天は京ハレ!
作者: ν-ケンジ   2007年06月20日(水) 12時19分02秒公開   ID:RC7OcmiRpKM
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今のことのような、昔のことのような気がするが、まあこの際どちらでもいいでしょう。

時はおおよそ未ぐらいか。午前の授業が終わってお昼ご飯を食べてひと眠りしているから
だいたいそんなところだと思う。詳しくは係が太鼓を鳴らすだろうし‥‥。
“カーン”「午未の刻〜」
ありゃ、太鼓じゃなくて鐘か‥。
「ほら、時間ですよ博士っ!」
頭上からやや怒り気味の声がする。
「“やや怒り気味”じゃなくて“怒って”ますってば!」
「どちらも同じようなものでしょ?というか人の心を読まんでくれるかのぉ」
「それも“読んでいる”じゃなくて“見え見え”の間違いです」
‥相変わらず細かいことに手厳しい弟子である。ま、いつも通りのやり取りではありますが。
私はハイハイと観念し(たように見せ)、陽に暖められた体をのっそりと持ちあげる。
一方の弟子は既にすたすたと廊下を歩きはじめていた。振り返る様子は‥あ、振り向いた。
「‥‥さっさと行きますよ」
‥‥‥全くもって愛想がない。これがなければいい子なんだけどねぇ。
「誰のせいだと思っているのですかっ!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

≪同日 未零刻(午後1時5分) 陰陽寮 学務の間にて≫
「えー、それでは午後の部を始める」
およそ20畳ほどのスペースに11名。無論そのうちの1人は私である。
そして残り10名のうち1人は(さっきの愛想がなくてちょっとしたお茶目を許せず耳をおもい
っきり引っ張って廊下を引きずりやがった)俺の弟子・兼・生徒である。以後、お見知りおきを。
ひりひりと痛む右耳を気にしながらも授業を開始する。
自分はというと授業を受ける生徒たちよりも一段高い場所に立っている。手前には机、後ろには黒板とチョーク也。

「博士、質問があります」
「ん、何かな?」
生徒の一人がぴしっと右手を上げて質問をしてくる。
特に変わりのない、いつも通りの光景だがついつい感心してしまう。よくもまぁ真面目に座って
ノートも取って‥‥何あの真剣な眼差しは。もう熱いったらありゃしない。
(‥ま、それが普通か)
それはそうである。何しろ彼らは戯れでこんな時間を費やしているのではない。近い将来、朝廷
や天皇に仕えるために各家が送り込んだ若き精鋭達‥いわゆる“金の卵”たちなのだから。
無論こちらもそれは承知であるし、教えるべき内容も一筋縄ではいかない難関である‥が。
いかんせん彼らは優秀である。いやそれも喜ぶべきことなのだろうが‥‥何というか。
(さてさて、質問だったな)
思考を現実に戻す。教員ならではの憂いを嘆いたところで仕方ない仕方ない。

「博士、どうして黒板とチョークなのですか?」
「どういう意味だい?」
「おかしいではありませんか?この時代に黒板とチョークなんて存在するハズがありません」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「それにノートというのもおかしいです。そもそもこれは他国の言語で‥‥‥」

「‥キミ、では何故我々は生きているか答えられるかね?」
「え‥。いやそれとこれとは‥」
「否!万物はすべて理由があるから存在し、そして輪廻を繰り返しているのだ!我々が生きてい
ることと黒板とチョークがこの時代にあることはすべて!すべて関係しておるのだ!それが答え
られなければ質問を問う資格もなーい!!」
「は、はいっ申し訳ありません!」
「‥‥分かればよろしい。では授業を続ける」

‥とまあ妙な迫力で無理矢理押し切ってみたが、実際のところ理由は俺でもわからない。
突然変異で時空が歪んだために時を越えてやってきたとか、はたまたそっちの方が話の便宜上
やりやすいとか諸説あるが、それはこの際気にしないでおこう。
(人間、気がつかない方が幸せってこともあるし‥のお、安倍くん)
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
相変わらず愛想がない。というか何か怒ってる?
安倍くん、というのはさっき耳を引っ張ってくれた無愛想少年のことである。なお某国の某首相
とは一切関連はない。
彼もまた選ばれた“天文生”の一人であるが、他の生徒たちとは少し雰囲気が違う。
只今も無味乾燥なハッタリにおののく9名のなかでただ一人動じる気配がない。むしろ明らかに
不審の眼でこちらを睨みつけている。
(この眼だ‥。この針で生身を刺すような眼こそMの求めていた境地っ!‥っと)
そんなMの境地開眼は放っておいてさっさと天文の授業の続きをしなければ、うむ。
「では続けるぞ。次は121頁を開いて‥」

