疑われる者の孤独 | |
作者:
柊 睦月
2008年08月30日(土) 20時33分57秒公開
ID:hvaVoCuM2RA
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彼は冷静に遮った。 「なぜだ!」 私はいつしか法廷にいるような気分になっていた。 成歩堂との一対一の闘い。体が反応して、つい熱くなる。 「子供、だったから」 成歩堂はいとも簡単に答えた。 「子供だと……? しかし、子供だからといってねつ造をしていないということには――」 「彼女は八歳だ。そんなことができるわけがない。大体、“ねつ造”という言葉さえしらないかもしれないだろ?」 「ムぅ……」 熱のこもった成歩堂の言葉。彼には確信があるようだ。私は何も言えなかった。 「ねつ造した犯人は、その子に頼んだんだ。ぼくに、それを渡すように」 成歩堂は忌々しげに言った。彼がこのような感情を露わにしたのは、ここに来てから初めてだ。 「では、犯人は全くわからないということか……」 私は落胆した。簡単に見つかるわけもないが、私は自然と解決への糸口を探していたのだ。 暗闇に逃げ込んだ犯人。行方を知る者はいない。 その卑劣な犯行の代わりに、成歩堂が資格を剥奪された。 その卑怯な犯人の代わりに、成歩堂が苦しむこととなった。 無実の罪によって―― 5 「私の他に、真実を知っている者はいるのか?」 私は尋ねた。 「ねつ造した犯人だけ、じゃないか? 誰もぼくがやったことを疑わないから」 彼は淡々と答えた。その中には、耐えがたい苦痛が交じっているのだろう。 「そうか……」 彼は本当に孤独だ。周りにいる全ての者が彼を疑う。 その時、私の中に一人の少女が浮かび上がった。彼女は明るく笑っている。 「真宵くんは?」 私が言うと、成歩堂は動揺したように視線を逸らした。ここで彼女の名前を出すのはまずかっただろうか。 彼の助手、綾里真宵。 いつも彼のそばにおり、彼をよく理解できる者の一人だ。 冬の事件の後、彼女は帰省したと聞いていた。 「里に帰ったよ。真宵ちゃんは家元だから、長くここにいることができないんだ。彼女ともしばらく会ってない……」 彼は遠い目をしていた。真宵くんのことを思い出しているのだろう。 「言ったのか? 彼女には」 ねつ造疑惑のこと。弁護士資格を剥奪されたこと。 成歩堂は沈黙した。恐らく、まだ言っていないのだろう。 「彼女には、キミから言った方が良いのではないか?」 彼は真宵くんに何も言わずにいることはできないだろう。 今までも、成歩堂と真宵くんは度々会っていた。いつかは必ず、真宵くんが事実を知る時が来るのだ。 「真宵ちゃんが知ったら、なんて言うだろう……」 成歩堂は呟いた。それは私に向けられたものではなく、自身の中で生まれた疑問を口に出しただけのようだった。 「真宵くんにさえ言わなければ、キミはここでたった一人、突きつけられた現実と闘っていくことになるのだぞ。それがどんなに耐え難いことか……キミはわかっているはずだろう?」 沈黙が流れる。 「真宵くんなら――キミと共に闘ってきた真宵くんなら、キミのことを信じられる。私はそう思うぞ」 私は思ったことをそのままに言った。 彼女なら、成歩堂を理解できるだろう。真実を知ろうとするだろう。私と同じように。 成歩堂の表情は徐々に軽くなっていった。何かから解放されていくような、そんな表情だ。 そして少し、ほんの少しだが、笑みを漏らした。 「そう、だな」 彼の目には、決意の色が浮かんでいる。 「キミはこれから、様々なものと闘っていかなくてはならないだろう。しかし、どんな非難の声を浴びせられても、自分の持つ真実に自信を持つことだ。……キミは一人ではないのだからな」 一人ではない。 それはもともと、私がある人物から受け取った言葉だった。 私が、検事としての自分を見失いかけていた時。 成歩堂は、私を励ましてくれた。私が一人ではないということを、証明してくれた。 彼は頷く。 「ああ、そうだな。お前が――心強い味方が、いてくれるからな」 彼の表情は、始めに比べるととても晴れやかだった。 「それで……キミはこれから、どうするつもりだ?」 私は尋ねた。法曹界にいることができなくなった彼は、この状況でどうするのだろうか。 彼はその問いに、即座に答えた。 「真実を追いかけるよ。法曹界は追い出されたけど……ぼくなりの方法でね」 それは、私が期待していた答えだった。 彼は、負けはしないだろう。突きつけられた現実に立ち向かい、真実を探し出そうとするだろう。 それが、成歩堂龍一だ。 「うム。もし私にできることがあれば、何でも言うがいい。いつでも肩を貸す」 今の成歩堂を助けられるのは、本当の彼を知る私だけだ。 孤独を知る私は、孤独から救ってくれた彼に、今孤独と闘っている彼に、心から協力するつもりだ。 「ありがとう、御剣」 「礼には及ばん。私はただ――真実を確かめに来ただけなのだ」 私が求めているものは真実のみ。それは法廷に限ったことではない。成歩堂にとっても同じことだろう。彼はしっかりと頷いた。 「では、そろそろおいとまさせていただこう。夜遅く失礼した」 「ああ。また会おう」 私は挨拶を済ませると、彼に背を向けて扉のノブに手をかけた。 そこであることを思い出し、一旦止まる。 もう一度、顔だけを彼に向ける。 「できれば、法廷で――な」 そう言って、扉を開けた。 最後の言葉が、彼にどう響いたかは定かではない。 それを聞いた時の彼は、ただ寂しそうに笑っていた。 |
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