「逆転の豪華客船」 第一法廷パート | |
作者:
霄彩
2008年04月21日(月) 18時08分03秒公開
ID:ZnETrDT.8aY
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裁判長がそう言った瞬間、人差し指をぼくに向かってつきつけながら御剣が叫んだ。 「仮にそのときに着いたものだとしても、被害者の首を絞めるときにもう一回着いた物だと考えればつじつまはあう!」 ぼくは顎に親指と人差し指を置いて、顎をなでた。 確かに、御剣の言ったことも聞いた感じではもっともらしく思える。だけどよく考えてみると、あの証拠品とムジュンしているじゃないか! 「異議あり! 御剣検事。残念だけど、それはありえないんだよ」 ぼくは法廷記録からさっきもらったニボシさんの手の写真を取り出して見せた。 「ここに、ロープの痕が残ったニボシさんの手の写真があります。見ての通り、ロープの痕はひとつしかない! ロープの痕が着く出来事が二回あったのならば、ここにふたつ痕がないとおかしいんだよ!」 「何ぃッ!」 御剣が拳を机の上に置いて、悔しそうに叫んだ。 そうぼくが言った後、裁判長が頷くのが見えた。 「うーむ。確かに、そのような気がしますな。どうですか? 御剣検事。」 ぼくはそのとき、あのニボシさんの手の痕は完璧に事件とは関係がないということが立証されたと思っていた。どうだ! と言わんばかりの主張だと思っていた。だけどぼくが検察側を見ると、ぼくの考えていた表情とは間逆の顔をしている。御剣が笑っている。 「クックックック――手のロープの痕が被告人が着替える際に着いたもの? 被告人の話しでは朝に準備があると言って着替えに行ったのだ! キミは朝に着いた痕が、夜近くまで残っていたと主張するつもりかっ!」 「ぐっ!」 そうか。そういえば、そこを見逃していた。くそっ! 後もう少しで立証できそうだったのに! 冷や汗がぼくの頬を伝う。 そのとき、裁判長が厳しい目でぼくを見ながら言った。 「確かに。弁護人の主張は決定的とは言えません」 「で、でも、この解部記録に書いてある死亡推定時刻は5時から5時半で、ぼくたちが控え室前廊下に5時46分に行ったときにはもう人だかりができていたということは発見されるまでそんなに時間は経っていないはずです!」 そう言ってから、ぼくは再びニボシさんの手の写真を見た。 「ということは、ここに写っているロープの痕が薄いのはおかしいじゃないですかっ!」 ぼくは苦し紛れにそう言って、人差し指をつきつける。 「異議あり! 話にならんな。たまたまそのとき着いた痕が薄かったのかもしれないではないか!」 「でも、人の首を絞めたのに、薄いのはおかしいじゃないか!」 「そのとき、トノサマンの衣装の手袋をはめていたのなら薄くなってもおかしくないはずだっ!」 御剣のその一言に思わずぼくは口ごもってしまった。 「う」 同時に冷や汗がぼくの頬を伝う。 法廷内が静かになったところで、裁判長が口を開いた。 「私の考えを述べましょう。弁護人の主張は確かに一理あります。しかし、少しでも疑問が残る限り決定的とは言えません」 「そんな――」 「しかし、先ほども述べたように弁護側の主張も一理あります。少しでも疑問があるかぎり、判決を下すことはできません」 その言葉を聞いた瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。よかった。立証はできなかったけど、最悪の事態は免れたみたいだ。 多少悔しそうな顔をしながらも、御剣が口を開いた。 「刑事の尋問はこんなところでいいだろう。検察側は次の証人を呼びたいと思う。被告人と被害者がふたりで部屋に入っていく、まさにその瞬間を目撃した人物だ」 な、なんだって! 部屋に入る瞬間、だと? ニボシさん、そんなとこも見られていたのか? 「もう、検察側に有利なことだらけだね。なるほどくん」 「それを今、このタイミングで言わないでほしいな」 しばらくして、そのとんでもない光景を目撃した証人が証言台に立った。 ぼくはその証人を見て一瞬目を丸くした。そこまで背は高くなく、ひょろっとした体にいかにもマダムといった格好のショートへアの顎がない端が微妙に上方向に尖った赤いメガネのおばさん。そこまではぼくも目をまるくしたりなんかしない。問題は頭の上だ。