最低彼氏最低彼女 | |
作者:
トーラ
URL: http://sky.geocities.jp/dabunaikoukai/
2007年08月19日(日) 21時24分51秒公開
ID:wCGuvHJxTyk
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私には彼氏がいる。自慢の彼氏だ。その日、始めは彼の部屋でのんびりと過ごしていた。 俺に長所なんてない。良いところなんて一つもない。それが彼の口癖。私は、その言葉が大嫌いだ。 その言葉を聞くと、必ず喧嘩になる。最も神経と体力を使う時間が訪れるのだ。 彼がその言葉を口にすると、私はそれを全力で否定する。 「そんな人を好きになったりしない……!」 「シズが優しいだけだよ。シズじゃなかったら俺みたいな奴好きになったりしない」 彼は、辛くなるくらいに冷静に、誰も寄せ付けないくらいに暗い声で答える。 それから、私がどれだけ具体的に彼の良さを説明しても、彼は絶対に認めない。完全に自分の殻に閉じこもるのだ。そうなると、何を言っても伝わらない。 一番大好きな人なのに、私の声は届かない。私を信じてくれない。そうなると、私は卑怯にも泣いてしまうのだった。 彼は優しい。だから、私の涙には敏感すぎるくらいに反応する。彼が涙に反応するのを期待して泣く訳じゃない。だけど、結果、私が泣いて、彼に私を泣かせた、という負い目が出来る。 そんな私が、優しい訳がないのだ。それこそ彼が優しいからそう思えるだけのことだと思う。 「シズが言ってるのは全部当たり前のことで、俺じゃなくても出来る。出来ない方がおかしいんだよ」 私が挙げた具体例も「当たり前の事」と切り捨てる。 彼は絶対に認めない。 その時は、私も相当辛くて、頭がおかしくなっていたのだと思う。 「手首切ったら、信じてくれる?」 もちろん、手首を切る度胸なんてない。出来る出来ないよりも、身体を張らないと信じてもらえない、という短絡的な考えから出た言葉だった。 思いつきで口にするような言葉ではなかった。 「ごめん」 私の言葉は彼の殻に罅を入れた。彼を傷つけるくらいに深く、罅を入れた。 「絶対に駄目だよ。しちゃ」 「信じてくれる?」 「……頑張るから。絶対にしないで」 怯えたような声で私の手を握る。彼の手が震えているように感じた。 「ごめん」 もう一度彼が謝った。凄く、申し訳なかった。崩れ落ちそうな彼を見たら、私がどれだけ彼を傷つけたのかがよく分かった。想像以上に彼は反応した。そこまで、彼が怯えるなんて、想像していなかった。私の言葉がどんな効果を生むのか、何も考えていなかった。彼のことを、考えていなかった。自分のことしか考えていなかった。 彼は力なくうな垂れて、小さく「ごめん」と呟いた。 「わたしこそ……ごめん」 「俺が悪いから。……謝らなくていい……」 彼が私を抱き寄せた。割れ物を扱うみたいに丁寧に、余所余所しく。 「ごめんなさい……」 彼の胸に抱かれるのが申し訳なくて謝った。私に、彼に優しくしてもらう権利なんてない最低な人間だ。 私のような女を、こんなにも優しく抱きしめてくれる。 こんなにも彼は優しいのに、絶対に優しいと認めない。 その日はまったく眠れず、散々後悔で泣いたせいもあり、朝起きるのが辛かった。学校にも行きたくなかったけど、義務感から本調子でない身体を学校に向かわせた。 学校では明るく振舞わなくてはいけない。私の中にある絶対的なルールだ。どんなに辛くても疲れていても、それを絶対に表には出さない。出してはいけない。クラスメイトに悟られてはいけない。私のせいで友達たちの雰囲気が悪くなるのは、絶対に避けなくてはいけないことなのだ。 だから、昼休みもいつもどおりに明るく振舞う。むしろ今日はいつも以上に明るく振舞った。 「そういえばさ、いっつも腕時計つけてきてるよね」 「あぁこれ。彼氏さんがくれたの」 クラスメイトのユウキが私の腕時計を指摘した。結構前にもらったものだけど、結構時計の存在を知らない人も多い。 腕を彼女に向けて、腕時計を見せびらかす。 「どう? いいでしょー」 「自慢するなよー。このラブラブさんが」 笑いながらユウキが言った。 「羨ましいねぇ。独り身には夢のまた夢よ」 「えへへー。すいませーん」 次に反応したのがチサネ。二人とも彼氏ができないのが不思議なくらいに可愛くて、良い人だ。 