「逆転の豪華客船」 第一法廷パート | |
作者:
霄彩
2008年04月21日(月) 18時08分03秒公開
ID:ZnETrDT.8aY
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「控え室Bのドアは男トイレ側に開くようになっています。したがって、嘘七さんがそのときいたと言う、その位置からでは見ようにもドアが邪魔で見ることはできません! それに女トイレではなく、男トイレにでも入るつもりだったんですか!」 ぼくは勢いよく嘘七さんに向かって人差し指をつきつける。 ぼくのその言葉を聞いて、嘘七さんが鋭い悲鳴を上げた。 「んッぎゃ、まあぁッ!」 ぼくはさらに言葉をつなげる。 「そして、もし今の証言を信じるのならば、あなたは二人の姿を見ていない!」 ぼくが人差し指をつきつけてそう叫ぶと、嘘七さんが言葉にならない悲鳴を上げた。それと同時に、両手で握りつぶしていたパンをぼくに向かって思いっきり投げた。嘘七さんの狙いどおり、そのパンはぼくの顔面に命中して事件の資料が置いてある机の上に落ちた。って、なんでぼくなんだ! 嘘七さんが多少息切れをしながら言った。 「わたくしは! わたくしは、控え室Bに入るところは見ていないザマスッ! だけど! 確かに、控え室Aにふたりで入っていくところをみたザマスッ! もう少しだけ、証言させてほしいザマスッ」 息切れをしながら言っていたので多少聞き取りづらかったけど、なんだ? 今までにはなかった、本気の心というものを感じるぞ! そのとき裁判長が首を横に振り、口を開いた。 「もう、証人の尋問は終了しました。これ以上の証言は必要ないように思います」 ぼくは思った。 これで本当に嘘七さんの尋問を終わってもいいのだろうか。でも、ここで悩んでいる時間はない。ぼくは決心した。 「待ってください、裁判長! 弁護側は、嘘七さんの証言を要求します」 そのぼくの言葉に、目を丸くする裁判長。まあ、無理もないだろう。 「し、しかし弁護人。今は、どちらかというとあなたに有利な方に進んでいるのですよ?」 「構いません。証人に証言をさせてください」 ぼくは裁判長を見て、はっきりと言った。 そのとき御剣がかすかに呟いた言葉を、ぼくは聞き逃さなかった。 「ふ。バカが」 い、今、なんて? 「あ、あの、やっぱり――」 ぼくが言い終わる前に裁判長が木槌を叩いて言った。 「まあ、いいでしょう。それでは証人、証言してください。ただし、なにも出てこなかった場合は、覚悟しておいてください。弁護人」 そのセリフの最後あたりで、裁判長の目が厳しくなった。 うう。やっぱり言わなければよかったのだろうか? でも、必ずなにかある。そんな気がする。というか、今は嘘七さんを信じるしかないか。 その嘘七さんはと言うと、ポケットからなにかを二つおもむろに取り出した。 ひとつは、さっきぼくに投げつけて自分の手元になくなってしまったからなのか、予備と思われるウインナーのようなパンを取り出してそれを頭にのせた。ふたつ目は、何かが写っている写真のようだ。それを見た瞬間、御剣の両目が白眼になって、前のめりになった。 ぼくはそんな御剣の態度を見て不信に思った。いったい、あの写真がなんだというのだろう。 そして、嘘七さんがその一枚の写真を裁判長の方向に向けながら口を開いた。 「わたくし、こう見えてもプロデューサーですわ。特に荷星さんの行動は監視していないと危なっかしいですから、今回もこうして写真を撮ったのですわ。とは言いましても、トイレへ行きましたときにたまたま見ただけですが。それで、そこのひらひら検事さんにこれを見せましたところ、“これは事件には関係ない”と言われましたわ。けれど、このまま引き下がるのはわたくし、いやでございますから。提出いたしますっ」 ぼくは嘘七さんの話を聞いて冷や汗を流しながら思った。 監視って。いいのか? その写真をしばらく見た裁判長が、目を丸くして叫んだ。 「こ、この写真は! ズバリ、被告と被害者が写っています!」 裁判長がそう叫んだ瞬間、傍聴席がざわついた。 どうやら嘘七さんはなん枚か写真を焼増ししていたらしい。今もらった写真をぼくも見た。 その写真には被害者の哀乙砕さんと裁判長が荷星さんと言った、初代トノサマンが写っていた。