鈍感な男
作者: サキムラ   2008年06月06日(金) 21時02分42秒公開   ID:jJ.FX5dtEDY
眠気に負け、授業中に彼女が寝てる姿を、僕はいつしか後ろから眺めていた。先生は気付かず、普通に授業を進めている。完全に聞き流している僕に、次のテストもダメだなと思いながらも、彼女のことを考えてしまう。
 僕らが交際を始めたのは四ヶ月くらい前。まだ二年生だったときで、僕は彼女のことを特に意識はしていなかった。学年末テストの勉強しなくてはなぁと思いつつ、全く勉強していなかったころだ。テスト週間に告白されたのだ。
 体育館裏で、ぼんやりするのが僕の至福のとき。誰も来ないうえ、雨の日でも屋根があるため、全天候対応――というのは言いすぎだが――の場所だった。そこでいつも通り空を眺めていた時に、突然彼女がやってきたのだった。
「隣、いい?」
 と、彼女が聞いてきた。明るいけれど、なにか決意のこもったような声色で聞いてきた。いいよ、と答えた。僕はなにも意識せずに空を眺め続けていた。
 彼女が僕の横に座った。丁度雲が手のような形になっており、感嘆している時に彼女は言った。
「彼女、いる?」
 短いけれど、全てが分かる一言。ただ、僕はその時何も考えていなかったため、いないよーと普通に返していた。その時、雲の形が人差し指になり、人差し指の向こうに戦艦のような形の雲があった。
 彼女の深呼吸の音が聞こえた。何を緊張しているのだろうと鈍感な僕は思っていた。
「好き……なんだ。付き合ってくれるかな?」
 その言葉を聞いたとき、咄嗟に理解できず、え?と聞き返してしまった。そして、彼女に同じ台詞を二度言わせてしまった。彼女の顔は真っ赤だった。
「いいよ、でもみんなにバレないようにしようよ」
と、僕は返事をした。彼女は嬉しそうな表情で、
「うん、分かった」
と返事をした。僕も何故か頬が紅潮していた。

「眠くなっちゃってさぁ。だってあの先生の話長いんだもん」
「まぁ、分からないでもないけどさ。でも、あれ結構テストに出やすい問題らしいよ?」
「本当?それは参った」
いつもの帰り道。違うのは、回りに誰もいないことと、彼女が隣にいることだけ。僕は幸せな気分に浸っていた。こんな平和な帰り道が永遠に続けばいいのに……そう思った。
「ねぇ、今度の日曜日、いつもの場所に行こうよ」
「お、そっちから誘うなんて、珍しいな」
 二人の共通の趣味が映画だった。たまに映画館へ二人で行くのだが、その映画館が少々変わっているもので、あまり回数行くことはない。というのも、あまりメジャーではない作品ばかりを扱う映画館で、洋画などは見たことない役者、聞いたことない監督がいっぱいでてくる。けれども、その中で面白い作品に出会ったとき、誰も知らない名作を二人の間で共有できるのを楽しみにもしている。
「よし、今度はどんな名作が待っているのかな?」
と、俺が言うと彼女はあっさり返した。
「B級映画じゃない?」
そういって、彼女は笑った。それにつられて、僕も笑った。二人の帰り道はいつも笑が絶えなかった。

