クロス 5
作者: トーラ   2008年02月29日(金) 22時13分02秒公開   ID:KvBgjdlPPKE

 5―1

 色のない風景に顔のない人たち。そんなおかしな物に囲まれて私はテーブルについていた。
 ここは繭乃のバイト先だ。顔のない人たちがテーブルを囲んで賑やかに話をしている。何と言っているのかは聞き取れないけれど、会話をしているのは分かった。どうやって声を出しているのだろうと疑問に思いながら、テレビの中の出来事を眺めるように彼(彼女?)たちを眺めていた。
 いや、眺めているのはのっぺらぼうではなくて、その中に凛と立って笑っている繭乃だ。制服の白いカッターシャツにタブリエ姿。繭乃だと分かるのは彼女に顔があるからだ。目立って見えるのは彼女にはちゃんと色があるからだ。
 繭乃は私に気付かず、顔のない人たちに料理を運び、笑顔を見せ、忙しなくテーブルを回っていく。
 彼女の行き先を目で追うと、その先に永が見えた。彼も繭乃と同じ格好をしている。永を見つけた繭乃が発光したみたいに嬉しそうに笑った。永以外に見せた笑顔はきっと偽物だ。
 二人は蔓を絡ませるようにゆっくりと指を絡めあった。二人の指が触れ合う様がとても艶やかに見えた。顔のない客は二人が何をしようとお構いなしだった。ただ黙々と話し、雰囲気を作る。
 指を絡めあった二人が見つめあう。背の高い永が見下ろし、背の低い繭乃が見上げる。見つめあいながら身体を寄せ合う。核融合でも起こりそうなくらいに親密に。何処となく性的に。
 顔を寄せ合ったかと思うと、二人は唇を求め合った。唇が触れ合うような子供騙しなキスではなくて、もっと大人な、敷居の高いキスだった。
 舌の触れ合う音が聞こえてきそうなくらいに激しい。こんなの、哲としたこともない。
 人目も憚らない繭乃たちの行動に戸惑い、混乱しながらも一時も視線を外さず観察していた。
 恥かしい。恥かしいけれども、興味がない訳ではない訳で。
 身体が熱くなるのを感じながら情事を見守る。
 永の手が繭乃の胸元に移動し、シャツの釦を外しにかかった瞬間、恥かしさが限界に達した。



「なんつー夢を……」
 軽く黄ばんだ年代もののカーテンの隙間から黄土色の光が差し込んでいた。寝起きだというのに熱を帯びている身体が憎たらしい、というか情けない。
 寝癖だらけの頭を掻き毟る。最悪な寝起きだけど、眠気は殆ど残っていなかった。
 向こう側で死にかけたりもしたけれど、あれからはずっと平和に過ごしていた。死にかけた甲斐あってか繭乃も目を覚まし何の異常もなく生活している。メールを送ればしっかり帰ってくる。起こせば起きる。
 マチとも会わなくなった。私の前に現れなくなったので、必然的に会う機会もなくなった。マチにとっても私に会う理由がなくなったのだろう。私にだってマチと会う理由なんてないし、むしろ会いたくない。
 向こう側に迷い込まなくもなかったが、名残惜しさはない。十分過ぎるくらいに非日常は楽しんだから。
 しかし、不吉な夢を見たものである。今日はデートだというのに。



