特別な存在 | |
作者:
夜空
2008年11月04日(火) 19時04分07秒公開
ID:BwWvD288BN.
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俺は、手を空に向けて思い切り伸ばした。 届くはずの無い、空。 届くはずの無い、雲。 届くはずの無い、――思い。 お前に届けと願うけれど、 届くはずの無い、思い。 一度は諦めた。 ――でも、諦められなかった。 他の奴を好きになろう、と努力した。 ――でも、諦められなかった。 お前を、誰にも渡したくない――。 「ねえ! なんでクラスの人に、付き合ってるって言っちゃいけないの!? なんで内緒なの!? なんであたし以外の女子と仲良く話してるの!? なんで……メールの返事くれないのぉ……」 「……わりぃ、別れよう」 俺は、泣き崩れたその子にそう告げた。その子はさらに泣き、その場にしゃがみこんだ。俺は無言のまま、彼女に背を向け、静かにその場から離れた。 俺が通う学校。良くも、悪くもない、普通の市立中学校。今離れようとしているのは、その学校の校舎の裏。ここでは、男女の告白・別れ話が盛んに行われている。 俺達も、ここで付き合い始め、ここで別れた。 毬風 海 (まりかぜ うみ) 中学2年生 男子 顔は普通。髪は短く黒。真面目ではないが、不良でもない。サッカー部に所属している。いたって普通の男子学生だ。そう、一見は――。 めんどくさそうに階段を上る俺。クラスは、2−1だから、校舎の一番端だ。色んな生徒が騒ぐ廊下を横切り、教室へと入った。 ――アイツとは、続かないって分かってた。 教室のドアを、ガラリと開ける。クラスでは、席についている真面目な奴が、数人。後は皆、席なんてつかずに、誰かの席に話しに言ったり、窓辺でバカ騒ぎしたり、黒板に落書きしたりしている。 ――だって俺、アイツの事、好きじゃ無かったし。 クラスの男子が俺の方をポンッと軽く叩いて、こっちにこいと促す。俺は、引かれるがままに、窓側へと引きずられていく。 ――俺が好きなのは―― 俺の友達が騒ぎながら、俺の事を輪の中に引きずり込む。俺は笑いながら、抵抗する事もせず、するりと輪の中に入った。 窓側でつるんで話していたのは、友達。内容はゲームの攻略とか、喧嘩の強い中学校の話とか、可愛い女の子の話とか――。 その話の中に、やはり俺の話が入っているというのは、予想できた事であった。 「おい海〜、お前、呼び出されてどこ行ってたんだよ〜」 っとユウ。ユウは、髪が長く、茶髪。サッカー部に所属している。イケメンだ。 「ん〜、まあ、ちょっとな」 「ちょっとって何だよ〜! 隠すなって! 俺等ダチじゃん!?」 っと、トウマ。トウマはチャラ男。やはりサッカー部に所属している。喧嘩好きという一面も持っているが、彼女への愛はクラス一。 「そんなのどうでもいいだろ。俺等には関係ないんだし。」 っと、サラリとその話に終止符を打ったのは、ショウタ。ショウタは野球部員で、女子からの人気は、きっと学年一だろう。 俺は、そんな、良いんだか悪いんだか分からないダチに囲まれ、ケラケラと笑っていた。 キーンコーン カーンコーン…… 「やば! チャイム鳴ったし!」 「じゃあ、後でな!」 そう言って、俺等は解散した。席は皆バラバラで、俺は廊下側の、一番後ろの席だった。 「はい、始めるぞー」 そう言って始まる先公の授業は、はっきり言って意味不明。いや、理解不能。一年のころ、勉強なんてしていなかった俺が、二年の授業についていけるはずもなく――。 俺は授業の時間は当たり前のように昼寝をしていた。机にうつぶせになり、目を閉じる――。視野が真っ暗になる。そうすると浮かんでくる、お前の笑顔。その笑顔を踏み潰すのは、他でもない、俺自身。ぱっと目を開ける。 何も変わらない教室。何も変わらないクラスメイト。何も変わらない、俺。 「くそっ……」 俺はそう呟くと、またうつぶせになり、目を閉じた。 「毬風! 起きろ!」 「んあ〜!?」 変な声を出して目を覚ました俺。先公が俺の席の前で俺を睨みながら立っている。 「毬風……お前、居残りしてけ」 「はあ!? ヤダし!!」 「誰に口聞いてる!? 明日も居残りやらせるぞ!」 俺はグッと後ろにたじろいで、先公を見つめる。