なにやらウインナーという名の物体がのっかっている。 そのとき、真宵ちゃんがうれしそうな顔で話しかけてきた。 「なるほどくん! あのウインナー、食べたれるかな?」 あの、頭の上にのっているウインナーを見ての第一声がそれだとは。もっと違う現実的な疑問があるだろう! そのとき、証言台から空気を切るような鋭い声が聞こえた。 「これはウインナーじゃないザマスッ! 小麦粉やライ麦を主原料としイーストを加えてこね、発酵膨張させて焼いた食品ザマスッ!」 どうやら真宵ちゃんがさっき言ったことが証言台まで聞こえていたようだ。 ていうか、普通にパンって言えよ! 「なるほどくん、パンをウインナーだなんて言っちゃダメだよ!」 なんでぼくのせいになるんだよっ! ぼくが心のツッコミに疲れていると、御剣が腕を組んで目を細めながら口を開く。 「証人、名前と職業をお願いする」 「嘘七 矛偽子(こな むぎこ)。トノサマンのプロデューサーやってますわ」 やっぱりはきはきと、空気を切るようなしゃべり方だ。でも、さっきとは裏腹に落ち着いた口調で言った、嘘七さん。ここまでくると二重人格ものだぞ。 「証人。証人は、3月20日の午後5時から5時半の間はどこにいたか?」 「わたくし、その時間帯はちょうどトイレに行きたくなったのですわ。それで、控え室近くのトイレに行っておりました」 嘘七さんが、あの先が尖った赤いメガネのフレームを手でつかんで小さく上下に動かしながらそう言った。 「では証人、そのときのことを証言してください」 「分かりましたわ」 「わたくし先ほども申しましたように、5時すぎぐらいにトイレに行ったのですわ。それでふと控え室の方を見たのです。そうしたら哀乙砕さんと、そこの被告人のお方が女トイレ側の控え室にドアを開けて入っていったのですわ」 あの赤いメガネのフレームを手で持って小さく動かしながら、被告席のニボシさんの方を見ながら嘘七さんが証言した。 女トイレ側の控え室、か。ぼくが心の中でそう呟いたとき、何かがひっかかったような気がした。もう一度、法廷記録を見直してみるか。 「それでは弁護人、尋問を」 「はい」 「トイレに行ったときの正確な時間は分かりますか?」 ぼくは、顎に手を置いて摩りながら聞いた。ぼくが聞いてからすぐに、 「正確な時間は分かりませんわ。だいたい、正確な時間が分からないからさっき“くらい”と申したのですよ。ちゃんと人の話を聞くザマスッ!」 と、最後のセリフあたりは興奮気味で、鋭い声で鋭く言われた。 ぼくは思った。 少しぐらい考えてくれればいいのに。 「大丈夫だよ! なるほどくんの質問はおかしくないから」 真宵ちゃんになぐさめられたぞ。 「どうして控え室の方を見たんですか?」 ぼくがそう聞くとさっき同様、証言台の方からすぐに返事が返ってきた。 「どうして? ひとつひとつの動作にいちいち理由がないといけないんザマスッ?」 嘘七さんが頭の上にのっかっていた、いかにもウインナーのようなパンを片手で握り潰しながら鋭く言った。それでも一瞬力を抜くときにあのパンの形が原形に戻るということは、やっぱり本物ではないみたいだ。 「い、いや、そういう訳では――」 ぼくが冷や汗を流しながらそう言ったときも、こっちを鋭く睨んでいる嘘七さん。こ、怖いよお。 そのとき、裁判長が目を丸めながら口を開いた。 「しょ、証人、答えるように」 しばらく経ってからなにやら独り言をボソッと呟いて、やっと嘘七さんが口を開けた。なんというがんこ物なんだろうか。 「あなたたち、普通考えたら分かることですわよ? いいザマス? 普通に進行方向向いて歩いていたら、控え室が嫌でも視界に入りますわっ」 嘘七さんの証言を聞いて、ぼくは思った。 それならそうと、最初から言ってくれればいいのに。 そのとき、真宵ちゃんが考えるようにして聞いてきた。 「すごい人だね。嘘七さん」 「がんこ強さが、ね」 「哀乙砕さんとニボシさん。本当に間違いないんですか!」 「さっきからいちいち、うるさいボウヤですわね。間違いないに決まってるザマス!」 嘘七さんの鋭い声が法廷中に響き渡った。ついでにあのパンも、もう原形が分からないほどにしわくちゃになっている。 ぼくは冷や汗を流しながら考えた。 ここまで自信を持って鋭く叫べるのならまず間違いはないのだろう、と。いや、この人の場合自信がなくても鋭く叫びそうだけど。 「女トイレ側の控え室。