秋の風 |
作者:
消しゴム
2008年10月09日(木) 21時41分22秒公開
ID:gSb0P7TAWjM
|
「ううむ、寒いな」 特にこれといって気にした風もなければ返答が欲しいわけでもない。ただつまらない独り言なのだが、どうやらお人よしな彼はそれを会話として受け取ったらしい。 「そうだな、この風は――キツイよな」 言葉の途中に鋭い向かい風が吹いて、僕達はほぼ同時に首を暖かなコート内へ引っ込める。 それでも冷ややかな秋の風をもろにくらってしまった顔面に、温もりを施す事はできない。 寒さのあまりポケットの中へと消えた両手は、冷え切った顔などまるで無視していた。 内部に設置したカイロが今のところ、僕の最終防衛線と言う事も関係しているのだろう。 「だが……これはこれでいい事があるぞ平林」 もう冬が間近な為か、誠に迷惑な風に対して事もあろうかいい事など。そんなものある物かと僕はそっぽ向く。 が彼はその向いた先に顔を割り込ませ、僕に指でこれから進むであろう学校への道のりを指す。 と思っていたのだがどうやら彼が指差していたのは目の前にいる女子だったらしい。 「彼女がどうしたんだよ?」 「まぁこっからの位置じゃちょっと難しいかもしれん。だが見てる価値はある」 「はぁ? 何を言って――」 再び発言すらも凍らせるような突風が巻き起き、僕の言葉が最後まで紡がれる事はなくなった。 反射的に片目を瞑りながら、先を見据えていると 予想外の事が起きた。 「キャーッ! ちょ、嫌!」 何と突風のせいか、あろう事か彼女のスカートは本来の目的とするための壁としての使命を失っていた。 平たく言えば―― 「な? いい事だろ?」 固唾をのみその光景を見ていた僕に気づいたようで、彼は朗らかな笑みを浮かべていた。 「ああ、これは嬉しい出来事だ」 残念ながらこのポジションのせいで彼女を正面から捉える事ができず、僕達の拝みたい物は一歩先にあるものと推定された。 突風が吹いた瞬間、さりげなく後ろを振り向けば僕達は……。 「きょ、今日と言う日にめぐり合えた事に僕は深く感激している」 思わず上擦ったような声に彼は反応するように深く頭を下げる。それが肯定の意味だと言う事は火を見るより確かだった。 「それより問題がある」 重いような彼の一言に僕は眉間にしわを寄せながら、 「問題とは何だ、皆本?」 「どうやって俺達二人が同時にターンして女子に怪しまれないか、という点だ」 的確な問題点を提示される。確かにその点は考えていなかった。 「よし、平林。お前どっか行け」 「何を言う皆本。そういうお前こそここは一歩引け」 静かに男同士がいがみ合い、あたりにバチバチと火花が散る。 そんな僕らを背景の一部だとでも言うかのような、こちらを見向きもしない態度に思わず苛立った声をあげる。 とりあえず目先にいた彼に怒りをぶつけるような僕は、きっとよほど余裕がなかったに違いない。 「沢村! お前僕達を無視するな、挨拶くらいしろ」 そういうとぴたっと彼は足を止めて、クルリと振り返る。 ずれてもいない黒ぶち眼鏡を指で調節すると、 「全く、朝から女性の下着の事でとやかく言うとは……全く本当につまらない連中だな」 学級委員として威厳を感じさせるような声に、こちらの急所を間違えなくぶつけてくる相手に少々行き所のない怒りを覚える。しかし言い返せる事もないので僕も皆本も一緒になって彼を食い入るような目で見つめていた。 「僕は前髪の調整に忙しいんだ、すまんな」 そういうと彼は片手に収まった小さな手鏡をこちらへ見せ付けると、優雅に歩き始めた。 そんな沢村がやたらカッコよく見えて、朝から変につまらない事を騒いだな、と今さらながら反省した。 「いやああああッ!」 突如身を切るような金切り声が後方で響き、僕達は思わず身を震わせた。 秋の風が吹き、再び僕らは冷たい風を顔面からくらってしまった。 寒さに身を震わせながら前方を見ると、口の端を吊り上げて笑う沢村が見えた。 鏡に映った完璧な髪を触らず、にやにやと頬を朱に染めながら笑っていた。 ようやく沢村が鏡を持っていた本当の理由に気づいて、同時に僕と皆本が絶叫していた。 「沢村何してやがる!」 羨ましすぎる彼の手鏡を巡り、その後三名の壮絶な鏡の取り合いになったのは言うまでもない。 |
|
■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集 |