 夏休みが終わってそろそろ後期が始まろうとしていた。
 あの一件をきっかけに、哲と付き合うことになった。付き合うようになって困るのはデートだった。私の住む町は片田舎なので目ぼしいデートスポットが少なく、飯を食うかカラオケかみたいな二択しかないような何もない所で、ウィンドウショッピングが二人とも苦手なのでだらだらと店を覗いたりも出来ず、毎回することに困る始末である。
 何をするかよりも誰と居るかが大事なのでつまらないことはないのだが、哲は形に拘る人間だった。もう漫画喫茶で漫画読めばいいのでは、などと提案しようものなら捨て犬のような切ない表情で嫌がるのにも慣れてしまいそうだった。
 私的にはむしろ、手を繋いで散歩するだけで十分なのだけど、恥ずかしくてこんなこと哲には言えない。
 更に困ったのは服装だった。
 一緒に出かける時は私なりに格好にも気を遣う。服にもあまり興味がなかったのでおしゃれ着も数着しか持っていなくて、毎回着るものには頭を悩ましていた。
 繭乃に服を貸してもらったり、選んだりもらったりもしたが、繭乃は私に少女趣味な洋服を着せようとするのであまりあてにならなかった。選ぶ服はともかく、繭乃自身の格好はとても可愛く格好いいので、とりあえず今は繭乃の服装を参考することでファッションセンスを磨こうと努力している。
 今日の繭乃の格好は、チェック柄のロングブラウスにジーンズというさっぱりとした格好だった。
 私は、一ヶ月記念に哲が買ってくれた白いワンピースに黒のカーディガンを羽織っている。動きやすい格好ではないけれど、哲のくれたものだから、なるべく着ていたい。。
 今日は繭乃とデートだ。繭乃は私が写真を撮るのに付き合ってくれている。いつかの約束がやっと果たされたのである。繭乃はちゃんと覚えてくれていた。
 場所はもちろん、ショッピングセンター近くの公園。
 池を眺めながら二人でベンチに並んで座る。
「哲君との調子はどう?」
「うーん。可もなく不可もなくというか。そういうマユさんは永さんとどうなの?」
「えー、私? そうだなぁ。この前、永さんの家に泊まったよ」
「本当! てことは……その……」
「えへへー。まぁ、そんな感じでー」
「……大人だ」
 少々童顔に見えるタンポポのような笑顔で、少々生々しいことを軽く言ってのける。可愛い顔して、やることはしっかりやっているのだ、この人は。
 繭乃と永は夏休みの間に付き合うことになった。嬉しそうに繭乃が話してくれたのを覚えている。
「ちなみに哲君とは?」
「キス止まりですー」
「初々しいねぇ。昔を思い出すなー」
 まだ見慣れない薄さの笑みを張り付けて繭乃が言った。もう二度と会えない彼女の面影を繭乃の表情に見た。
「マユさんだって結構なバカップルじゃん」
「それを言われると耳が痛いなぁ」
 繭乃に対して敬語を使わないようになった。先輩後輩の仲だけど、私たちは友達だから、敬語なんて必要なくなった。
「ねぇ、マユさん。手、繋いでいい?」
「いいけど、どうして?」
「なんとなくー」
 繭乃が差し出した手にそっと手を重ねて、粉雪を握るくらいに淡く力を込めて握った。
 彼女にはもう会えないけれど、こうして手を握れば、記憶の中にあるあの温もりは思い出せる。手を握れば、いつでも彼女を感じられる。

 私の中にも、繭乃の中にも、彼女はずっと生き続けていて、私に微笑みかけてくれている。
■作者からのメッセージ
意外と最終回が短く終わったので、投稿させてもらいました。
物語的には4話でほぼ完結しているので、5話でだらだら書くのは逆効果かなと思い短くしました。
5話までで、400字詰め原稿用紙249枚の長さになりました。前回と比べると100枚程量が少ないです。無駄が少ないのか、物足りない話なのか自分でも不安ですが読んで頂ければ幸いです。
志の低いことを言えば、前回と同じことが今回も出来たというだけで成功かな、とも思っています。
今回もまた、長々と投稿してすみませんでした。最後までお付き合いして頂けた方、本当にありがとうございます。
これからは皆様のご意見を参考にして推敲の作業に入ります。

私事ですが、時期的に電撃小説大賞か、MF新人賞辺りに応募してみようかなと思っています。
誤字修正しました。

感想欄の仕様が変わったみたいで、レス返しができなくなってしまいましたので、こちらにお返事の方を書かせてもらおうと思います。

トウコ様

最後まで読んでもらえたみたいで、本当にありがとうございます。
視点変更もなかなか難しいです。視点を変えるなら、章が切り替わる時だけにして、そのまま視点は固定、のような形の方が無難で読みやすいかも知れませんね。今回は、というか前回もひとつの章の中で視点がいったりきたりでしたので、その辺を次は同じことをしないように意識してみたいと思います。

お気に入りといって頂いて、素直に嬉しいです。次も頑張りたいです。

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