Burning Heart
作者: 牧陽介   2008年04月17日(木) 23時12分48秒公開   ID:BpZP0dsH/jA
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 特殊装備内蔵型近接格闘用改造人間(女性体)
 蜂毒を主とした猛毒とその解毒剤を体内で精製――成分を調整することで即効性・遅効性と使い分けが可能。いずれも両肘・両膝に装備する針(ニードル)に仕込み、接触した対象に打ち込むことができる。
 また特殊装備として『Beehive System』を搭載。その機能は次のとおりである。
 
 『殺人蜂』蜂を模した長距離飛行能力を有した極小型爆弾――対象との接触することで起爆する。他内部のカートリッジには液体火薬だけではなく、本体が精製する毒液を注入することができる。
 『働き蜂』蜂を模した長距離飛行能力を有した極小型偵察機――映像情報・音声情報を本体に伝達する他、超音波探査による広域探査を可能とする。
 『女王蜂』Beehive Systemの中枢装置。本体と同調することにより、本体から放たれる電波を増幅して送信――これにより蜂の統制・操作を可能としている。

※基本素体となった改造人間は『量産型改造人間強化計画』の試作機である。
 計画により通常の量産型改造人間と比べ、生命力・瞬発力・持久力・攻撃力の大幅な向上に成功――汎用性についても高いレベルで確保しているが、量産型として製造するには費用・制作期間ともに不向きと判断する。詳細は別途資料に記載するが、この計画は当面凍結するものとする。
 なお、今回改造した機体は別の改造人間計画に廻すものとする。



 強烈なオレンジの光を放ちながら、夕日が山の向こうに沈む。雨雲が空を覆い、周囲が薄暗くなってきたため、光もまた深く儚く輝く。
 あと数分で指定した時間になる――私は踵を返し、山道を下りて深い森の中へと入っていった。このあたりの山は、表向き国の森林緑化事業の一環として保護されているが、実際のところ組織の演習場になっている。
 まさか、反逆者として追われる私がここにいるなど誰も思いはしまい。
 獣道を歩いて行くと、五十メートル四方の木々を倒して作った広い空間に出る。
 その中央に作った、この場には不似合いなプロレスのリング――それがそこにあった。

 ――少々興が過ぎたか? いや、このくらいが私には丁度良いか。

 リング下からの跳躍でトップロープを飛び越え、赤のコーナーポストに背を預ける。
 この山では、かつて様々な改造人間がその能力を試され、改造人間の技量を高め合った。
 もっとも、改造人間の技量は人間のそれとは違う。私達は機械の身体――いくら身体を鍛えたところで、金属で出来た筋肉は強くならない。パワーも、スピードも、機械としての限界値を超えることはない。改造人間として技量を高めるということは、自分の身体の能力を知り、それの効果的な使い方を知ることにある。
 時には拳で、時には脚で、時には機械としての性能で、私はこの山で数多くの改造人間を倒してきた。それに組織の命令で潰した軍事基地や軍隊は、両手でも数え切れない。
 私は、この身体が嫌いだ。望んだのは、戦う場とそれにふさわしい相手――身体を改造されることは、その代償でしかなかった。
 しかし、改造されたこの身体は、私から戦う相手を奪ってしまった。誰と戦っても、何と戦っても、それは私にとって戦いと呼べるものではない。拳を交えることすらできなかった。
 そうして戦える相手を捜し求めて駆ける日々が、一切の期待を捨てて彷徨い歩く日々に変わるまで時間はかからなかった。

 ――あいつと、出会うまでは。
 
  
 あいつと最初に出会ったのは、月夜の森だった。
 私は、組織から米国副大統領の暗殺するよう命令が下されていた。
 ここから二十キロ離れた場所にある米軍基地――今夜、その基地を米国副大統領が極秘に訪れる。日本にも伝えていない米国内問題による緊急来日であるため滞在時間は約二時間と短く、詳しくは聞かされなかったが、その間に殺せと言われている。
 その他のことに条件は無い。殺し方は、その方法は一任されている。先日も似たような任務を受けて成功したため、今回もということだろう。
 私は基地が一望できる山の中腹に立った。かつては高速道路でも作ろうとしたのだろう――コンクリートで作られた橋脚がいくつかあるだけの、山肌を強引に削ったことで作られた広い空間――そこから、ベルトのバックルを開いて蜂を解き放つ。
 最初に飛び立つのは十匹の働き蜂、続いて二十匹の殺人蜂が飛ぶ。
 バックルを元に戻すと、そこに収まる女王蜂がその眼を赤く輝かせる。その女王蜂のシステムにより、私は働き蜂達と同調――小さな眼で見るそれぞれの視界が頭の中に入ってくる。
 蜂は、レーダーは勿論のこと金網や赤外線といった保安システムを潜り抜けて基地の敷地に侵入した。
 その後、それぞれの働き蜂をリーダーとして殺人蜂を二匹ずつ従わせ、基地内にいる筈の副大統領を探させる。

