サトくんと私とケイトくん
作者: トウコ   URL: http://www3.to/retouko   2008年05月11日(日) 01時58分21秒公開   ID:GwxLn9N0eaU
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 好きか嫌いかと言われれば確実に好きだと言い切れる。けれど、じゃあつき合えるかと言われたらそれは全く別の話。
「だと思わね?」
 井田覚に問いかけに、夏川ケイトは「さぁ?」と気のない返事をした。ケイトの机に倒れ込み、じっと様子をうかがってくる覚とは視線を合わさず、ケイトの目線は手元のテニス雑誌のままだ。光沢のある雑誌の表拍子は、窓から差し込む陽を反射している。
「夏川! 俺の話、聞く気あんのかよ!」
「ない」
 きっぱり。覚の勢いあるツッコミをばっさり切り落とすケイト。身も蓋もない回答に覚は言葉につまった。クラスメイトでありチームメイトである彼らの会話は、いつもこんなものである。
 名東学園高等部テニス部、一年にしてエースプレイヤーであるケイト。祖父がドイツ人というクォーターの彼は、日本人離れした端正な顔立ちをしている。色素の薄い目と髪、スタイル抜群の長い手足、加えて英語とドイツ語はお手のものの彼は、紛れもなく名東学園のアイドルである。
 ただしアイドルといっても愛想は全くない。名東学園でのケイトのキャッチコピーは「魅惑のクールビューティー」である。そんな彼は当然受け答えもクールで簡潔であっさりだ。
 しかしながら彼にも同情心はあったらしい。むーっと眉を潜めて頭を抱え出した覚を見て、ケイトはため息を吐きながら雑誌を閉じた。
「アイちゃんに何か言われたの?」
「べ、別に誰もアイちゃんの話なんか――」
「わかったわかった、で何?」
 とっとと話せ。それをケイトは目だけで覚に訴える。ケイトの切れ長三白眼に睨まれて、覚は「げっ」と肩を竦めつつ、反射的に机の上から飛び退いた。
「アイちゃんには、別に何も言われてないんだけど」
 ほら、結局アイちゃんの話じゃん。
 ちらりと横目でケイトの様子をうかがいながら、言いにくそうに呟く覚に、ケイトは再度ため息を吐いた。覚の恋愛話の時点で、対象は彼女以外にまずありえない。
 アイちゃんこと前田アイは、名東テニス部ではかなりの有名な『自称、覚のお姫さま』である。ありとあらゆる試合に顔を出し、覚にべったりと引っつくアイは、かなり強烈な印象を残していた。なまじアイが美人なだけに、一部では名東七不思議を更新したとまで言われているのだ。なんせアイの片思いなのだから。
 アイいわく、『サトくんは私の王子様。いつも私を守ってくれてるの』とのこと。まぁ実際覚は、アイのことを何としてでも守ろうとする傾向にあるし――おそらく幼い頃からの習性なのだ――抜けに抜けたアイと一緒にいると、お調子者の覚も不思議としっかりして見える。だからケイトとしては理解できないこともないし、むしろ案外似合ってるのでは? と思っていたところだった。
 ――しかしそこで問題点が一つだけ。
「アイちゃんと年齢差を感じた?」
 これである。アイは大学二年生。高校一年生の覚とは四つの年の差があるのだ。
 どうせこんなことだろうと、ケイトは問いかけた後、やる気なく頬杖をついた。二人がもめること、いや、もめるといっても二人がバラバラにうだうだと悩んでいるだけなんだけど。四つの年の差、二人の間に起こる悩みなんざこれぐらいしかない。
 しかしケイトの予想は今回少しだけずれていた。覚は一度かぶりを振って「あっ、いや年の差も関係してんのかも」と独りごち、「いやいややっぱり」と結局もう一度かぶりを振った。何だそれ。心の中で呟くケイト。
「何それ」
 結局口にしてしまった。覚は気まずそうにケイトから顔を背けると、小さな、本当に小さな声で呟いた。
「アイちゃん。今日合コンだってさ」
 ――――Pardon?
 覚の言葉に、これでもかというほどケイトは目を見開いた。アイちゃんが合コン? 覚命のアイちゃんが合コン? あり得ない。It's a very strange story!
 覚のある種爆弾発言に、ケイトの開いた口は塞がらなかった。魅惑のクールビューティーあるまじき間抜け面である。学園アイドルにそんな顔をさせた罰として、後に覚はケイト様ファンクラブにシメられたとかなんとか。


