「逆転の豪華客船」 第一法廷パート
作者: 霄彩   2008年04月21日(月) 18時08分03秒公開   ID:ZnETrDT.8aY
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裁判長が目を瞑って少しうつむいて言った。
「これは、もう決定的ですな。これ以上の審理は必要ないように思いますが」
「待ってください、裁判長!」
「な、なんですか? 弁護人」
ぼくの声を聞いて、目を丸くしてこっちを見る裁判長。
「いつもの検察側の得意文句をそのまま返しましょう。これは決定的な証拠にはなりません!」
ぼくが腰に手を当ててそう言うと、検察側から声が聞こえた。
「異議あり!」
ぼくはその声の主を見た。御剣だ。そう言ったかと思うと、チッチッチッと小さく言いながら、顔の前に人差し指を持ってきて左右に振った。
「決定的な証拠にはならない? それならば、弁護側にお尋ねしよう。その決定的な証拠ではないということを証明する準備があるのか?」
う。その質問をされると正直きついな。
今、ぼくは御剣から見ると冷や汗ダラダラの究極に追い詰められたときの顔をしているのだろう。だけど、ここで負けるわけにはいかない。弁護士はピンチなときこそふてぶてしく笑うもの――
「御剣検事。ぼくは決定的な証拠ではないということを証明する、とは一言も言っていません。ぼくが言いたいのは、ニボシさんが手にロープを持っていたからといってニボシさんが哀乙砕さんを殺害したという証拠にはならないということが言いたいんだよ!」
ぼくは、御剣に向かって勢いよく人差し指をつきつけた。だけど、御剣の様子がおかしい。イヤに冷静だ。
「クックック――」
御剣の皮肉たっぷりの静かな笑い声が、静まり返った法廷内に響く。
な、なんで笑っているんだ? アイツ。

しばらくの間があいてから、ようやく御剣が口を開いた。ぼくにはその間がとても長く感じられた。
「やはり、これだけで有罪判決をいただくには、少し急ぎすぎたようだ」
両手を軽く広げて御剣が言った。そして、再び口を開く。
「刑事」
今までぼくたちのやりとりを眺めていたイトノコ刑事が自分が呼ばれたことを感知するのに時間がかかったのか、少し遅れて返事をした。
「は、はいッス」
「キミはさっきの証言以外にも、まだ決定的な証拠があったから迷わず荷星 三郎を逮捕したのだったな?」
イトノコ刑事の方に人差し指を軽く向けながら御剣が言った。
その問いに元気よく答えるイトノコ刑事。
「もちろん、そうッス!」
「では、そのことを証言に追加するのだ」
「了解ッス」
その二人の会話を聞いていた裁判長が、それは私の仕事。と小さくつぶやいた後、急いで木槌を手に取って鳴らした。
「そ、それでは証人、証言を加えてください」

「自分が現場に駆けつけて部屋を見回った後、被告人が手に持っていたロープを調べようと思ったッス。そして、ロープを受け取るとき被告人の手に、なんとッ! ロープの痕がしっかり、ハッキリ、くっきり残っていたッス! と、言いたいッスが、うっすら残っていたッス。でも、これは間違いなくロープの痕ッス」 
「ええええええっ!」
な、なんだって! 手に、ロープの痕? ニボシさんはそんなこと一言も言ってなかったぞ!
ぼくはもう、ただビックリするしかなかった。
「な、なんですっとお! それは、決定的です!」
ぼくが冷や汗をいつも以上に流していると、裁判長が目を丸くして叫んだ。

そんな状況の中で、一人だけキョトンとしている人物がいた。
「ね、ね。なるほどくん。それってどういうことなの?」
そう。真宵ちゃんだ。こんな状況でそこまでキョトンとされると、かえって清々しいな。
「あのね、真宵ちゃん。人の首を絞めるときは手にロープを持って強く引っ張るだろ? そしたら手に痕が残る場合が多いんだよ」
その、ぼくの言葉を聞くと、今どれだけ危険な状況かが分かったようだ。さっきまでキョトンとしていたが、一気にまじめな顔になった。そして一言、こう言っただけだった。
「キケンだね、なるほどくん」