 ――全く、つまらない任務だ。

 あとは時間の問題だった。いずれかの働き蜂が見つけ出した後、同行している殺人蜂が副大統領を刺すように命令を下すだけ。改造人間でさえ耐性の弱い者は瞬く間に死ぬ私の猛毒に、ただの人間が耐えられる術は無い。即効性の猛毒により、刺されたことに気づいた瞬間と同時に苦しみながら死ぬだろう。
 自ら基地に忍び込むという選択肢もあるが、かつて米国でこの何倍もの規模の基地で戦ったことがある。つまらなかった――銃弾は避けずとも跳ね返す。砲弾は当たる前に避ける。戦車とて拳一つで叩き潰せる。壊滅させるまで三時間もかからなかった。
 本国の基地がその程度だ。だから、この程度の規模の基地に興味は無い。
 もう間もなく働き蜂が副大統領を見つける頃だ――そう思ったその時、働き蜂から送られてくる情報が途切れた。その代わりに甲高い音が鳴り始め、頭の中を反響するようなそれが激しい頭痛を起こす。
 思わず蜂のコントロールを解除すると頭痛が収まった。耳障りな音が聞こえるが、この程度ならば気にはならない。
 だが、これは一体――突然の出来事に混乱する暇も無く、聞こえてきたバイクのエンジン音に振り返る。かつて工事関係の車が通っただろう古い山道、夜の闇に飲み込まれたそこに一筋の光が走る。
 まもなくして、バイクとともにあいつが姿を現した。

 ――噂のあいつか。ここで会えるとはね。

 組織を裏切った科学者より作られた改造人間――組織の作戦や基地を尽く潰し、数々の改造人間を倒してきた。
 それに私と同じく特殊装備を持った近接格闘用改造人間だと聞いている。何かを持っている様子は無いから、特殊装備を身体に仕込まれた内臓装備型なのだろう。
 私から二十メートルほど離れたところにバイクを止め、こちらに向かって歩いてくる。どうやら、この不快な音は奴のバイクから放たれているようだ。
 そうか。これは妨害電波か――女王蜂が増幅した私の電波より強力な電波を放ち、蜂のコントロールを妨害しているのだろう。それを裏付けるかのように女王蜂の目が点滅し、システムの異常を告げてくる。
 先刻感じた頭痛もこれが原因だろう。妨害電波が女王蜂を狂わせ、同調している私に増幅した電波を叩きつけてきた。今のように同調を切れば増幅されることもなく、少々やかましい騒音程度でしかないが、このままでは蜂達のコントロールができない。
 私に与えられた選択肢は二つしかない。
 一つは、すぐに基地へ向かい副大統領を殺すことだが、それには時間が無い。もうすぐ副大統領が基地を発つ時間だ。今から基地へ行ったところで追いつけないだろう。それにここを離れるには、あいつを倒さなければならない。
 二つは、妨害電波を放つバイクを破壊して蜂のコントロールを回復することだ。勿論、これにもあいつが邪魔になる。

 ――どちらにしろ、あいつを倒さなくてはならないか。

 噂を聞いた時から戦ってみたかった相手――普通の人間だった頃から得意のキックボクシングの構えをとる。対するあいつは、空手の構えだった。扱う技こそ違うが、どちらとも打撃を主体とする格闘技である。同じコンセプトで改造されただけではなく、攻撃も似ているのか。こんな相手と戦うのは、本当に久しぶりだ。
 戦いの口火を切ったのは私の方から――蜂を冠する改造人間の打撃を休むことなく繰り出す。一方のあいつは、これを避ける。しかも攻撃は最小限、防御に徹して常にこちらから離れるように足を移動していた。空手の構えだというのに、攻撃の捌き方は合気道や古武術のそれに近い。
 そんな技を使う相手に、力任せの攻撃を繰り出すほど馬鹿ではない。右のローキックから左のハイキックにつなぎ、すぐさま左のストレートで顔面を狙う。それが受け止められ、今度は右の膝で顔面を狙う――が、これは囮だ。振り上げた膝を止めた次の瞬間には、右足であいつの膝を踏み台にして飛び上がり、踵落しを繰り出す。
 振り下ろした足が反応の遅れて中途半端な防御に入る両腕を弾き、その先にある頭を潰す――筈だったが、あいつは寸前で頭を避けた。踵が左肩に入り、左肩と胸のプロテクターが砕け散る。必殺の一撃で決まらなかったことに思わず舌打ちが出た。

