忘却の書 #1
作者: Mistress   2008年04月23日(水) 00時13分40秒公開   ID:OQJxgFJyfkQ
「否定はせぬよ。そなたに縋るのも確かに一つの理想であろう」
声音は柔らかく、そして包み込むような静寂を連れて。
死に逝く者を看取るようなその響きには、躊躇いを交えた笑みを添えよう。
「それでも…。 「理想」とて永遠ではいられまい。
 賢者よ、諦めるのはそなたの方だ」
「―――貴女に私を拒む事なんてできない。
 凡庸に埋もれて普遍の生を歩むことに我慢がならなかった貴女には…
 …っ。 そうだろう! 不死王エリザベート!!」
もはや己が名すら残さず、賢者と呼ばれ高みに在ったモノ。
長すぎる願いの化身に差し向けられるのは暖かくも無慈悲な細い指先。
………終わる。
全ては崩れ、その命さえも手の隙間から零れ落ちる。



そんな或る終幕に至るまでの昔話を、此処に残そうと―――思う。





第一話 〜Empire〜



戦争の幕開け。
ラインフェルスは魔族の姉妹が統べる公国である。
十数年前、父親の暗黒卿が没した折の王位継承戦争。
妾の娘であったが故にそれに巻き込まれる事も無く、
隔離されたように大陸の端に位置するその国はこれまで争いらしい争いを知らなかった。
「城の結界は機能してるんでしょう!? 何事ですのよ、この有様は…!!」
無論娘たちは「卿」の血を引くが故に、階級で言えば最高位の魔族である。
「所詮は小国を与えられ体良く追い出された小娘」と蔑む声もあるものの、
その実力はやはり半端な者が敵う域では無い。
個人的にちょっかいを出した愚か者が消し炭になった、といった類の話は、
尾ひれがいくつもついた上で辺りの国にも知れ渡っている。
――― ガゴン、と冗談のような音と共に叩き割られていく城壁。
そう、それ故に。
この城が真正面から攻め込まれることなど、到底ありえない話だったのだ。
「エレーネちゃん、これって…」
「―――『城塞』ですわね。 あの魔王、ふざけた真似を」
玉座の間。不安げな声で妹の名を呼ぶのは姉のテレジア。
『城塞』というのはある魔装具の名前である。
呪いを形に変え、大気を捻じ伏せて暴風を紡ぎ、風の塊と変えて射出する黄金の手甲。
その持ち主である魔王の代名詞ともなっているのだが……ともあれ敵に回すと厄介な代物。
妹のエレーネは小さな頷きで言葉に応じ、窓の外を確認するでもなく歩き出す。
土煙と共に辺りを包む濃密な呪詛。黄金色のその気配の正体は、紛れも無く。
そもそも結界ごとぶち破って城を破壊してくるような輩はアレの他には存在するまい。
北の帝国、フォルケンシュタインの主。
ここ最近で手当たり次第デタラメに領土を拡大してきた戦争狂。
噂では人間界にすら出向いて侵略の真似事をしているとも聞くが…
王の間を出れば、廊下に疎らに集まっていたのは浮き足立った兵。
溜息一つを交えて追い払うように手を振ると、命ずるその声に覇気は無く。
「あなたたちは裏からお逃げなさい。それと…姉様。
 なんとなく癪ですけど、あの『女王様』の所まで行って下さらない?」
元々この城に待機させているのは十名程度の人数。
そんなもの、あの黄金色の一撃で木の葉のように散らされて終わりである。
「そんな、私も一緒に…!」
「姉様ではあの魔王相手に半刻ともちませんわよ。
 いいから急いで。 ……私だってどれだけの間耐えられるかわかりませんもの」
姉の言葉を遮ると、バッサリ切り捨てる一言。
援軍を求められる先など一つしかない。 それが、先に言った『女王』の城。
現存する最古の吸血鬼にして不死の王。 魔王とまともに戦えるのは彼女ぐらいか。
……ともかく、その城に走る伝令が最後の生命線である。
この城に抱えていた戦も知らない兵を向かわせるのは心許無い。
結局自分か姉か、どちらかが行かなければならないのだ。
「………。 すぐ、戻るから」
気の迷いを多分に残したまま、それでも意に応えてか頷く姉。
曖昧な笑みでそれを確認すると、ひらりと片手を振ってそれ以上の言葉を断ち切る。
…さあ、気を入れ替えなければ。
自身で紡いだ言葉の通り、どれだけ時間を稼ぐ事ができるかの戦い。
敗北は前提であり、下手をすればそのまま殺されてしまう。 しかし…。
この状況においても気品の欠片を残す足取りで正門に向かうエレーネ。
――――その先に立つ怨敵の事を思えば、少しだけ悪戯めかせた笑みが浮かんで。



