に演劇をする人は、恋をしてるくらいの方が良い芝居が出来るって思ってるわ」
 学園祭初日に出会った田代恵理子のことが、ふっと頭を過ぎる。校則という鎖がなくなり、清々しい顔をしていた。女子学生の本音は、ああいったものなのだろう。
「あの二人もそう――とにかく良い雰囲気で、心が通じ合っているって感じだった。その時に彼女が持っていた脚本が、この『ロミオとジュリエット』なの。
 これは脚本家の卵の彼が、彼女のためだけにこの書いた脚本――そう考えると、いてもたってもいられなかったわ。二人が紡いだ愛の物語を、ぜひ舞台化したいと思ったのよ。
 私はその場で流花さんに、この脚本を学園祭で使いたいと頼んだわ。彼女は快く了承してくれたわ。……それで、彼女をジュリエットにしたの」
「――でも、そんなのフェアじゃないよ!あたしが伊須香さんだったら、ゼッタイ諦め付かないと思う。その……流花さんを傷付けてまで、役を取ったりはしないと思うけど」
 真宵くんはやりきれないと言うように、首を横に降る。彼女の気持ちは、戸場さんも十分解っているのだろう。脚本の表紙を撫でながら、ふっ……と、後悔の溜め息を洩らす。
「……あなたの言う通りよ、お嬢さん。伊須香さんには本当に申し訳ないことをしたわ。この脚本を公に出したことも、伊須香さんに代役をさせたのも間違いだった。
 この脚本は“流花さんのために書かれた、流花さんだけのもの”だったのよね……“あの子”が言ったように」
「あの子……?」
「公演が終わってしばらくして、私のところに『真多井流花のファン』だって言う女の子が来てね、すごい剣幕で怒るのよ。
 『何であの脚本を他の女に演らせるんだよッ!あの脚本でジュリエット張れるのは流花だけなんだ!流花じゃなきゃ、ダメなんだ!』って」
 『真多井流花ファンの少女』――それは二時間ほど前、焔城検事から聞いた話に似ていた。
「その女の子はもしや、茶髪でだぼだぼのスカジャンを着ていませんでしたか?」
「……よくご存知ね。その通りよ」
 戸場さんが、目を丸くする。――やはり、同一人物か。
「よっぽど熱心なファンなんだね」と、真宵くんが感心したように唸る。
 少女のことはさておいて、私は最後にどうしても気になる“ムジュン”を口にする。
「――ところで、戸場さん。そこまで後悔しているのなら今回は何故、伊吹さんに脚本を渡されたのですか?」
 それが一番触れて欲しくない点だったのか、彼女は決まり悪そうに苦笑した。
「倫子さんはあたしの先輩だもの。……先輩の言うことには逆らえないのよね」

 戸場さんに暇を告げ、表へ出た頃には当たりはすっかり夜の帳が下りていた。

 愛美君の様子を見てくるという真宵くんと別れ、私は伊吹団長に電話を掛ける。

 今日の終わりに、どうしても会っておかなければならない人物へ連絡を取ってもらうために。


同日 某時刻 ビタミン広場


 そこは、リンゴやイチゴやみかん等、果物の形をしたオブジェが並ぶ奇妙な場所だった。

「……アンタかい、俺を呼んだのは」

 阿部氏はバナナを模したベンチに座り、タバコ――ではなく、カカオ・シガレットをくわえて私を待っていた。私は彼の前に立ち、軽く頭を下げてから口を開く。

「ご足労をおかけして申し訳ない。しかし、お手間は取らせません。“今回の舞台に使われた脚本とあなたとの関係”について、お話をお聞かせいただければ」


ジャラジャラジャラッ、ガシャーン……!!!


 その瞬間、鎖と錠前の映像(ヴィジョン)が私と彼とを隔てた。錠前の数は、全部で三つ。
 さいころ錠は秘密の数に比例して増える。これを解くのには、少し時間を要しそうだ。

「……」

 阿部氏は揶揄するように、くわえたままのカカオ・シガレットを上下させている。
「昼間お会いした時、あなたは『今回の舞台とは無関係』とおっしゃいました。しかし、伊吹団長にお伺いしたところ、あなたは事件の日も舞台裏にいらっしゃったそうですね?」
 こともなげに答える阿部氏。この辺りの質問は、予測済みだとでも言うように。
「ああ、次の舞台の脚本を書くためにな。団長に聞いたろ?俺が話を書くときのスタイル」
「ええ。役者の人柄や演技をじっくり観察して、それを参考に話の構成を練られるとか」
「そういうこと。だから、俺はあの舞台に“無関係”なんだよ」
「無関係――本当にそうでしょうか?伊須香さんが倒れその後の展開をどうするかということになった時、あなたは即興で脚本を書き換えた。これが、その時の原稿です」
 

 
パリーン……!