それは本当に間違いないんですか?」 ぼくは、顎に手を置いて人差し指で顎を摩りながら聞いた。相変わらず、すぐに返事が返ってくる。 「間違いないザマスッ。」 一文字、一文字を強調して言った嘘七さん。間違いない、ねえ。 それにしても、さっきからぼくの質問に対する答えがだんだん短くなっているような気が。ぼくの気のせいかな? 「なるほどくん、何か分かった?」 真宵ちゃんが心配そうな顔でぼくの方を見て話しかけてきた。 ぼくはその質問に対して、胸を張って答えた。 「大丈夫。どうやら捕まえたみたいだ」 「え。そうなの? それならあのいつものセリフ、言っちゃおうよ!」 ぼくの言葉を聞いた後、真宵ちゃんの声と顔が明るくなった。 うーん。なにか、そう言われると言いづらいな。 そう思いながらも、ぼくは深呼吸をした。 「異議あり! 証人の証言は、今までの法廷の流れと決定的にムジュンしています!」 人差し指を嘘七さんに思いっきりつきつけて、ぼくは叫んだ。 返事はすぐに返ってきた。鋭い叫び声となって。 「な。どういうことザマスッ? わたくし、この頭の上の小麦粉やライ麦を主原料としイーストを加えてこね、発酵膨張させて焼いた食品のように簡単に子嚢菌類などの微生物の集落が生ずるような柔な人間じゃないザマスよッ!」 ぼくは冷や汗を流しながら思った。 どこまでがんこ強い人なんだ? この人は。しかも、普通にカビって言えよ! 「ね、ね。なるほどくん。“しのーきん”ってなに?」 「それはまた今度、教えてあげるよ。真宵ちゃん」 「で、弁護人。どこの何が決定的にムジュンしているのですか?」 ぼくの方を見ながら、裁判長が目を丸くして言った。 ぼくは法廷記録から船の見たり図を取り出して裁判長、御剣、嘘七さんに見えるように見せた。そして、口を開いた。 「嘘七さん。さっきあなたは、女トイレ側の控え室。と、そう言いましたね?」 「だからなになのです?」 「逆、なんですよ」 ぼくは手に持っている資料を手の甲で叩きながら言った。 「女トイレ側は控え室“A”。殺人が起こったのは、反対側、男トイレ側の控え室“B”です!」 珍しく嘘七さんが黙った。そして、しばらくして頭の上のパンを両手で思いっきり握りつぶしながら鋭く叫んだ。 「んッまあッ! なんですって!」 裁判長が少し声を荒げて言った。 「べ、弁護人。つまり、どういうことなんですかっ!」 「つまり、この証人が見たのは殺人が行われる寸前のことではなかったということです!」 そのとき、検察側から声が聞こえた。 「異議あり!」 御剣がそう叫んだかと思うと、珍しく口ごもった。こんなことは聞いていないぞと呟いているのがわずかに聞こえた。そして、少し口ごもりながらも言った。 「とりあえず異議を申し立てる」 御剣のその言葉を聞いて、裁判長がハッキリと首を横に振った。 「検察側の異議は認めません」 「やったぜ! なるほどくん!」 真宵ちゃんがうれしそうにぼくを見ながら言った。 ぼくは腰に両手を当てて、胸を張って言った。 「証人、ちゃんと証言してもらわないと困りますね」 嘘七さんはぼく並みの冷や汗を流して、あのいかにもウインナーのようなパンを両手で握りつぶしていた。 しばらくして、 「わ、わたくし、思い出しましたわ。ちょっと、証言を変えますわね」 と、弱々しく言った。なにか偽りの証言でも思いついたのだろうか。 裁判長が一回木槌を叩いて言った。 「それでは証人、証言を修正してください」 「わたくし、勘違いをしていましたわ。やっぱり、女トイレ側ではなく、男トイレ側にドアを開けて入る瞬間をトイレの出入り口の正面のあたりに立っていて目撃したのでしたわ」 ぼくは嘘七さんの証言を聞くと、顎に手を置いて人差し指で摩りながら思った。 嘘七さんのさっきの証言、言うことなす事あのパンのように、もうぐちゃぐちゃだな。 「嘘七さん。あなたの証言は、まったくもってスジがとおりません」 ぼくは嘘七さんにさっきの見取り図を再び見せた。 「この見取り図の控え室Bのドアの開く方向を見てください。確か目撃した場所はトイレの出入り口の正面あたり、でいいんですよね?」 「そ、そうですわ」 もっとも威勢のいいときとは裏腹に、小さく返事をした嘘七さん。 ⇒To Be Continued... |
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