日曜日、僕らは二人で待ち合わせをし、例の映画館へ向かった。歩いて五分ほどで着く距離なのだが、意外と存在を知られていない。
「ねぇ、妙に人多くない?」
「本当だね。何かあったのかな?」
普段映画館前には車が二台あればいいほうで、五台分しかない駐車場が、普段は一つ埋まっているだけだ。もちろん、その一台は館主のものだった。日曜日でも、最大三台までしか埋まっているところを見たことなかったが、今日は五台全部埋まっているのだ。
「おお、お前らも来たか」
 館主が入り口から出てきて言った。嬉しそうな様子で、珍しくしっかりスーツを着込んでいた。普段はTシャツにジーンズという五十くらいのおじさんには似合わない格好をしているんだけれど。
「呼ぼうと思ったんだけれど……電話番号が分からなくて。いやぁ偶然来てくれて、よかったよ」
「何かイベントでもあるんですか?」
と、彼女が尋ねた。館主はすぐには答えず、もったいぶった様子で
「お楽しみだよ。今日は常連さんが全員きてくれたしね」
と言って、中に戻っていった。僕らも後を追いかけた。
 館内に入ると、二人組みの三十歳くらいの男性と、一人のスーツ姿の若そうな女性、さらに二十歳過ぎくらいのカップルと、四十過ぎくらいの男性がいた。僕らも入れて、八人の常連がいることになる。それぞれ、談笑していたり、読書してたり、自由に過ごしていた。
 実は、客が少ないのにこの映画館が成り立っているのは二つ理由がある。一つは、入場料が高いことだ。客の数が少ないから、高いという、いたって単純な理由だ。といっても、三千円ほどで、まぁ二ヶ月に一度は行ける程度の値段だ。
 こちらが大きな理由で、あまり大きな声では言えないが……この映画館は実は非公式の商売なのだ。まず、映画を裏ルートを使って手にいれている。どうやって手に入れるの?と以前聞いたら、犯罪者になりたいか?と言われてから聞いていない。さらには土地をとある手口を使って無償で譲り受け、車まで自分のものではないという。ちなみに、全部抽象的なのは、具体的に聞いたら犯罪者になりたいかと言われるのが目に見えているからだ。一部は噂でもある。
 彼女が、周りを見渡しながら聞いてきた。
「何が始まるんだろうね?」
「いい映画でも手にいれることが出来たんじゃないかな」
 僕が答えていたとき、館主がみんなの前に立ち、喋りだした。
「常連のみなさん、本日は当映画館にお集まりいただき、ありがとうございます。本日皆さんにお集まりいただいたのは、とある映画が当館で上映できることになりまして、真っ先に皆さんに見ていただきたいと思い、連絡させていただきました。それでは、シネマへどうぞ、お入りください。本日は普段の感謝の気持ちを込め、無料で案内致します」
と、気前のいい館主の挨拶が終わり、僕らは一つしかないシネマへ入る。ドリンクも支給されており、完全無料のようだ。
「そんなに面白い映画なのかな?」
「自信があるんだろう。けれど、期待しすぎは禁物だよ」
ここの館主は信用ならないからね……続く言葉を飲み込み、前を向いた。丁度、ブザーが鳴った。

 映画は、外国から始まる。南米かアフリカ辺りの発展途上国だろうか。そこで一人の青年が働いている。ボランティアらしく、子供たちとコミュニケーションをはかっていた。まだ来て間もないらしく、慣れていない様子だ。
「珍しいね」
と、声が耳元で響いた。なんだろうこのシーンはということに頭を使っていた僕は、外からの声にびっくりした。ただ、彼女の声だとは分かったため、僕は応答をした。
「な、なんで?」
「だって、邦画じゃない。いつも洋画ばっかりなのに」
言われてみれば、この映画館はほとんど洋画を放送している。なのに、今スクリーンの中心は日本人。
 確かに不思議だとも思いつつも、僕はあまり気にせずにスクリーンへ入っていった。
 ボランティアの青年が仲間に呼ばれている。仲間といっても青年より少し年上っぽい男性で、三十歳はいっていようか。どこかで見たことあるような気がする。
「遅いぞ。集合命令が出ている。急げ」
「了解」
短い会話の後、二人は去っていく。残された子供たちは、彼らを追いかけていく。
 そこで、ボランティアが全員整列している場面に変わった。全員で200人以上いるだろう。
テロップが流れていく。俳優、監督、脚本家全員知らなかった。ちなみにタイトルは「銃声」だった。
 そこからは戦争の惨状を映し出す描写が多かった。幸い、僕も彼女も戦争を取り扱った映画はいくつか知っており、それと比べると弱い描写ではあったため、大丈夫だった。
 粗筋は、青年がボランティアに行っている国に、突如隣国が攻め込み、制圧された。そこから、国連が攻め込んだ国に対し、武力制圧しようとしたが、なんと国連軍が一国に降伏させられてしまった。そのため、国連加盟国は一国の支配下となった。何故そうなったのかというと、日本のボランティアの人間がスパイとして忍び込み、大量虐殺して軍が壊滅状態に陥ってしまったのだった。
 そのスパイのなかに当然例の青年も混じっていた。彼は虐殺の時に決心がつかず、オロオロしていた。その時に、スパイの一人が敵に銃を撃った。それから、彼だけでなく、スパイ全員が国連軍を撃ちだした。まるでベルリンの壁崩壊のような勢いだった。それからそのスパイたちは全員一国に殺された。国連加盟国以外を制圧し、一国は世界征服を現実のものにしたのだった。