そうしてまたいつもと相変らぬ1日が過ぎていくのであった‥‥‥。


≪同日 酉一刻(午後5時35分) 講義終了後〜≫
講義が終了し今は自室に戻っている。といっても陰陽寮のだが。
自分でも人に物を教えていることが不思議なくらいだが、それも仕事のうちなので文句を言って
はいけない。「あーだるい」とか「書類まとめるのめんどい」とか「女っけねーな」とかはもって
の外。神聖なる朝廷の庇護を受けているにも関わらずあるまじき也。
「‥‥あからさまに聞こえているぞ、丞之助」
己の声ではない。どうやら気づかぬうちに来客のようだ。
「入るのは構わないですが、ノックぐらいして欲しいものですね‥藤原卿殿?」
「軽々とそんな名称は使わない方がいいですよ、博士様」
「よせやい。こっちだって博士なんて高尚な冠は体が痒くなる。あー痒っ、ついでに臭っ」
「‥‥それは単に風呂に入っていないだけだと思いますが」

ああそういえば5日ほど入っていなかったような気がする。どうりで今日は干した魚みたいな臭
いがするなぁと思っていたところだった。
そんな臭い男に顔色一つ変えず丁寧に語りかける男の名前は藤原道盛(みちさか)。
苗字を見れば分かるとおり、かの藤原家一族の正当なる子孫である。
ここ陰陽寮の“陰陽頭”‥つまりはトップとして統括にあたっている偉―い人物だ。
よい子のみんなは将来こういうおじさんみたいになれるようがんばるのだぞ〜ウブッ!
「“おじさん”は余計だ。こう見えても31になったばかりだ」
品行方正、併せて美男なのだがとかく年齢に関しては神経質なお偉いさんである。
おかげでついうっかり調子に乗ると刀の鞘で問答無用にどついてくるのだ。
「‥それと、そろそろ自己紹介でもしたらどうですか、丞之助。あと時代設定などもね」
えーっ、それって超めんどくさー‥‥と言いかけたところでまた殴られてはたまらない。まぁM
属性としてはそれも本望かもしれないが、命まで失ってはたまらない。

(えーあー、マイクテスト・テスト・マイクテスト)
俺の名前は滋岳丞之助(しげおかじょうのすけ)。役職は“天文博士”だ。
“天文博士”の役割は主に星々の気象や現象を監視すること、並びに“天文生”たちに天文の技
術などを教えることとなっている。その天文生というのは昼間に学務の間にいた生徒たちのこと
である。もちろんあの安倍くんもその一人。
続いては活動している場所について。天文博士である俺が従事しているのも、天文生が日々励ん
でいるのも、すべてはここ“陰陽寮”で行われている。この陰陽寮では天文以外にも「暦」「漏剋」
「陰陽」の部門があり、それぞれの部門でその役割を果たしている‥というワケだ。
ちなみに「暦」「陰陽」の部門には天文生と同じく将来を背負った生徒たちがおり、これまた同じ
くそれぞれの博士の教えを説かれている。ホント、みんながんばるよねぇ。
「私はそんなあなたの生徒が心配ですけどね」
‥と傍らでおっしゃるのはもちろん陰陽頭の藤原道盛どの。
陰陽頭についてはさっきちらっと説明したけどせっかくなので補足をば。
俺が担当している天文をはじめ、この陰陽寮は“四等官(しとうかん)”によって統括されている。
四等官は“陰陽頭”、“陰陽助”、“陰陽允”、“陰陽属”の四部門のことを指し、役割はそれぞれ
異なるもののこの陰陽寮をコントロールしている、というわけだ。
ちなみに陰陽属以外はそれぞれ1人ずつ(陰陽属のみ2人)割り振られており、陰陽頭から順に
長官、次官、判官、主典という官位の扱いになっている。
「‥う゛、のど乾いたな‥‥。何か飲んで潤わさないと‥‥‥」

(〜コーヒーブレイク中〜)

最後に‥この陰陽寮をはじめとする舞台背景の説明か。
時は長和二年。どっかの十字架な暦でいうところの1013年ってところか。
場所はご存じ平按京(へいあんきょう)。決して誤字ではないのであしからず。
んで、その平按京の北側はしっこにある「大内裏」ってところの真ん中あたりに俺や藤原卿がい
るココ“陰陽寮”があるってわけだ。


