Laughing Ogre
作者: 牧陽介   2008年09月01日(月) 20時29分57秒公開   ID:awByd8g/CMA
【PAGE 1/4】 [1] [2] [3] [4]



――全く、嬉しゅうて涙出てくるわ。

 わては今、組織の秘密基地におる。広さは、そうやな――東京ドームくらいやな。まだ行ったことあらしまへんけど。それに、ここで野球をするなんて可愛いことは言う気になりまへんなぁ。
 何せ敵の本陣の最深部近く、地下五百メートルやからな。太陽も見えんし、風も吹かん、もちろんグランドも応援スタンドもありまへん――悪い奴って、どないして土の中に基地作るんやろ。
 おかげで、わてのようなお天道様の下で働いとるもんが苦労する羽目になるんや。

――まあ、お天道様の下に出たくない気持ち。分からんでもないわ。

 周りには、妖怪も裸足で逃げそうな獣を模した改造人間がおる。まあ、獣だけやないが多くは獣――そんで、化け物や。
 先刻そこの壁がシャッターのように開いた途端、怒涛の如く出てきた。その数、しめて百とんで八体や。全く、男一人出迎えるんやったら、もう少し綺麗どころ用意せんかい。
 仰山あつまってきたわりには、静かなもんや。もっとも、ここに満ちる殺気で気の弱い生きもんは死んでしまうで。
 そんな化け物どもが、何するんか分からんくらい無駄に広い空間の中――ドームの中央に立つわてを中心にして取り囲んどる。
 ちなみにこの空間を作る壁は、特殊超合金で出来とるらしい――前もって頭に叩き込んだデータに間違いがないなら、この壁の厚さ約三メートル、パワーに特化した改造人間の攻撃でもびくともせん。床と天井も同じ材質で出来とる。
 
――それにしても、ここまで思い通りになるっちゅうのは嬉しい限りや。

 奴らも、それに相方も気づいてないやろ。わては別にヘマしてここにおるわけやない。自分でこの状況を作り出し、こいつらの足止めをするためにここに残ったんや。
 一緒に侵入した相方は、既に壁の向こうに行っとる。その先には敵の親玉がおる。
 ここに忍び込んだ時、わてらは警備室を潰した。その時、基地の構造を頭に入れた。
 そんで誰にも気ぃつかれんようここまで忍び込んだ後、何が原因か分からんけど侵入者警報が鳴ってもうた。
 眼の前で壁が下り始め、閉じ込められる前に相方とここを駆け抜ける――その途中、相方に気づかれんようにスピードを落とした。
 相方の背後に廻り、先を行く背中を蹴って壁の向こうに突き飛ばす。
 そんで、わてはここに残ったちゅうわけや。
 それだけでは警備室のコンピュータから壁を開けることが可能やったけど、そっちは警備室に侵入した時に既に壊しとる。ややこしい回路の線の一本一本、綺麗に焼き切ってやったわ。
 まだ、こいつらはわてと一緒に相方が侵入していることは知らん。たとえ気づいていても、相方はとっくに壁の向こうや。少なくともこっちから開ける手段はあらしまへん。
 端から侵入が気づかれた時には、相方を親玉と戦わせるつもりやった。二人しかおらん戦力を分けることもどないかと思ったんやけど、共倒れするよりはましや。
 わては、せいぜい殿をつとめさせてもらいまひょか。
 唯一予定と違うてたのは、異変に気づいたこいつらが集まってくるのが思いのほか早かったことくらいや。
 まあ、準備は整っとるから問題はないか。

――とにかく、これで役者も舞台も揃ったっちゅうわけや。

 わても、そろそろ舞台にあがる頃合いでっしゃろ。
 習慣的に尻ポケットから取り出したスキットル――酒が入った缶ボトルの蓋を指で弾き飛ばして、中の酒を飲み干す。戦うようになってから始めた、戦いのための景気付けや。
 旨い酒や――もっとも、酔えんようになって久しい。アルコールは薬学上、麻酔に分類される。象も眠らせる強力な麻酔でも、改造されたわてを眠らせることはできへん。
 せやけど、それでもええ。酒は酔う為に呑むもんやない。旨いと分かるだけで十分や。
 もっとも、旨い酒を飲むにしては色気がないのが残念や。
 そんなことを考えながら、長年愛用してきたスキットルを後ろに投げ捨てる。

――ほな、そろそろ始めまひょか?

 そう言いながら、上着を脱いで投げ捨てる。
 腰に赤い閃光が走り、火炎を模したベルト『回天』が出現・装着される。
 右手でバックルを撫でて掌に炎を燈し、その右手を顔の高さまで掲げて掌を返す。

――変身!