 ――というわけで、思い立ったら吉日、即行。さっそくケイトは、部活の休憩中にアイの元へと駆け寄った。ちなみにアイ、授業が早く終わった日は必ずテニス部の見学に来ている。フェンスに群がる名東テニス部見学者とケイトのファン達の群れから、ケイトは必死にアイを探す。
 ところがやっとアイを見つけても近寄ることが困難で、結局ケイトはアイに電話をかけるしかなかった。ただ「アイちゃん本当に合コン行くの?」と聞きたいだけなのに。
 つーかそもそもアイちゃんが合コン行くかどうかなんて、俺は全然関係ないんじゃないの?
 そんなケイトの心の叫びはもっともである。とはいえ、そりゃあ覚はどうでもいいけれど――これがケイトと覚の友情である――やっぱりアイは放っておけない。少しだけ迷ったけれど、ケイトはアイに電話をかけることを決めた。
「もしもしアイちゃん。ケイト。あっ、俺の名前を呼ばないでね」
 前にアイがケイトの名前を呼んで、アイのケータイ争奪戦が行われたことを、ケイトはちゃんと覚えていた。もっともその時アイと話していたのは覚だったけれど。
『どうしたの? ケ――さん』
 ケさんって。俺、何人だよ。中華系? まぁいいけど。
「アイちゃんさ、合コン行くって本当?」
『え! 何で知ってるの? さすがケさんだねぇ。すごいすごい』
 もうケさんでも何でもいいけどさ。
 アイらしいと言えばそれまでである。ケイトは小さくため息をつくと、話を続けることにした。アイの反応からして、合コンへ行くのはどうやら本当のようだから。
「何でまた。井田はもういいの?」
『まさか! サトくんが一番好きだよ!』
 堂々と言い切ったアイに、ケイトは呆れを通り越して微笑ましくなってくる。ケイトはベンチに座りながら思わず口元を緩ませた。ケイトのこめかみを汗がしたたる。首にかけたタオルでケイトは汗を拭った。
「じゃあ何で?」
『それがね、佐代ちゃんが……』
 佐代ちゃんこと小沢佐代はアイの大学の友達である。つり目で少し小さめの目がややキツイ印象与える佐代。ケイトも前に一度佐代と話をしたことがあったが、見た目だけでなく口調もきつめ、ハキハキとしゃべる女性だったとケイトは記憶している。そしてなにより彼女は世話焼きで、おっとりしたアイのことを何かと気にかけている印象だ。
「もっと他の男を見ろって?」
 佐代はどうやらアイが覚に執着することが気に食わないらしい。ケイトの問いにアイは黙り込んだ。ケイトがアイに視線を向けると、アイはケータイを握りしめながら大きく頷いている。
『なんで佐代ちゃんはわかってくれないんだろう』
 アイは少しだけ眉尻をさげて、静かな声で呟いた。それはアイが哀しい時に出す声だった。