「なんなんだろうね、あの映画」
幕が閉まると真っ先に彼女が僕に向かって話しかけてきた。
「分からない。でも、面白かったじゃないか」
僕が返すと、彼女は首を傾げた。僕は飲み干したドリンクを持ち、シネマを出た。他の四組も同じような行動をしていた。
「皆様、いかがでしたでしょうか?」
館主がシネマの出口に立っていた。すると、四十過ぎの男性が答えた。
「あなたの昔の作品ですね。監督、それからボランティアの一員であなたが出演していました」
僕は、心でなるほどと呟いていた。どこかで見たことあるなと思ったら、館主だったのか。
「気付かれる方がいらっしゃるとは思いませんでした。こいつは一本取られたようですね」
館主が嬉しそうに言う。そして、こう続けた。
「私、この映画館をやめようと思ったんです。というのも、これ以上こんな危ない商売続けて、いいこともないかなって思ったのです。でも、最後の記念に当館をひいきにしてくださった皆様に一つ私の作品を見てもらおうと思ったのです。私の昔の夢は映画監督でした。楽しんでいただけたのなら幸いです」
「なんで、世界征服で終わらせたのですか?」
彼女が急に口を開いた。僕は驚き、彼女のほうを向いた。館主は微笑むと、
「五歳くらいの時の夢だったんですよ」
と笑顔でいった。
「それでは、これにて閉館いたします。これまで、まことにありがとうございました」
 それから、常連全員と館主でお疲れ様パーティーを開いた。といっても、喫茶店にて全員で談笑しただけだが、館主の過去の話や、常連の間での連絡先の交換など、とても楽しい時を過ごした。店を出たのは午後三時になっていた。
「どうする?」
店を出て彼女に振り向き、尋ねた。その顔がなぜか暗かったため、僕は疑問に思った。
「あのさ……私、さっき思ったの」
「何を?」
「私ね、あの館主さんのように、自分の夢追っていられたらいいなぁって。でも、夢を追うと、一つ捨てなきゃいけないものがあって」
その言葉を聞いたとき、僕かなと思った。最初は確かにあまり意識はしていなかったかもしれない。だけど、突然の告白、何度かの映画デートを経て、僕は彼女に完全に恋をしていた。それが壊れるかもしれないのか。
「なんだい?」
僕は捨てられるのかもしれない。聞かなきゃ分からないけれど、聞きたくもなかった。動くな、時間と、強く思った。だけど、彼女は口を開いた。
「私、あなたと結婚したい」
……数秒の沈黙、そして僕は口を開いた。
「え?」

それから、僕らは高校卒業とともに同棲生活を始めた。二人で同じ大学を卒業し、僕は就職、彼女は主婦となった。それから数年後、僕は改めてプロポーズをした。彼女はOKをし、とうとう僕らは正式な夫婦となった。
しかし、僕は彼女があの日捨てたものが分からなかった。僕はある日尋ねてみた。すると、
「家族よ。だって、結婚すると嫁に行くんだから家族を捨てるってことでしょ?」
と言われた。ついでに、未だに鈍感なのねとも言われた。
 
 夢を追うことは大切なことだ。けれど、叶わないときもある。そんな時は、捨てたものを拾いに戻ることで、また希望が戻るんじゃないかなぁ。
■作者からのメッセージ
はじめまして。これからよろしくお願いします。
なんか衝動で書いてみたものなので、あまりいいものではないでしょうが……

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