 燃え盛る掌を顔に重ね、炎が作り出す仮面を被る。
 更に炎はわしという人を焼き、鬼へと変えた。
 そう――わては文字通り身を変える。人の身から鬼へと。
 顔を被う指の隙間から、眼が赤く輝く。見得を切るように、首と上半身を大きく回転させると身体を包んでいた火炎が空中に舞い散った。
 炎の桜吹雪が舞い散る中に生まれた一匹の鬼――これが、魑魅魍魎どもを退治する、わてのもう一つの姿や。

――さあ、どっからでもかかってきぃ!

 その言葉を待っていたかのように、化け物どもが一斉に雄たけびを上げて飛びかかった。わても叫んでいたのかもかもしれんが、百と八体の咆哮にかき消されてしもうたわ。

――桜花!

 回天を撫でる右腕に火炎が燈り、その手刀で化け物どもの間を駆け抜けて四体を切り伏せる。
 右腕から噴き出す炎が空中を漂い、連中の爆発が作る炎の大輪に火の花弁を添える。

――今日の桜花は、一段と熱うおまっせ。

 右腕だけやない。左腕で五体目の頭を叩き潰した後、振り返りざまに六体目を切り捨て、真一文字に振るう右腕で七体目を潰す。
 両腕に備わる発熱装置から生み出される超高熱――頑丈な金属とて金属である以上は熱に溶け、打撃の威力を殺ぐことなく受け入れる。
 それは、ビニールに切れ込みを入れるようなものや。熱で切り込みを作り、そこに「裂ける」力を加えるさかい切れんものはない。この超高熱を操るんが、わての力や。
 短時間やけども、その熱に耐えられる身体もわてに与えられた力や。いや、与えられた力やないな――正確に言えば、両親が残してくれた力や。

 わての親父は、科学者やった。
石油や核の代替エネルギーの研究開発をしとった――らしい。
 わては、親父と口を聞いたのは数えるくらいしかあらへん。小学校に上がる前に行方不明になった。科学者やったことと研究してたことは、おふくろから聞いた。

 おふくろは女手一つで、わてを育ててくれた。
 着物の似合う京美人やった。茶や舞の師範で、わても習った。酒も少しゅうばかりやけど教わった。
 『弱い男になるんやない。強うなり』が口癖やった。
 子供ながらにわては、そんなおふくろの期待に応えようと近くの道場で古武術を習った。今にして覚えば子供の単純な思考やったけど、おふくろが喜んでいたからええとする。

 わてがこない身体になったのは、四年ほど前や。
 組織に拉致されて――組織の科学者やっとった、親父の手によって改造された。親父はな、手術台に横たわる男が息子だと気づかんかった。
 十年以上も会っとらんから、息子と気づかなかったと言われても無理ないやろ。
 それでも、どうやって気づいたかは知りまへんけど、頭の中身をいじられる前に親父はわてを助けおって、おかげで逃げ出すことができたんや。
 せやけど、一緒に身を隠そうとおふくろの元へ行った時には、組織からの刺客がそこにおった。
 
――お久しゅう。馬はん。

 八体目の腹を掻っ捌いたところで、そいつの肩越しに見覚えのある馬の顔が見えた。
 あれが組織を脱出したわてに差し向けられた最初の刺客にして、わての両親を殺した馬を模した化け物や。

 今でもしっかり覚えとるで――季節外れの蛍が舞う川辺で、わてら親子三人は再会した。その喜びも束の間、馬はんと同じ顔した数体の化け物に囲まれてしもうた。
 最初に組織を裏切った罪とかで親父が、おふくろを庇って斬り殺された。
 次に、合気道の技で化け物の攻撃をかわしていたおふくろが、馬はんの持つ槍に貫かれた――その間に入った、わての身体ごとや。

 不思議な感じやったで。自分の身体に穴を開けられているちゅうのに、わてはおふくろを貫いた馬と、それを防ぎきれなかった自分に激しい怒りと情けないほどの絶望を感じた。
 思わず、右手で顔を被う――これは昔からの癖やった。情けない顔を誰にも見せんように、自分自分を鼓舞するように、いつの頃からはわてはこうして顔を隠すようになった。

 その時、わては指の間から水面に映る化け物を見た。
 水の中に化け物が――いや、わてや。わての姿が映っとる。わての顔が、身体が、変わってる――もう人間やない。
 わては、化け物になってもうた。怒りと絶望が恐怖に塗り替えられる――声に出てていたのかもしれん。そんなわての背に、おふくろが寄りかかった。