 恋愛なんて人の自由だとケイトは思っている。だからあれほど美人なアイが「サトくん、サトくん」と飽きずに呟いていても、なんら気にも止めなかった。そりゃあ驚きはしたけれど、それでも2人はとても幸せそうに笑っていたから、ケイトはこれがあるべき姿なのだと思っていた。
 それでも、やはりそうは思わない人間も多々いる。ケイトは覚とアイと出会って3年間、それをいやというほど思い知らされた。
 アイみたいな美人に覚が好かれることが許せないと呟く人間や、もしかしたらアイが覚に騙されているんじゃないかと勘ぐる佐代のような人間。ケイトは後者の人間を初めて見たときには笑ってしまったが、これが一人二人じゃないから驚きである。
「あいつはあいつなりに精いっぱいやってんだけど」
 アイとの通話を切ったケイトは小さく独りごちた。
 そろそろ休憩も終わる頃だとケイトがベンチを立つと、ケイトの視界の端に覚の姿が見えた。覚は一点を見つめている。何を見ているかなんて一目瞭然だ、ケイトは彼女がそこに居ることをついさっき確認したばかりなのだから。アイちゃん――覚はアイを見ていた。
『好きか嫌いかと言われれば、確実に好きだと言い切れる』
 そう言った覚は、自分が一体どんな顔をしていたか気が付いているのだろうか。ケイトはゆっくりと覚の方へと歩いていった。覚はケイトの気配に気付かずにずっとアイを見つめている。今みたいに、すごく切なそうに顔を歪めながら笑っていたのだ、サトくんは。
「つき合えるかと言われたら、それは全く別の話ってさ」
 覚と一メートルほどの距離を空けて立ち止まると、ケイトは言った。そこで初めてケイトの存在に気付いた覚は、びくりと体を振るわせてケイトを見る。
「なんで?」
 上目遣いにしっかりと、ケイトは覚を見据える。
 鋭い視線を向けるケイトから、覚は目が離せず、驚いたままの目を見はった状態で立ち尽くした。それから数秒経って、結局覚はケイトに何も言えないまま目を逸らす。
「アイちゃんは、なんか、住む世界が違うっていうか」
 ケイトから目をそらしたまま、覚は言葉を探るようにゆっくりと話した。
「アイちゃんはずっと、側に居たけど、すごく遠くて」
 辿々しい覚の言葉。だからこそ真剣さがよくわかる。ケイトは覚を見る目をわずかに細めた。まるで眩しいものを見るように。
 四つの年の差は言葉以上に重い。アイの周りにいる人間は、当然ながら覚よりずっと大人な人間ばかり。話していることも、勉強の内容も、彼や周りよりもずっと難しくて、ずっと落ち着いた内容だ。アイと二人で居る時は一切感じない壁も、周りの環境が合わさった瞬間、高く厚くそびえたつ。
「すごく寂しくなる」
 覚は少しだけ眉尻をさげて、静かな声で呟いた。それは覚が哀しい時に出す声で、アイとまったく同じクセだ。そのクセを見たケイトは、二人が一緒に居た時間の長さと重さを感じた。そしてきっと重さの分、アイも覚も寂しさを感じてきたはずだ。だから二人が、イマイチ踏ん切りつかない理由はわからなくもないけれど。
「それって逃げじゃないの?」
 壁なんて虚像だ。ケイトはそれだけ呟くと、覚に背を向けた。
 頑張ればいいと思う。ケイトは覚とアイが二人で笑いあってじゃれあっている姿が好きだった。時々ケイトの方を向いて、ケイトに二人が同時に手を振る瞬間が好きだった。あの二人は温かだと思う。そんなこと、覚には口が裂けても言わないけれど。虚像に負けんなよ、アイちゃんのためにもさ。それがケイトの心中だった。

 さてさて、そうこうしている間に練習も終了時刻。早々に着替え、ケイトは部室を飛び出した。アイから合コン開始時間と場所は聞いている。確か開始は7時だったはず、そう思いながらケイトはケータイを見た。現在の時刻、七時四分。合コンはもう始まっている。
 アイちゃん、ぼーっとしてるからな。ケイトは心の中で舌打ちをした。内心少し焦るケイト。繰り返しになるがアイは美人なのである。それも可愛さを持ち合わせた近付きやすい美人なのだ、そんなアイが合コンでモテないわけがない。そしてアイを狙う狼達を上手くかわす力もアイにはないだろう。
 つーか。ケイトは心の中で独りごちる。なんで俺がこんなに頑張らなくちゃいけないわけ?
 ケイトの疑問は至極もっともな疑問である。けれどその答えもケイトはわかっていた。仕方ないのだ、ケイトはアイと覚が一緒に居る時の二人が好きだから。好きなものを守るために動くのは当然。だから仕方ない。
 ケイトは小さくため息を吐いた。たいがい自分は二人に甘過ぎる。ひとりで苦笑をして、ケイトはアイがいるはずの店へと走り出した。
 ――とその時である。
「夏川!」
 ケイトは名前を呼ばれ、弾かれたように振り返った。そして自分の背後にいた人物を確認し、にやりと笑みを浮かべる。
「遅いんだよ」
 そこには肩で息をしながら、懸命にケイトを追いかけてくる覚の姿があった。お姫様奪回には王子様がつきものである。それがどんなに弱そうで頼りなくて冴えない王子様であっても、お姫様にとってはたった一人の王子様。It's a very romantic story!
 かくてケイトはサトくん王子という最大の従者をつけ、お姫様奪回に向かったのである。

 電車に乗って数十分。ケイトと覚がアイがいるはずの居酒屋に到着したのは七時四十分のことだった。開始四十分。大分なれてきてそろそろ狙いの彼女と――まぁそんな段階だろう、ケイトは自分の思考に頷いた。「何頷いてんだ」と隣の覚は不思議そうだったが説明するのも面倒で、ケイトは無言で居酒屋に乗り込んでいく。首を傾げながらも覚はケイトの後を追う。これが彼らの上下関係である。
 店内に入った瞬間、ケイトはげんなりとしてしまった。金曜日という飲み会王道日のおかげで店内は相当込み合っていたのだ。大学生だろ、曜日ずらせよ。ケイトは思わずそう思ったが、よく考えれば大学生同士のコンパとは限らないのだ。

⇒To Be Continued...

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