なぜかそのトノサマンはぼくには小さく見えた。どうやら控え室にドアを開けて入る瞬間にシャッターを切ったみたいだ。この写真を見る限りここに写っているのは控え室A、か。写真の下の方を見ると、撮った日付と時間が刻んであった。3月20日、5時12分。どうやら嘘七さんは最初の証言で真実を語っていたみたいだ。 木槌を持って、二回ほど鳴らす裁判長。そして、厳しい顔で言った。 「御剣検事。あなたは、こんな重要な証拠を不正に隠していたのですかっ!」 ぼくは最初は裁判長と同じことを考えた。だけど、よく考えてみると御剣が、どちらかと言うと検察側に有利な証拠を故意に隠すわけがない。提出しなかったということは、それなりに理由があったはずだ。 自分が提出しなくていいと言ったものを勝手に提出されたことに驚きを隠せなかったのか、白眼で前のめりになっていた御剣がしばらくして上体を起こし、ふっと言わんばかりの顔をした。 「待っていただきたい、裁判長。検察側がこの写真を証拠として提出しなかったことには、ちゃんと理由がある」 そう言って写真を手に持って、左上あたりを指差した。そして、さらに続ける。 「ここを見ていただきたい」 「左上あたり、ですか? これは――何でしたっけ?」 「これは、女トイレのマーク、だ。よく、出入り口の隣の壁などに付けられているアレだ」 御剣の説明を聞いて、しばらく目を閉じて考える裁判長。そして、目を開けてうれしそうに言った。 「ああ。はい、はい。あの赤いてるてるボーズのような絵が描いてある、アレですか。非常によく分かりますぞ」 裁判長が理解したところで、御剣が説明を続けた。 「そう、そこに女トイレがあると言うことは、その奥に写っているのは控え室A。しかし殺人が起こったのは控え室B。したがって、この写真は事件との関連性はない。そう判断した」 その御剣の言葉を聞いて裁判長が納得したように一回、軽く頷いた。 「ふむう。そうでしたか。まあ、実は私もそうだと思ってましたけどね」 ウソつけ! ぼくは密かに心のツッコミをいれた。 それにしても、どうしよう。裁判長、御剣の説明に納得しちゃっているみたいだけど。 ぼくはもう一度さっきもらった写真を見直した。 本当に事件にはまったく関連性がないと考えてもいいのだろうか。もうしかするとこの写真はとんでもない事実を語っているかもしれない。 そのとき、裁判長が口を開いた。 「この写真は事件とは関係がないみたいですし。それでは、この証人の尋問を終了します」 「異議あり!」 「な、何ですか? 弁護人」 裁判長が目を丸くした。 「え」 あれ。そういえば、ぼくは反射的に異議を唱えてしまったようだ。し、しまった。 「“え”じゃないでしょう! いったい、なんなんですか?」 ぼくは顎に手を置いて顎を摩った。 さすがに、ここまで来て引く分けにはいかないよな。よし。このままつき進んでみるか! 「弁護側は、この写真は事件と非常に関係があると主張します」 「お。なるほどくんお得意のハッタリだね」 「うるさいな」 裁判長が少しの間、写真を見詰めてから口を開いた。 「ほう。それはいったい、どこが関係があると言うのですかな?」 「え。そ、それは」 ぼくが冷や汗が頬を伝うのを感じていると、御剣が両腕を軽く広げて言った。 「どうした? 弁護人。さっきのは、とりあえずハッタリをかましてみた。とでも言うつもりなのか?」 「そうなんですか? 弁護人」 ここで、素直に“はい、そうです”なんて言ったら間違いなくぼくの主張は取り下げられるだろう。 ぼくは両手で机を思いっきり叩いて口を開いた。 「そんな訳ないじゃないですかっ! 事件との関連性は、この写真が証明しています!」 「ほう、その写真が。それでは、示してもらいましょうか。事件との関連性がある部分。それは、どこのことですか?」 この写真。初めて見たときにも何か違和感があった。そうだ。このトノサマン、やけに小さく見える。もうしかすると、ここに何かあるのかもしれない。 ぼくは、ニボシさんにもらったトノサマンのポスターを裏返して見た。 ! これは! そうか。この写真は、やっぱり事件に深く関係している! 「裁判長。それは、ここです!」 ぼくは写真に哀乙砕さんといっしょに写っている、トノサマンの背中を指差した。 しばらくして、裁判長が口を開く。 