「やっと出てきたか。危うく瓦礫の塊に変えてしまうところだったぞ」
右腕に黄金の手甲を宿したまま、冗談めかせた調子で言って笑う魔王。
結界のおかげでダメージは軽減されているものの、城の外壁は既に半壊状態である。
同じ箇所に連続して放てばそのまま城を崩す事さえできたのだろうが…
それをしないのは礼節故のものでは決して無く。
単にこの戦争狂が、この先の戦いを楽しむため。
「あら、お一人でしたの。お戯れにしては少々度が過ぎていましてよ?」
対する此方はとても冗談の通じる空気ではない。
白のフリルブラウスに黒のプリーツスカート、そして同色のネクタイを胸元に。
外見も十代後半の少女といった感じで、とてもではないが争い事は似合わぬ風体。
ただ、纏う魔力の異質さがその認識を全否定している。
怒気を殺したその漆黒の目線は、しかしながら明確な殺気をそこに乗せて。
高く掲げた右手に魔力を集わせると、渦巻く微風がその黒髪を揺らす。
「雑兵を連れてきて何になる。……クク、それにしても。
 話に聞く『雷帝』は噂通りの小娘だったか」
「でしたら… その名に応えて差し上げますわよっ!」
目の前で膨れ上がる魔力の猛りを見ても、変わらぬ調子で笑いを零す王に。
手袋を投げるその代わりに振り下ろした右手。暗天を引き裂いて降り注ぐのは稲光の穂先。
爆ぜるような音を轟かせながら、頭上目掛けて一直線に落ちて来るそれを…
「―――― は。 本気を出せ」
払いのける様に振った左手一本。それだけで、紫電の飛沫を残して稲妻は霧散した。
「……な、  」
あまりのことに絶句するその胸中を知ってか知らずか。
―――そもそも、今の一撃も決して手を抜いたわけではなかった。
確かに渾身を込めたかと言えばそうではなかったかもしれないが、
威力の上ではほとんど本気で放った其れと差があるわけではない。
…ともあれ。 無意識に一歩を後ずさる魔族の娘に向け、王は暴風を紡ぎ始めて。
「なんだ、肩慣らしが足りんか。 …では次はオレの番といこう」
言葉と共に振り上げる右腕。
周囲に金色を散らしながら、分厚い風の層は眼前の全てを飲み込まんと吼える。
飛来する一撃は悪夢の具現。
鋼の壁と化した黄金の暴風圏は、逃げ場さえ与えぬと視界を覆い尽くす。
が、退治する娘も対抗策を持たないわけではない。
真っ直ぐに突き出した右腕。そこから魔力障壁を展開し、正面から風の暴力に挑む。
「―――く、っ!」
力をぶつけ合うやり方ではやや分が悪い相手か。
その全威力を受け止めた瞬間、腕が罅割れるような痛みを訴えてくる。
これが『城塞』。 …防ぎきると同時に無意識に止めていた呼気が一つ。
吹き抜ける風の余韻を浴びながら、軋む痛みに僅か歪む目元。
……その黒曜が直後に見開かれたのは、眼前の魔王が再び右腕を構えていたから。
「な…  そんな、!」
間髪入れず、再現される先の繰り返し。
殴りつけられたような重い衝撃を手のひらで受け止めると、痛みは先程以上に増している。
ズキン、と血の色を予感させる鈍痛。これを続けられては身がもたない。
「……二度止めたか」
軽く息を荒げながらに、金色の薄幕が晴れる先を見れば。
――― 目の前には黒衣の王の姿。 驚いて飛び退るも、遅い。
「はは… クハハハハハ!!」
その哄笑は好敵手を前にしてのものか、或いは彼女を弄る歓喜か。
振り下ろすようにして描かれた黄金色の軌跡。
ギチギチとひしめく音が聞こえるほどに圧縮された大気が生み出したのは…
魔族の娘を取り囲む、文字通りの風の城塞。
「ひ、っ ―――」
息を呑むその声さえ、全て掻き消されて消えてしまう。
行き場を求める風の塊が縦横無尽に暴れ始めると、風の城の中心地は即ち地獄と化す。
四方八方から大気の層に殴りつけられ、障壁で身を守るにしてもとても防ぎきれない。
軽く身を屈め、両腕で顔を庇った無抵抗な身体。
その背を、腕を、足を、…目に見える全ての箇所を。
襲い掛かる黄金色の暴力が、片っ端から殴りつけていく。
「きゃああぁぁ!! ……い、 …あぐっ !  …う、あああっ!!」
その風が散ってしまうまでの時間はたったの二分ほど。
それだけの時間が長い長い悪夢となり、全身を殴打された娘はガクリとその場に両膝をつく。
…身体に結界を纏ったおかげでダメージ自体は軽減できた。
それでも降り注いだ硬い衝撃は、女の身で耐えるには少々手厳しいもの。
「先程から防戦一方ではないか、小娘。 少し手を緩めてやろうか?」
嘲るような言葉を向ける王の目は、そんな様子を純粋に愉しんでいるようで。
「はぁっ、 ……はぁ っ ――――」
それに挑発されたのか、息も整わないままに上げた目線は睨みつけるような色。
片膝を立て、そしてよろりと立ち上がると…… 右手に魔力を集わせ始める。
これ以上魔王に『城塞』を使われては本当に叩き潰されてしまう。
敵の側から距離を詰め、かつ攻撃の手を止めて慢心している今以外に機は無い。
――――あの腕を落とす。
恐らく敵は魔法攻撃が来ると思って油断しているに違いない。
手元に武器を召喚して奇襲すれば……きっと。
「……その自信。 後悔しますわよっ!!」
最後の間合いを詰めるべく。 短く言葉を向けると、怨敵目掛けて地を蹴った。





■作者からのメッセージ
初めまして。バトルシーンが苦手で困りもの。

どうしましょうな点。
・本当は会話させたいです。
・キャラに関する全て。
・書いてる人の頭が悪い。

読んでくれた全ての方に感謝を!

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