「……あのままじゃ、舞台は大混乱だった。形だけでも終わらせなきゃ、カッコ付かないだろ?俺は脚本家として出来ることをしただけだよ。もっとも、あの程度の作業(・・)で『舞台に関わった』なんて、俺は思わないがね」
 彼の感覚では“無関係”でも、割れた錠前が彼と事件の関係性を示している。
「そうですか……あなたの言い方で、私は誤解をしてしまいました。“事件の日、阿部海流氏は舞台裏にいなかった”のだと」
 阿部氏の眉がぴくりと動く。がりっ、とカカオ・シガレットの砕ける音がした。
「……はっきり言いなよ。俺が舞台裏にいたら、あんたにとって何か都合がいいわけ?」
「ええ。あなたが事件現場にいるのといないのとでは、ずいぶん事情が変わってきます。
 少なくとも――事件現場にいた人間には、今回の犯行は可能ですから」
「ふ〜ん……それじゃああんたは、俺が伊須香に毒を盛った犯人だと思っているわけだ?」
「……」
 肯定も否定も、今、この場ではしない。推測を裏付ける“証拠”は何もないのだから。
「だけどさ、弁護士さん。舞台の小道具に毒を仕込むなんて手の込んだことしなきゃならない理由が、俺のドコにあるっていうんだい?」
 挑むような眼差しは『動機があるなら言ってみなよ』――と、言わんばかりにである。
「その問いに答える前に、お聞きしたい。焔城検事をガブリエル病院まで運んだ後、あなたはどちらにおいででしたか?」
 “病院”という単語(ワード)が出ると、涼しげだった彼の表情が微かに強張った。
「ん〜……ズルイなぁ、そういうの。ま、いいけど。――買出しがあったんで帰らせてもらったんだよ。どころで、あの人は大丈夫だった?」
「ええ、大事ありませんでした。――しかし、おかしいですね。買出しに行かれた筈のあなたを、私はお見掛けしたのですよ。ガブリエル病院の“特別病棟裏”で」
 彼は気付いていなかったのだろう、その場所に“先客”が居たことを。
「だからさぁ……ズルイだろーよ、そういうの」
 苦笑して、二本目のカカオ・シガレットをくわえる。私は、一気にまくし立てた。
「我々はあなたより少し前、あの場にいました。特別病棟に入院しているという“ある人物”を、見舞うために」
「もったいぶらずに言ってみな。俺が“特別病棟の誰を見舞っていた”って言うんだい?」
「焔城検事の話では、あの特別病棟には三年前、スズランの毒で倒れた聖ミカエル学園の生徒――真多井流花さんが入院しているということです。
 私と真宵くんは、あの場であなたの口元が『ルカ』と動いたのを確認しました。
 ――阿部海流さん。あなたはあの時、特別病棟に入院している真多井流花さんを見舞っていたのではありませんか?!」


 
パリーン……!!


 空中で四散する、二つ目の錠前。余韻の中で、阿部氏は独り言のように呟いた。
「……そうだとすると、俺は何故その『ルカ』って子を見舞わなきゃならないんだろう?」
「あなたと流花さんは、“恋人同士”だったのではありませんか?」
 指摘した瞬間、彼の表情が消える。カカオ・シガレットと共に口元に張り付いていた、皮肉な笑みさえも。
「根拠は?」
 感情を押さえ込んだ、抑揚のない声。私は伊吹団長直筆のメモを、彼に差し出す。
「あなたの名前ですよ。――阿部、海さん」
「……」
 彼は無言でメモを取り、しばらくの間はそこにある自分の名前に視線を落としていた。
「伊吹団長の話では、あなたは二年ほど前から何故か名前の後ろに“流”の字を付けるようになったそうですね。そうするようになった理由を、ぜひお伺いしたいのですが」
「姓名判断で良い結果が出たから……って言ったら、信じるかい?」
 少しおどけ調子だったが、眼は相変わらず笑っていない。
「信じるでしょうね――私の助手なら」
 私の言葉で、再び沈黙が訪れる。
「……」
「阿部海流の“流”は、恋人である真多井流花の“流”と重なるもの――違いますか?」

⇒To Be Continued...

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