悪いけど、明日も居残りなのはゴメンだ。二日連続の居残りほどストレスが溜まるものはないと、俺は思っている。 何も言えなくなった。それを見た先公はふんと鼻を鳴らし、黒板の前へと歩いていった。俺は頬杖をつき、廊下を見つめていた。後一時間で下校、か。俺は居残りだけどな……。 「はい、じゃあ皆寄り道しないで、帰れよー!」 「ウィースッ」 クラスメイトがゾロゾロと帰っていく中、俺は机の中から教科書を出していた。めんどくささを押し殺しながらも教科書を出した。 先公が、俺の席の前に立つ。俺が見上げると、満足そうに微笑んでいた。 「今日は、ノート二ページで勘弁してやる。裏表で、一ページだからな! 終わったら、職員室か、俺の教卓の上に置いとけ」 「分かった……」 俺は先公を睨みつけながら言う。先公は、もう一度満足そうに笑うと、俺に背を向け、教室から出て行った。 そして、先公と入れ替わるかのごとく、次はあいつ等が来た。 「可愛そうな海チャン!」 と、ニヤニヤ笑いながらユウ。 「可愛そうだよな〜、ホント!」 と、俺の頭を撫でながらトウマ。 「……真面目にやればいいものを」 と、自分のメガネをくぃっと上げて、ため息をつきながらショウタ。 「うるせー! テメー等ちゃかしに来たなら帰れよ!」 っと、笑いながら、俺。その、俺の言葉に顔を見合わせると、三人は、 「そっか。良かった〜手伝えって言われるかと思ったよ! じゃあな〜、俺等部活あるし!頑張れよ、海チャン〜」 っと言い残し、ぞろぞろと帰っていった。 嘘だろ〜!? マジでちゃかしにきてたのかよ! 俺は三人が帰っていった教室のドアを、きっと睨み筆箱からシャーペンを取り出した。芯を出して問題を解き始める。 …………分かんねぇ。まあ、授業中寝てれば分かんなくて当然か。寝てても分かれば、誰も授業なんか聞かねぇよな。 「はぁ……このまま帰るかぁ……」 深いため息をつき、俺はガタッという音をさせ、イスから立ち上がった。 「海! 帰っちゃダメだよ。真面目にやらなきゃ」 「!」 窓側の席から声が聞こえた。その声は、間違いなく……。 俺はゆっくりと顔を窓側のその席に向ける。そろそろ冬になるという、肌寒い季節。日が沈むのも早い。少し日が傾くこの時間、あいつの顔も、夕日で少しだけ赤く染まって見える。 そいつは、ボーっとしていた俺を見ると、クスクス笑い始めた。 ――俺の、好きな人。 「どうしたの、海。勉強分かんないなら、俺が教えてやるよ! な?」 「ぁ、ああ……頼む……」 相変わらず、俺と自分の事を呼ぶのが似合わない。 「彼」は、常葉 零 (トキワ レイ) 可愛らしい顔立ち、悪く言うなら童顔な顔。黒くてサラサラした短い髪。ニッコリと笑えば、白い歯が口から覗く。左目の下に三連のほくろがある。身長も小さくて、俺よりも六センチも小さい、百六十センチだ。 「じゃあ、俺の席の方来いよ。勉強道具持ってさ」 俺は黙って教科書とノート、シャーペンを持ってレイの席へと向かった。 ――落ち着け、自分。ただの友達だ―― 俺は、レイの席の、前の席に座って、机をレイと向き合うようにさせた。 「じゃあ、ここなんだけど……」 さっそく俺は教科書を開いて、レイに見せる。レイがズイッと俺の方に身を寄せ、教科書を覗き込んだ。 「ここ? これはなぁ……」 レイの説明が始まる。俺の心臓は高鳴りっぱなしだ。心臓の音がレイに聞こえるかと思うくらい……。 「……ってわけ! 分かった? 海?」 「あ、ああ! 分かった! ありがとな!」 俺は目をパチパチさせながら微笑んだ。レイも満足げにニッコリ微笑む。俺は自分のノートに問題を写し、解き始めた。実際、説明を聞くほど、俺に余裕は無くて……。 「ほら海! また違う!」 「ええ!? マジかよ!」 俺は頭をガシガシとかいた。レイは軽い、羽のようなため息をつき、ニッコリ笑うと、俺のノートを一枚やぶり、書き始めた。 「お、おい、レイ何やってんだ?」 俺は驚いて、目を丸くしながら尋ねる。レイはこちらを向かずに、問題を黙々と解きながら、 「海だけじゃ、いつまでたっても俺も帰れないから。貸しだよ?」 そう言うと、俺の方を見上げた。上目ずかいで、俺の目がまっすぐなレイの瞳に覗きこまれる。 「貸しだよ?」 っとレイがもう一度。 