「それは――トノサマン、被告人ですかな?」 「ちょっと待ってください、裁判長。それは確かにトノサマンですが、中に入っている人物が荷星さんとは限りません! それと、もうひとつ。」 ぼくはトノサマンのポスターを裏返して、初代トノサマンのある部分を指差した。 「これと、さっきの写真のトノサマンを見比べてみてください」 「!」 御剣が、前のめりになる。 少し遅れて裁判長が叫んだ。 「こ、これは!」 ぼくは一回、しっかりと頷いてから口を開いた。 「そうです。初代トノサマンの衣装には、背中に丈夫なロープが巻きついていますよね? だけど、この嘘七さんの撮った写真のトノサマンにはそのロープが背中に巻きついていません!」 ぼくが人差し指をつきつけてそう叫んだ瞬間、御剣が叫んだ。 「異議あり! 弁護側は先ほどからこの写真は事件に関係があると言いながら、何等事件に関係がないことばかりを指摘している! トノサマンの背中にロープがないからと言って、いったいなんだと言うのだ!」 「関係がない? 関係大有りですよ。」 さっきから目を丸くしていた裁判長が、さらに目を丸くした。 「弁護人、成歩堂くん。それはつまり、どういうことなんですかっ!」 ぼくは腰に手を当てて、胸を張って言った。 「御剣検事。被害者の死因はなんでしたっけ?」 「それは首を絞められての――ま、まさか!」 そこで言葉を切った御剣。そして再び拳を机に置いて前のめりになった。 「そのまさかですよ。凶器がトノサマンの衣装のロープかもしれないということは少し前にでましたよね? このとき、このトノサマンの中の人物はすでにロープを隠し持っていたと考えられます。そして、被害者の死亡推定時刻は午後5時から5時半の間。この写真に示されている時間と一致します! そしてこれをふまえて考えると、この写真はまさに殺人が行われる寸前に撮られた写真なのです!」 ぼくは御剣に人差し指をつきつけて思いっきり叫んだ。 「ぐっ!」 御剣が軽く仰け反った。 うーん。敵の悲鳴はなんて心地よく胸に響くのだろう。 そのとき、裁判長が口を開いた。 「し、しかし弁護人。殺人が行われたのは控え室Bであって、Aではないのではないですか?」 「その考え方が間違っていたんですよ。裁判長。本当は殺人は控え室Aで起こったのです!」 そのとき、検察側から声が聞こえた。 「異議あり! 弁護側の主張は、ただの根拠のない妄想にすぎない!」 御剣が額の前で人差し指を左右に振った後、不敵に笑みを浮かべた。 「この写真は控え室Aから出たところであり、これから控え室Bに行くところ。とも考えられるではないかっ!」 そう叫びながら机を片手で思いっきり叩く。 ここで黙るわけにはいかない。よく考えると、御剣が主張したことはおかしいじゃないか! 「異議あり! 御剣、忘れたのか? さっきの証人、嘘七さんの証言を。“まさに入る瞬間を見た”そう、証言していたじゃないか!」 「むゥッ! だ、だが、キミこそ忘れているのではないか? あのトノサマンの中の人物。それが、荷星 三郎ではないという証拠はどこにもないのだぞ!」 「ぐっ!」 御剣のその言葉を聞いて、自然と冷や汗が流れ落ちてくる。 そんなの、今の段階であるはずがない! カン! 「そこまで!」 法廷内に裁判長の木槌の音と声が響き渡った。 しばらく目を瞑って少し俯く裁判長。そして、顔を上げた。 「私の意見を述べましょう。本当の殺人現場は控え室Aだった。確かに、弁護側の意見も一理ありますな。しかし、発見されたのは控え室Bである。これは動かせません。そして大きな疑問がひとつ残りました。この写真に写っているトノサマンの中はいったい誰なのか? これ以外にも謎はまだあります。少しでも疑問が残っている以上、判決を下すことはできません! 弁護側、検察側共に更なる調査をし、次の裁判までにすべての疑問に対して答えを出しておくこと。」 ぼくは一回しっかり頷いて言った。 「わかりました」 「心得た」 ぼくと御剣の返事を聞いて満足そうに一回頷くと、木槌を持って振り上げた。そしてそれを振り下ろした。 いつもの聞きなれた木槌の音が響いた。 「それでは、これにて閉廷!」 |
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