 「しっかり気張りぃ。あんたは、わての子――鬼になっても、わての子どす」

 何も言えなかった。鬼になっても、わては――

 「ええ背中になったなぁ。ゆっくり眠れそうやて、幸せやわぁ」

 そうって微かに笑いながら、おふくろは息を引き取った。

――わては、鬼や。鬼になっても、わてや。

 ここにおる化け物の殆んどは、わてと相方が一度倒しているもんや。
 倒した奴らの改造人間としてのデータは、組織に残ってる。そのデータを基にして、新たなる素体を基礎として造られた化け物――せやけど、そいつらは過去に戦った化け物とは違う。似ているだけで、異なる連中や。

――わてをなめてると、火傷しまっせ?

 馬はんの持つ槍に首を狙われるが、それを寸分の差でかわしてみせる。目標を失った刃が他の化け物を切り裂く――驚きで馬はんの動きが止まったところに手刀繰り出すが、寸前で正気を取り戻したのかそれを刃の腹で受け止めた。
 受け止めただけやけど、発せられる超高熱が瞬く間に刃を溶かす。慌てて馬はんは距離をとり、その場には根元が赤く焼けた片刃が落ちる。
 残った刃を振りかざした馬はんは、両足で床を蹴っての特攻を仕掛けてくる――前にこちらも駆け出す。それは想定外の攻撃だったのか、馬はんが一瞬だけ動揺を見せた。地面を蹴って跳び上がり、右足の『桜花』を起動させる。
 桜花のための発熱機関を備えているのは両腕だけやない、両足もや。

――斬馬!

 超高熱の跳び回し蹴り――弧を描く炎の太刀が、馬はんの上半身を叩き斬る。数瞬遅れて馬はんの傷口から炎が噴き出し、燃える間もなく爆発して炎が四散する。
 あの時も、馬はんをこの技で倒した――これが、わての戦いの始まりやったな。

 馬はんが炎の花を咲かせるより前に、どこからか放たれた砲撃による爆発に吹き飛ばされる。
 とっさの防御が間に合ったおかげでダメージは無い。吹き飛ばされた衝撃も、床の上を数回転がることで打ち消す。
 砲撃に巻き込まれた化け物を文字通り蹴散らしながら姿を見せたのは、背中に二門の大筒を備えた亀の化け物やった。

――お次は亀はんでっか? 全く、懐かしゅう顔ばかりやな。

 亀はんは、相方と初めて会った時に戦った相手や。
 もっとも、あん時は相方の事情なんて知らん。その結果、互いに勘違いしてやりあうちゅう阿呆なことしてもうたけどな。
 大体、夜の港っちゅう人気の無いところをうろうろしとる方が悪いんや。如何にもって顔で歩きくさってからに。
 確か相方に化け物が出たちゅう連絡がくるまで、どつきあっとったな。そんで本当の相手があの亀はんだと知って、なんだかんだで一緒に戦ったんやっけ。

――まあ、今となっては、ええ思い出や。

 亀はんの背中から伸びた二門の大砲から繰り出される砲撃――フットボールのような砲弾を右へ左へと避ける。勿論、その度に運悪く弾道にいた化け物が吹き飛ぶ。
 賢い奴はわての逃げ道を塞ぎにかかったが、そんな奴の腕をとっては盾代わりにする。
 四人目を背負い投げの要領で、亀はんに向かって投げた。空中で撃墜されるそれの下をくぐり抜け、間合いを詰める。
 大きく息を吸い込み、口を被うマスクを中心から左右に開く。

――鳳仙花!!

 口から吐き出す四つの火炎弾――狙い済ましたそれは、砲口へと飲み込まれるかように入った。

――どや? 腹いっぱいになったでっしゃろ?
 
 答える間もなく、腹を押さえた亀はんが爆発――立派な華を咲かせる。
 亀なだけあって、その装甲も超高熱を持ってしても楽に勝てない相手や。その様はまるで移動砲台――そういう相手こそ、内側は脆いのが弱点や。
 腹に穴を開けてもがき苦しむ亀はんやったが、その腹に金色の跳び蹴りが叩き込まれることで爆砕――苦しみから解放される。

――猿はん、お次はあんたの番でっか?

 金色の毛皮を持つ猿はんは、その毛皮に炎を纏わせて悠然と構えた。
 猿はんは、それまでの戦いで組織が取得したわてと相方のデータを基に作られた近接格闘を得意とする化け物や。わてらと同じ能力を持っているだけやなく、機械としての性能ならわてら以上や。

⇒To Be Continued...

■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集