オタクのコイ @
作者: 藤田綾美   2007年08月22日(水) 17時24分15秒公開   ID:Qoq2eJflt96


青葉 まこと……。
まことまことまことまことまことまこと……。
ボクはこの言葉を一体何回呼んだんだろう。この5分間で、もう300回以上は呼び続けているだろう。
もう、3ヶ月前彼女を一目見てからこの名前が頭から離れない。
ボクは自分のブログにこの名前を打ち込む。そう、何度も何度も。100回ほど打ち込み、最後にメッセージを添えた。

『ボクは渋谷に住んでいる青葉まことさんが好きです。まことさん、もしこの記事を読んだら、以下のアドレスにメールをしてください』

そして、ボクのアドレスを載せる。まことさん……まことさん……。

何時しかボクは眠っていたようだ。起きると同時に、メールの着信音が聞こえた。急いでメールボックスを開くと、「まことの事が好きなあなたへ」というタイトルのメールがきていた。
ボクは期待で胸がいっぱいになりながら、メールを開く。しかし、ボクの期待は外れた。

『あなたはまことの事が好きなんですね? ならば、直接会っては如何ですか? まあ、まことはアナタと会う事を嫌がっていますがね……。そうそう、私のこと。私は、まことの姉です、青葉ゆきみといいます。もしよかったら、今日の正午に渋谷の喫茶店・春屋に来てくれないかしら――?』

まことさんの……お姉さん? ボクは少々戸惑ったけれど、ゆきみさんに返信をした。

『あ……そうなんですか。ボク、玉木司っていいます。正午のことですけど、是非行かせてもらいますね。ボク、赤のニット帽をかぶっていきますから、声を掛けてください』


「よーし」

ボクは呟くと、パソコン画面の右下を見る。時計は9時16分。正午までは時間があるな。
ボクはパソコン横にあるメモ帳に書かれたURLを入力した。
パッと、画面が切り替わる。そこには、ピンク色をベースにし、イチゴの柄がたくさん散りばめられた誰かのブログ。
一番上には、メイド服の女の子の写真が写っている。
彼女こそが、今のボクのすべてでもある、青葉まことさん。とってもかわいい彼女。その唇に画面を挟んでキスをしてから、彼女のブログにコメントをする。

『まことさん、ボクは今日もアナタのことばかり考えています。あなたのブログや写真を見ていると、イヤな事が本当に全て消え去ってゆくような気がします。
愛しています、まことさん……』

ボクは、毎日このようなコメントをしている。最初の方はまことさんからも照れたようなコメント返しが来たけれど、最近は全く何もない。
すると、コメントが来た。もしかしてまことさん? 早いなあ。見てみると、二つのコメントが一緒にきていた。
1つ目は、ボクと同じように毎日コメントをしていて、ボクのことをライバル視していて、よくコメントをぶつけ合うヤツだ。

『やいツッキー! またまことちゃんに嫌がらせしてるんだなあ? オレが許さないぞ、まことちゃん、オレがキミを守ってあげるからねぇ〜☆』

因みにツッキーっていうのはボクのハンドルネーム。それにしてもムカつくなあ、ナッキーのヤツめ!
2つ目は、案の定まことさんのコメントだ。ボクはワクワクしながらコメントを見る。

『……ツッキーさん。もう私のブログにコメントをするのはやめてくれませんか? 迷惑しているんです。
ナッキーさんもですよ。お二人とも、アク禁にしますよ?』

あ、アク……禁……だって!? アク禁――アクセス禁止の略で、簡単に言えばこのブログを二度と見れないってワケだ。
そ、それは困るぞ!! ボクは大急ぎでキーボードに指を滑らせる。

『ご、ごめんなさい、まことさん……ボク、反省します。あの、ですから……気が向いたらこのアドレスにメールをお願いします』

ボクは、自分のアドレスを載せる。アドレスを載せるのはこれで10回目だけど、1度もメールがきたことはない。
ま、いちおう……ね。ふと時計を見ると、もう10時を回っている。さて、朝ごはんでも食べようかなあ。
ボクはパソコンをそのままにして、隣の台所へ向かう。薬缶に水を入れ、火にかける。その間に棚からカップめんを出して、ビニールを取りフタをあける。3分ぐらいぼーっとしてると、お湯が沸騰する。火を止め、お湯を注ぐ。

そうそう、自己紹介がまだでしたねっ。
ボクは玉木司(たまきつかさ)。26歳の所謂オタクでニート。でも、顔には自信があるんですよ。
どれくらいかっていうと、高校のときは3年連続学年で一番のイケメンに選ばれたんだ。
そんなボクなんだけど、3ヶ月前立ち寄ったメイド喫茶で知り合った青葉まこと(あおばまこと)さんに一目ぼれして、
彼女自身の口からブログのURLを聞いたんだけど、ボクがしつこくコメントをするせいなのか、ボクのイメージはどんどん悪くなる一方。
ついにはさっきみたいに嫌われてしまった……。

ラーメンを啜る。色々考えながら食べていたら、もう11時35分。おわ、やっべ!
ボクはパソコンの電源を切り、ラーメンの入れ物を捨て、赤いニット帽をかぶり白のTシャツ、ジーンズの長ズボンを履いた。
走って部屋の外に出て、アパートの汚い階段を駆け下りる。自転車に飛び乗り、喫茶店に向かってペダルをこぐ足をスピードアップさせる。
10分ほどで喫茶店に着いた。意外と早かったなー。ボクは自転車を駐輪場に止め、喫茶店に入る。