頭の上に手をおいてわざとらしく謝った。彼女たちは嫌がったりはせず、笑ってくれる。 学校では、惚気た態度を取っていた方が楽に過ごせる。皆は、所謂バカップルな私を見て呆れながらも笑ってくれる。周りの嘲笑にも似た笑いで、私も笑顔になれる。私にはそれが必要だ。 だから、昨日彼氏と喧嘩して相当辛いだとか、この時計も気に入らなかったら捨ててもいいと心無いことを言われてショックだったとか、そんなことは口には出さない。きっとそんなものは求められていない。私は皆の前で、浮かれた馬鹿な自分を演じ続ければいい。そうすれば、楽しく過ごせる。高校生活で学んだことだった。 「あんたら喧嘩とかすんの?」 「すると思う?」 唇の両端を吊り上げてユウキを見た。きっと憎たらしい笑みに映っているのだろう。 「してなさそうな笑い方ね」 「さーてどうでしょうねー」 答えたのはチサネ。自信あり気に言ったけれど、不正解だ。 「でも、リアルな話、するっちゃしますけどねぇ。彼氏さんが全部自分が悪いって解決しちゃうから私の立場がないんだけど」 たまに本音を混ぜ込むが、なんでもないことのように話す。たまに織り交ぜる本音が、冗談ばかりで単調な会話にアクセントをつけたりもする。会話を楽しませることよりも、自分の心のための息継ぎの意味も大きい。ずっと、自分を偽るのは結構きついから。 本気で悩みを口にする度胸がないから、冗談めかして本音を混ぜる。もしかしたら、私の悩みに気づいてくれるかも知れない、という卑怯な思いがある。 「そっかー。確かに彼、優しそうだからねぇ。何か想像つく」 「でしょでしょー。まいっちまいますよー」 「あんたホントにまいってるの?」 「まいってますよー。大変ですよー。……ラブラブ過ぎて……」 悩んでいるなんて言わない。言えない。結局、最後はふざけていつもの調子に戻る。悩みを打ち明けるなんて、怖くできない。 「こいつ……。まぁ、幸せそうでなにより」 「憎めないよねぇ」 二人が私を見て笑ってくれる。私には、二人の笑顔が楽しそうに見えた。安心できる笑顔だった。反面申し訳なかった。 二人が思っている程上手くいっている訳ではない。辛いことだってたくさんあるのに。 「えへへー。ありがとー」 作り物の笑顔を見せ付けると、心が痛む。無理して作る笑顔も、正直辛い。二人の笑顔に癒されても、それ以上に負担が大きかった。 二人は、私の悩みに気付いてくれるだろうか。 今日も彼と一緒に家に帰った。今日は彼の家に寄らず、真っ直ぐ家に帰ることにした。私も彼も、昨日の喧嘩を引き摺っていた。態度も何処かぎこちない。それは私にも言えることだけど。 「してないよね。手首」 唐突に彼が口を切り、私の手首を握った。 「……うん。絶対しないよ。昨日はホントごめん」 「してないんだったらいい。謝らないで」 「……うん」 顔も見ずに淡白に彼が言った。感情は薄いけど、心配してくれているのは分かった。 私の無責任な言葉は、まだ消えていない。多分、一生消えないのだろう。 「ありがとう」 「どうして?」 「しないでくれて、ありがとう」 昨日見た、崩れ落ちそうな彼を思い出しそうな声だった。泣きそうになった。 「約束、するから。絶対しない」 私にとって昨日の言葉は、ただの思いつきで、できもしない強がり。彼にとっての昨日の言葉は、一生消えない傷のように彼の心に痕を残し、呪いのように延々と纏わりつく最低な言葉。 じわじわと、私の言動の最低さが分かってくる。 「ごめんなさい」 「謝らなくていいよ」 冷たく、彼が言った。自分を慰めるためだけの言葉だと、見透かされているような気がした。 家まで送ってもらって、それからはご飯を食べて、部屋から出る用事がなければずっと部屋に閉じこもった。お風呂にも入ったから部屋から出る用事はすべてなくなった。 ベッドに全身を預け、ひたすら後悔を続けた。自己嫌悪に陥り、消えてしまえれば、とも思った。 昼間、友達たちの前で笑って過ごした反動が、夜になってすべて押し寄せてきている。明日からもずっとこんな思いをしなければいけないのだろうか。 いつ、耐えられなくなるのだろうか。彼と仲直り出来れば、少しは楽になるだろうか。 考えることは山程あるが、答えの出る疑問は殆どなかった。 ――何で、私みたいなやつを好きになってくれたんだろう。 彼の殆ど無償な愛情が、贅沢にも重たい時がある。 机の上に、カッターナイフが見えた。切れ味は悪いけど、紙を切る分には申し分ない。