俺はふっと笑うと問題を解き始めた。そして呟くように、囁くように小さな声で 「今日、コンビニでなんか奢るよ」 っと言った。レイは顔をクシャッと歪ませて笑った。 ――ああ、俺の大好きな笑顔だ―― 「よし終わった〜!」 やっとのことで勉強が終わった俺はグッと伸びをした。レイは呆れるような顔をしたが、微笑みながら良かったね。っと呟いた。 「じゃあ、教卓に置いたら終わりだな」 そう言って俺はノートとレイの書いた紙を持って、教卓に向かった。教卓にノートを置くと、そのまま自分の席に行って鞄を持つ。教科書の入ったスポーツバッグが俺の肩にくい込む。 「レイ、帰るぞ」 そう言うとレイはこっらに向かってきた。 「帰ろう、海」 帰り、グラウンドの前を通る時、サッカー部員が俺を見て声をかける。俺は、「今日は休む!」と言って再び前を向いた。この中学校のサッカー部には、三年生がいない。つまり、俺達二年がサッカー部の中の最上級生なのだ。だから、先公にさえばれなければ、無断欠席をしてもいいのだ。楽だよ、まったく。たるんでるなぁ〜。 「海、行かなくちゃ行けないんじゃないの? もしかして、ばれないからいいやって思ってるでしょ?」 俺は考えてる事がレイに見透かされた気がして、グッと息を呑んだ。その後フッと口元を緩ませると、何も言わないまま前に進んだ。 俺とレイの家は、学校から丁度三十分ほど歩いたところにある。コンビニによるとなれば、家に着くのは、四十分後くらいだろう。 俺とレイの家は隣同士で、関係は幼なじみ。俺がレイを好きになったのは、小学六年生のころ。思い出すと、顔が赤くなる。三年間の片思い、でも苦じゃなかった。だって俺は、いつでも誰よりもお前のそばに居られるのだから。 「レイ、今度のテストっていつだっけ?」 「う〜んと、十二月かな?」 「そっか……。勉強間に合わね〜よ!」 「俺が手伝ってやるよ。」 っとニッコリ笑って、レイ。俺もニッコリ笑い返すと、頼もしいよ、っと呟いた。俺達は、コンビニに着くまでの二十分間こんなくだらない話をしながら歩いた。 コンビニに着くなり、レイは真っ先にお菓子のコーナーへと走っていった。まったく、中学二年生にはまったく見えない。制服を着ていなければ、小学生だと言ってもばれないのではないのだろうか? 俺はレイがお菓子を選んでいる間、雑誌を立ち読みしていた。最近流行のドラマ、流行の歌、流行のファッション。まったく、なぜ人は流行に流されるのだろう? 俺も流されるから人のこと言えないけどさ……。 「海〜、決まった! これがいい!」 幼げな笑顔でニコニコしながら俺の元にやってきたレイ。これが本当に中学二年生なのだろうか? っと、今日何回目かも分からない事を思いながら、お菓子を持ってレジへと向かう。 レイが選んだのは、百五十円のポッキー。百五十円というところでは、俺に気を使っているのだろうか。 「ありがとうございました、またおこし下さいませ〜」 っとアルバイトの店員。俺はポッキーを受け取り、レイに渡した。レイはまた顔をクシャッと歪ませると可愛らしい笑顔を見せた。 「ありがとう、海!」 「いいよ、手伝ってもらったし」 そのコンビニからさらに十分歩き、俺達は家に着いた。川原の近くにある、俺達の家。俺とレイの部屋のベランダが隣にあって、ベランダを渡ればすぐにレイの家に渡れるという便利な家だ。 「じゃ、後でな〜」 「ああ、ベランダ渡って行くよ」 俺達はそう会話を交わして家へと入っていった。俺は何も言わずに自分の部屋へと戻って行った。だって、何か言ったところで、誰もいないんだから意味が無い。母親も父親も仕事で、一人いる姉は男友達と遊びに行っているのだろう。 俺は鞄を下ろし、ベッドに横になった。考える事は決まっている。――レイ―― 俺は静かに目を閉じた。 俺が部活の時は、レイは終わるまで待っていて、レイが部活の時は、俺は終わるまで待っている。 登下校だけは絶対に一緒にしていた。小学生のころも。 小学生といえば、俺がレイを好きだと気づいたのは、六年の初めのころ、レイが女の子に校舎の裏で告白されているのを見たときだった。 ⇒To Be Continued... |
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