「そのときの被告人の手の写真ッス」
最後の一言まで肩を小刻みに動かしながらうれしそうに言ったイトノコ刑事。
「受理します。弁護人」

《ニボシさんの手の写真》を法廷記録にファイルした。

ぼくはさっきもらった手の写真を見た。確かにニボシさんの掌には、うっすらとロープの痕が一筋、残されていた。うっすらとはいっても誰が見てもこれはロープの痕だと分かるだろう。
「で、弁護人。尋問しますか? 私はもう十分だと思うのですが――」
裁判長がそう言いながら厳しい視線でこっちを見ている。そんなの、当たり前じゃないか!
「もちろん、やらせていただきます」
ぼくのその言葉を聞くと、目を瞑って言った。
「分かりました。それでは、尋問を」

「どうしてニボシさんが手に持っていたロープを調べようと思ったんですか?」
手を顎に置いて、顎を摩りながら聞いた。こうでもしないと冷静になれない。自分でもつくづく情けないと思う。
「被害者は見た感じ絞殺だったッス。ということは、普通に考えると被告人が手に持っていたロープが一番怪しいッス」
う、確かにそうだ。反論しようがないぞ。
「完璧にみつるぎ検事のペースだね。なるほどくん」
真宵ちゃんが、力なく言った。確かにそうだ。今のところ、完璧にあいつのペースだ。しかも、とてつもなく危ない。

「なんで、しっかり、ハッキリ、くっきりと言ったんですか!」
人差し指を、思いっきりつきつける。だけど、それも無駄だったみたいだ。
「異議あり!」
検察側から声が聞こえた。
「弁護側は、事件に関係のない質問はしないでもらいたい」
「検察側の異議を認めます。弁護側は気を付けるように」
どうやらここは、ゆさぶっても意味はなかったみたいだ。って、そりゃそうか。何か出てきたらいけないと思って一応ゆさぶってみたけど。

「この掌のロープの痕は、本当にロープの痕なんですかっ!」
ぼくは写真を手の甲で叩きながら叫んだ。
「我々を舐めちゃだめッスよ。もちろん、凶器のロープと手の痕は一致したッス!」
「で、でも、もうしかするとそのロープが凶器じゃないかもしれないじゃないですか!」
あれ。言った後に思ったけど、これって結構いい線いってるんじゃないか? だけど、イトノコ刑事の口元は相変わらずゆるんだままだ。
「そのロープは被害者の首に残っていたロープの痕と一致しているッス」
うう。そういうことか。そりゃそうだよな。たいした調査もせず、これを“凶器のロープ”とは呼ばないだろう。
さっきからだけど、さっき以上に冷や汗が流れ落ちてくる。

そのとき、裁判長が口を開いた。
「これは、どこから持ち出されたロープなのですか? 結構丈夫みたいですが」
「これはどうやら船のものではないみたいッス」
ぼくはそのとき、今まで以上の焦りを感じた。船のものではない、だって?
そして裁判長が目を丸くして声を荒げて言った。
「と、いうことはまさか計画殺人ということですかっ!」
裁判長がそう言った瞬間、傍聴席からざわめきが聞こえだした。
木槌を持って、二回ほど鳴らしながらまた声を荒げた。
「静粛に!」

そのとき、机を叩く音がした。
「被告人、荷星 三郎は自らロープを船内に持ち込み、哀乙砕 凄を殺害したのだッ!」
御剣の強烈な一言。
御剣のヤツ、完璧に勝ち誇った顔をしてるぞ。

「なるほどくん! ニボサブさん、犯人になっちゃうよ! せめて、ロープを用意していなかったこと、証明できないの?」
真宵ちゃんが悲鳴のような叫びを上げた。
そうだな。今がどんな状況であろうと、このまま黙って見ているわけにはいかない。ぼくは裁判長の方を見た。どうやら、今日で二回目の判決を下す決意をしているみたいだ。木槌を握っている。
「できるか、できないか。それはもう、問題じゃないよ。」
ぼくはそこで言葉を切って前を、検察側を見据えて、再び口を開いた。
「立証する! ――それしか道は残されていないみたいだ」

裁判長が木槌をしっかり持って、口を開いた。
「発見されたとき、被告人は手にロープを持っており、さらに手にロープの痕が残っていた。これは、被告人が犯人という可能性が非常に高いですな」
「異議あり!」
ぼくは気付いたら人差し指をつきつけて思いっきり叫んでいた。いや。叫んでしまっていた。でも、もう言ってしまったからには後戻りはできない。というか、この状況に陥った時点ですでに覚悟は決まっていたけど、もう次の言葉が出てこないぞ。
しかし、そんなことを思っている場合でもなかった。  
「弁護側は、被告人の手に残っていたロープの痕が事件とは関係がないということを立証する準備があります」
ぼくはそのとき、そのときで言葉をつないでいくのが精一杯だった。
「大丈夫なの? なるほどくん!」
真宵ちゃんが心配そうな顔で聞いてくる。
「大丈夫じゃなくても、ここで引いたら審理が終わっちゃうよ」
「うう」
力なくうな垂れる真宵ちゃん。ぼくもこの裁判が終わったら、魂が抜けてうな垂れるな。
「大丈夫だよ! 魂が抜けても、あたしが霊媒してあげるから」
普通の人が聞くと普通ではないセリフをサラリと言った真宵ちゃん。
少し間をあけてから、苦笑いをしながらぼくが答えた。
「それはたのもしいね」