「いらっしゃいませ」

ウェイトレスの人に声を掛けられて、ボクは二人掛けの椅子に座る。とりあえずアイスコーヒーを頼み、ストローで啜る。
その時、茶髪の長い髪のキレイな人がボクに近づいてきた。

「あ……アナタは?」
「こんにちは。玉木司さん、ですね? 私は青葉ゆきみです」

あ……この人がゆきみさん?
ゆきみさんは色白で、ノースリーブのクリーム色のワンピースを着ている。とっても美人だった。
ボクは思わずゴクンとツバを飲み込む。ゆきみさんは微笑みながら椅子に腰掛けた。

「あなたが司さん……ですか。ふふ、カッコイイ……」

ゆきみさんは少し頬を赤く染めながら言った。最後のほうはよく聞き取れなかったケド……
カッコイイ、って言ってくれたような気がする。

「ゆきみさんこそ、とっても美人じゃないですかあ」

ボクは何気なく言った。つもりだった。しかし、当のゆきみさんは顔を真っ赤にして俯き、人差し指の爪を噛んでいる。
気を取り直したように顔を上げると、

「司さん、顔が真っ赤ですわ……」
「え!?」

ボクは顔を撫で回す。すると、ゆきみさんがクスクス笑っていた。

「うふふ……そうだわ、司さん、アナタにまことの過去をお話しましょうか?」
「まことさんの……過去?」
「そうです。まことが……“殺された”あの日の事」
「殺されたって……まことさんは生きてて……」
「確かに生きてるわ。でもね、あのコは……一度“殺されて”いる。そして“生き返った”のよ」

ゆきみさんは不思議な笑みを浮かべると、徐に話し出した。

「――あれは、5年前だったかしらね……」


5年前。
青葉ゆきみ・まこと姉妹がある犯罪グループに誘拐された。犯罪グループからの要望は、大手会社の社長であった二人の父の全財産だった。
父は全財産――2億円の札束をスーツケースに入れ直接彼らに手渡した。実は事前に警察に連絡をしていた父は、張り込みをしていた警官に合図を送り、その警官は犯罪グループの男たちを取り押さえようとした。
しかし、その行動は既にリーダーの男に読まれていた。男はピストルを取り出すと、警官と父を撃った。
ゆきみとまことには言葉も出なかった。血まみれの父の体が宙に浮き床に叩きつけられる。
男たちはスーツケースを持つと、ピストルでゆきみを撃とうとした。しかし、そこにまことが割って入ったのだ。
ゆきみの代わりに撃たれたまことは、その場に項垂れた。父と一緒にいた母がまことを介抱する。しかし、母は男たちの仲間だったのだ。
母はまことにトドメを刺すようにまことの首を絞めた。まことの体を床に置き、次に母の悪魔の手はゆきみの首に伸びた。その時、応援の警官がたくさんやってきて、母はそのうちの一人に射殺された。
ゆきみは怪我一つなかったが、まことは違った。
弾が当たった場所は心臓の1cm右にあり、首を絞められたところは、母がわざと手を抜いたのか、偶然だったのか……まことは一命を取り留めた。
しかし、まことはそれ以来記憶喪失になってしまった。ゆきみはそれまでの事をまことに細かく、細かく話した。以前はネクラでオタクだったまことだったが、まことはオタク心などこれっぽっちも残さず明るい女の子になった。

「……というわけなの。昔の記憶が少し残っているからかもしれないけど、まことはオタクが大嫌いよ」
「じゃあ……何でオタクが近寄るようなメイド喫茶に勤務なんて……?」
「それには理由があるのよ」

ゆきみさんは含んだような言い方をする。
まことさんに、そんな過去があったなんて。
ボクは何にも知らずに彼女にしつこく詰め寄っていただけだったなんて。
オタクのボクを、これっぽっちも恋愛の対象としてみてくれていなかったのに、自惚れていた。
ボクは反省した。
本当に……まことさんに迷惑をかけていたんだ、と……。

「ボク……もうまことさんのことはスッパリ諦めます」
「何言ってるの、司さん! まことはっ……あ……」

ゆきみさんは立ち上がって叫んでいたが、やがてはっとしたように椅子に座った。

「……ゆきみ姉さん。何でそんな話を……その人に!?」

ふと後ろを振り向くと、そこにはまことさんがいた……。


登場人物

玉木 司(26) イケメンのオタクでニート。お金持ちの親から毎月仕送りをもらっている。1ヶ月100万円。

青葉 まこと(17) メイド喫茶で働く美少女。過去に誘拐された。現在はゆきみと二人暮らし。オタクが大嫌い。

青葉 ゆきみ(20) まことの姉で、しっかり者の美人女子大生。司に一目ぼれした。大変品がある。

郷田 灘男(25) まことのファンでブログにコメントをする司のライバル「ナッキー」。ズボラでみすぼらしい。
■作者からのメッセージ
初めまして。こちらで小説を書かせてもらうのは初めてですっ。
今回は、オタク青年の恋をテーマに小説を書いてみました。
未熟者ではありますが、よろしくお願いします。

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