‥とまあこんな感じでよろしいでしょうか、長官殿?
「‥‥ま、博士の名目を背負うものとしては最低限の仕事は果たせましたかね」
(素直に「よくできました」って言えないのかよ)
人が久々に使わない頭を使ってがんばったというのにまるで無表情な返事が返ってくる。
これもいつも通りといえばいつも通りだが‥どうしてこう俺の周りには愛想のないやつが多いん
だか。
それでも彼がとても頼りになる人物であることは確かだ。それは単に彼が長官であるからという
ものではない。昔からの数少ない“友”として‥‥‥。

ふと視界に茜色の光が差し込んでくる。気づけば夕日がもう半分ほど落ちかけていた。
今日は終日青空が広がる気持ちのいい天気だった。まさに昼寝にはもってこいだ。
普通の人ならホントに気持ちいい〜空なんだろうなァ。
え、お前はそうじゃないのかって?あと風呂に5日も入らないってどんだけ腐ってるって?
当然俺にも気持ちいい空だよ、うん。あと腐ってないって。ちょっと発酵してるだけだって。

それにしても‥‥‥そう、やはり単純に事は進んでくれない。
(‥‥空、か)
おそらく見ている空そのものは誰とも変わらない。よく言うっしょ?“同じ月を見ている”って。
‥‥問題は、“何が見えている”かってことだ。
俺が毎日空を見ているのは何も洗濯物の心配とか週末遊びに行けるかどうかなんてそんな生活じ
みたことが目的じゃない。
空は実に多くのものに満ちている。月や太陽をはじめ数多の星々でぎっしり敷き詰められている。
まだ誰も俺たちが住んでいるところをあの広い空の上から見たものはいない。けれど俺の予測じ
ゃ、たぶん月や太陽のように丸っこい形をしているじゃないかと思っている。
つまりは、俺たちもあの眺めている空の一部なんじゃないかってことだ。

丸いものはころころ転がる。どこを見ても同じ形だがその動きを止めることはない。
生きている限りころころと転がり続ける。星も‥‥そして人の運命も。
天文で見ているのは何も星そのものの動きだけじゃない。
その動きから見える運命‥‥そう、“命”だ。
ただでさえ見えているものは重い。人の命に重い軽いはないと思っているがこれでも天文博士
だ、護らなきゃいけない命ってモンがある。それは‥‥‥。

気づけばさっきまで赤々と照っていた夕日はほとんど山の向こうに沈んでいこうとしている。
どうやらかなりぼーっとしていたようだ。
「‥‥空、か」
そう呟いたのは道盛だった。何だ、まだいたのかよ。
「私がただでこんなぐうたら博士の元に来ると思うか?」
まーそりゃそうだな。まさか春画を借りに来たとも思えないし。
そうは思ったものの口には出さなかった。夕日のわずかな残り火が射すその横顔には一切の甘さ、
余裕は既に消え失せていたからだ。コイツがこういう顔をするときに間違ってもボケてはいけな
い。おそらくは何か事が起きている‥‥のか。
「‥どうだ、“空”の様子は」
その問いは少し意外だった。が、それでも心当たりがないわけではない‥たぶん。
「あぁ、特にお天気様は何ともないぜ‥‥“今は”な」
「そうか‥“今は”か‥‥‥」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ごくわずかな瞬間だが重い沈黙が二人の間を流れる。お互いに次の言葉を発するのにためらって
いるせいかもしれない。しかしそれはすぐに道盛によって破られた。
「‥‥‥“循環予兆”か」
「ああ、そうだ」
「‥あと、何日後だ?」
「‥‥5日ってところだな」
確率は10割ではない。けれど可能性としては間違いないだろう。
‥‥理由はわからない。ただ人より、普通の天文博士よりも先に予兆を感知することができる
俺だけの能力‥それが“循環予兆”らしい。

さて、俺の方から尋ねなきゃいけないことがある。
話はしているがお互い顔は空を見つめたまま。男同士が見つめあうなんてキモイキモイ。
「‥煙」
「煙?」
たった一言だけのやり取りだったが、言葉に動揺が見られる。どうやら向こうには心当たりがありそうだ。
「ここんとこ空を眺めているとやけに煙が高く上がって見えるんだよ。あれって何だろうな」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

⇒To Be Continued...

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