しばらく目を丸くして異議を唱えたぼくのほうを見ていた裁判長がやっと口を開いた。
「でも、弁護人。被害者は絞殺ですぞ。事件との関連性は明らかなのでは?」
「でも、そのロープの痕がいつ着いたものかはわかりませんよ!」
「異議あり! 弁護人、なんの根拠もなく審理を妨げないでいただこう。それとも、この手のロープの痕が事件とは関係ないと言うのならば、その証拠を今すぐ見せたまえッ!」
御剣がすごい形相でこっちを睨みながら片手で思いっきり机を叩いた。おそらく、判決が下らなかったことに腹を立てているのだろう。

大丈夫。答えは必ず法廷記録の中にあるはずだ。
ロープ、か。どこかで見たような気がするんだよな。ぼくは法廷記録を見る。そのとき、ひとつの証拠品に目が止まった。そうか、そういえばあのときニボシさんに――
ぼくは、胸を張って自信に満ちた顔をする。
「もちろん、あります」
ぼくのその言葉を聞いて、裁判長が少し動揺しながらも前を見据えて言った。
「ほう。弁護人、成歩堂くん。それでは、提示してもらいましょうか。被告人、荷星 三郎の手に残っていたというロープの痕。それが事件とは関係がないという証拠を!」

「裁判長、それはこれです!」
ぼくはあのときニボシさんにもらった“トノサマン・伯丙!”のポスターを、裁判長に見せた。
その瞬間、机を叩く音と鋭い声が検察側から飛んだ。
「そのポスターがいったいなんだというのだ!」
「私もそう思いますぞ、弁護人」
そう言いながら目を丸くする裁判長。

ぼくは、今まで見せていた表側の面とは反対の面を見せた。そこには“大江戸戦士トノサマン”のイラストが現れた。
「御剣検事。このポスターは両面印刷になっているんだよ。そして、裏には大江戸戦士トノサマンが印刷されています」
「だから、なんだと言うのだ!」
「よく見てください。この、トノサマンの衣装を!」
ぼくはトノサマンの衣装の、背中の方にあるロープを指差した。

ぼくの指の先にあるものを見て、裁判長が再び目を丸くした。
「そのロープがどうかしたのですか?」
「荷星さんはあの日、ショーがあると言っていました。今回制作決定になったトノサマン・伯丙! は、制作決定段階なのでもちろん衣装は出来上がっていないはずです。ということは、初代トノサマンの衣装を持ってきていてもおかしくないはずです!」
ぼくは人差し指を勢いよくつきつけた。もちろん、さっきまで手に持っていたポスターは机の上に置いて。
今までぼくの方を見ていた裁判長がぼくの言葉を聞いて、次は御剣の方を向いて言った。
「御剣検事、初代トノサマンの衣装は実際現場にあったのですか?」
「むゥ。確かに、そのポスターのイラストと同じ衣装を発見されたとき実際に被告人が着ていたようだ」
さっきとは裏腹に拳を机に置いて、悔しそうに言う御剣。ついでに、両目が白眼になっている。
「そう。つまりその衣装を着るためにはその衣装を手に持って強く引っ張らないと、ロープは結べません!」
「ああ。なるほど! そういうことですか!」
自分も理解できてうれしいのか、とてもうれしそうに言う裁判長。
「そうです。手に残ったロープの痕はそのとき着いたものなのです!」
うーん。なんか、とてつもなく気分がスカッとするな。この一言を言うために今まで生きてきたって感じだ。

しかし、それは長くは続かなかった。白眼で悔しそうな顔をしていたが、しばらくして御剣が額の前で人差し指を左右に振った。そして、余裕の表情を見せる。
「検察側は、弁護側の意見には無理があると主張する」
「なぜですか? 御剣検事。弁護側の主張にはスジがとおっていると思いますが」

⇒To Be Continued...

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