 ――今のを避けるなんて、流石は噂どおりっ!?

 着地と同時に追撃を狙うが、既に目の前にあいつの拳が迫っていた。
 それまでの防御主体から突然の攻撃――驚きの一方、身体がとっさに肘を突き上げる。拳と肘がぶつかり、重量に劣るこちらが弾き飛ばされる。両足で地面を抉ってもその勢いは殺せず、後方に佇む木に当たってようやく止まる。
 今の一撃、的確に心臓を狙ってきた。組織の改造人間は頭と心臓に爆弾を埋め込まれている。改造人間の秘密を外部に漏らさないための処置らしいが、それは同時に改造人間の弱点にもなっていた。ここに強い衝撃を打ち込まれると爆弾が爆発する――並大抵の衝撃で爆発することはないが、あいつの一撃はその並大抵の域を超えている。
 私の攻撃を防御しながらも、攻撃の機会を冷静に窺っていたというところか――膝に力を入れて立ち上がるも、拳を受けた腕に激痛が走る。肘だけではなく、肩の具合までおかしい。手は勿論、指も思うように動かない。
 こんな痛み、随分と長い間感じていなかった。少なくともこの身体になってからは覚えが無い。

 ――この感じ、久しぶりだ。

 痛みと同時に別の何かが身体を満たしてくれる。どこか覚えのある不思議な感覚が、それが、嬉しい。何とも言えない興奮を感じる。
 動かなくなった腕をそのままに、跳びかかろうとしたその時、あいつのバイクがそれを邪魔した。操縦者のいないそれが反転しながら間に割り込み、回転する後輪で土を舞い上げる。視界を塞ぐ土煙の向こうでバイクの音が遠ざかる――それに気づいて地を蹴って上から跳びかかるも、そこにあいつはいなかった。
 ――! 声が聞こえた。その声に気を取られた一瞬、あいつを乗せたバイクが前方を通り過ぎて行く。
 逃げた? あまりにも突然のことに言葉を失った私に、通信機から副大統領が基地を離れたことを知る。それを聞いて、ようやく奴の意図に気がついた。
 いや、正確には任務を思い出したといった方が正しいかもしれない。熱くなっていた頭が、少しずつ冷めてくる。どうやら、最初から時間稼ぎをして副大統領を逃がす作戦だったようだ。
 おそらく、この作戦を立てたのはあいつではない。
 奴の姿が無くなってから、バイクに乗って去るまでの間に聞こえたあの声――

 ――この勝負預ける、か。

 ――こんな言葉を吐く奴が、敵を倒さず去るような作戦を立てるとは思えない。
 無論、それを実行できるか否かは別の素質だ。あの拳の一撃で私を倒しきれなかったのは、その前に放った踵落としによるダメージが残っていたからだろう。決まりはしなかったものの、それだけの手ごたえはあった。
 頭は冷めるが、火照った身体が心地良い。染み入るような腕の痛みでさえ、次なる遭遇に心を昂らせる鼓動に過ぎなかった。こんな気持ち、何年ぶりだろう。

 ――この火照った身体の責任、必ずとってもらおう。


 二度目の出会いは、山の中にある採石場だった。
 その時の私に下された命令は、原子力発電所を占拠だった。政府を脅迫し、金を出させるのが目的らしい。念の入ったことに爆弾も用意された。これはあくまでも脅しのためで、起爆装置が作動することはない――そう聞いている。
 午前零時の時報とともに量産型改造人間を率いての侵入・占拠から二時間ほど経過しただろうか。数分前に十五分毎と決めた定時連絡が入り、十五分前と同じく「異常ナシ」と機械的な声で返事があった。作戦が順調ならば、夜明け前に撤収の命令が下る。そういう予定になっている。

⇒To Be Continued...

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