長い間使っているカッターナイフだ。 こんなものが目に付くということは、それだけ自分も昨日の言葉を引きずっているということだ。 ベッドから身を起こし、カッターナイフを手に取る。こんなものでも、人を傷つけ、血を流すことが出来る。 この刃を手首に走らせると彼を脅した。 自分で自分を傷つけるなんて、非現実的に思えた。出来る訳がない。刃が皮膚に食い込む瞬間を想像するだけで寒気がする。 試しに、刃を手首に近づけてみた。触れそうになると手が震えた。先を突き立てることも出来なかった。 身体が恐怖で震えるのだ。震えて訴える。出来ない、と。 覚悟のない無責任な言葉だな、と実感する。情けなくて悔しかった。 私が優しいだなんて、嘘だ。 私も、彼のことが信じられなかった。 彼は私を信じず、私は彼を信じられない。こんな二人が恋人同士。まったく、笑える話だ。 「馬鹿みたい……いたっ!」 カッターナイフが皮膚を引っ掻いた。手首よりも上の位置、肘と手首の間辺りに、蛇が走ったように赤い痕が出来た。 カッターナイフを手に持っていたことを忘れていた。間抜けすぎる。 不本意な怪我だけど、これも自傷になるのだろうか。 「痛い……」 カッターナイフをベッドに預け、傷口とも言えない傷口を手で押さえた。 じくじくと感じる痛みが、彼を思い出させる。 涙が出た。止まらない。 また一つ、彼に負い目が出来た。傷の原因を言わなければ、きっと自分で付けたとは分からないだろう。二週間もすれば傷も消えるくらいの浅い傷跡。それでも、彼を裏切った事実はけして消えない。 「ホント、馬鹿みたい……」 次の日の朝、登校中に彼と会ったが、傷の事は言えなかった。正直に話せば彼を悲しませることになる。分かりきったことだった。 言える訳がなかった。やっと、態度が柔らかくなってきたのに……。 彼の笑顔が見える。嬉しくなって一緒に笑う。笑う度に、私の真ん中がずきりと痛んだ。痛みを我慢して、それでも笑う。彼が笑ってくれるのなら、私も笑わないと。 「今度仲直りにさ、どっか行く? バイト休みもらうよ」 「本当? 嬉しいな」 心から喜べなかった。飛び上がって喜びたいくらいなのに、痛みが邪魔をする。 「……嫌かな?」 「そんなことない! 嬉しい。嬉しいんだよ。ごめんね」 咄嗟に彼の手を精一杯握った。彼が私から遠ざかっていくような気がして怖かった。 「嫌だったら無理して付き合わなくてもいいからね」 「嫌じゃない。嫌じゃないから……」 必死に彼に告げる。信じてもらえないのは嫌だ。本当の気持ちが伝わらないのは辛すぎる。 「分かった。無理、しないでね。来週の土曜でいい? 土曜の方が休みもらいやすいから」 「うん。楽しみにしてるね。何処行くかも今度話そうね」 彼に疑われないよう、痛みにも耐え嬉しさを正面に出す。十割嬉しさを出さないと彼は信じてくれない。 疑り深くて、臆病な人。だけど、誰よりも優しい。 掴んだ手は、出来ることなら放したくなかった。 午後四時を過ぎた放課後の入り口に、まだ帰り支度も出来ていない私にユウキとチサネが声をかけてきた。 「今日アイス食べに行かない? 今日はアイスの日だよ」 アイスの日、というのは、アイスが安い日、というのを最近知った。学校から少し遠い位置にあるサーティワンは、週一でアイスを一〇〇円で販売しているらしい。クラスの人たちが話しているのを聞いたのだ。そのアイスの日にアイスを食べに行ったことはない。 「そうなんだー。今日が安い日なんだっけ?」 「そうそう。一緒に行かない?」 最初に声をかけたのがチサネで、次がユウキ。 「いいけど……私でいいの?」 「いいから誘ってんじゃん。嫌?」 「嫌じゃないよ。行きたいけどさ、あんまりこういうの誘ってもらったことないからホントに私でいいのかなって」 学校以外でクラスメイトと会って一緒に遊んだり買い物に行ったりとかの経験は薄い。内向的な性格が原因だった。学校で努力することは嫌われないこと。誰かと仲良くなって、友情を育てるような努力はいっさいしない。ただ、嫌われないように、仲間外れにされないように努力し続けてきた。だから、積極的にクラスメイトと関わりあいを得ようとはしなかった。変に関わって、嫌われるのが怖かったからだ。 ⇒To Be Continued... |
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