雷牙(第一話/下編)
作者: 牧陽介(穂村屋)   2007年04月15日(日) 09時46分24秒公開   ID:W/HHiDG3aTo
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第一話/後編『猛虎誕生』


――ちゃん! お兄ちゃん! 助けて! お兄ちゃん!!

 また、あの夢だ。小さい頃の桜に助けを求められている。だが、身体が動かない。助けを求められているのに、助けなければならないのに、助けたいのに、助けられない。
 これも失った記憶の一つなのだろうか。

「ん――?」

 再び瞼の向こうに光を感じる。時間が経ったという感覚はなかったが、眼を開けると強烈な光が襲ってきた。

「うっ!」

 思わず顔をそむけてそれを確認する――車のライトだ。その光を遮るように、横から彼女が姿を見せる。

「眼が覚めた?」
「ここは――?」

 コンクリートの壁と床、それに無骨な鉄筋で組まれた天井で囲まれた広い空間――そこで冷たい壁に背を預けるように座らされている。

「倒産した会社の倉庫よ。海岸沿いを走っていたら見つけたの」

 言いながら彼女は車のライトを消し、代わりに車の車内灯をつけて灯りとした。
 そうだ思い出した。スパイダーと変身時間の限界まで戦ったが勝てず、彼女に助けられて、その場を逃げ出してきたのだ。

(――寒いな)
 
 彼女の口から吐き出す息が白い。この冷え込みは、ここが何の暖房設備も無い倉庫であるというだけではないだろう。窓の向こうに見える空から察するに、雪でも降りそうな様子だ。

「――逃げ切れてないのか?」
「ええ。それどころか状況は更に酷くなったわ。テンペスターも行き場を失って、連中に追いかけられているのよ」

 ふと身体を見ると、上半身が裸だった。腹と肩の傷が金属のプレートのようなもので塞がれている。自己回復システムというのが働いているのか、皮膚と金属が見事に同化している。

「とりあえずの応急処置よ。内部も少しはいじったけど、ここじゃ完全には直せないわ」

 痛みは残っているものの、動けないほどではない。あと気になるのは、エネルギーの回復の具合だ。試しに手を目の前に掲げて、力を入れて握ってみる。

(もう一度、変身できれば――)

「無理よ。君が意識を失っていたのは三時間弱――エネルギーが回復しているといっても、ライト・ストーン無しで変身できるほど回復できていないわ」

 少なくと、この身体に関しては、彼女の意見が正しい。所詮は機械の身体だ。エネルギーが無くなれば動かなくなる。先刻の戦いで思い知らされた。

「少しでも動ければ十分だ――ありがとう」

 仮にスパイダーやソルジャーを倒せなくとも、テンペスターの力を借りれば彼女を逃がすことくらいはできるだろう。

「あんな目にあっても、まだ戦うつもりなの? 仮にスパイダーを倒せても、まだまだヒドラの改造人間はいるのよ。それでも戦えるの?」
「戦う。そう決めたからな」
「どうして? どうしてそんなことを決められたの?」

 口で返事をする代わりに、ポケットからあのチラシを取り出して彼女に差し出す。血で多少汚れてしまったが、内容が分からないほどではなかった。

「スパイダーに――ヒドラに誘拐された人間は、もう二度と戻ってこない。でも、今からなら守ることができる。俺は、人々を守りたい。人々の幸せを守りたい、だから戦う――そう決めた」

 彼女は何も言わなかった。何も言わず背を向け、車のトランクを開けて黒い金属製のケースを取り出してくる。それを車のボンネットの上に置き、箱の上部に付けられた暗唱番号と指紋と照合させてロックを解除――蓋を開ける。
 中から取り出されたのは、透明なケース。その中に収まるエメラルド・グリーンの輝きを放つ球体――

「――ライト・ストーン?」
「ええ――今ここで細かな調整は出来ないけど、これを君の身体に組み込めば改造人間手術は完了するわ。すぐにでもスパイダーと戦えるでしょうね」

 確かに、それを組み込めば改造人間としてこの身体は完成する。しかし――

「――いいのか?」
「いいえ――私にはできない。この手で改造人間を作るなんて、絶対に」
「――だろうな」

 彼女の事情を聞いた今、改造人間としてこの身体を完成させろというのは酷な話だと思う。彼女が描いていた未来への夢――そのための技術をヒドラに利用されて改造人間を生み出したが、彼女が直接手を下したわけではない。何も知らなかっただけだ。
 しかし、今は違う。ここでライト・ストーンをこの身体に埋め込むということは、彼女自身の手で改造人間を作り出すことになる。彼女の意志で、改造人間が完成する。彼女にとって、それはヒドラがしていることと同じこと――すなわち、彼女自身が自らの夢を踏みにじる行為をするということだ。

「皮肉よね。天才って呼ばれたところで、どうすればいいのか分からないなんて」
「――考え方を、少し変えてみないか?」
「――? どういう意味?」
「確かにヒドラは、ここにいる天才の頭脳を利用して数々の改造人間を生み出した。でも俺は違う――俺は、その天才の夢の途中から生まれる最初の改造人間だ」

 彼女を見つめて、そう言う。一方の天才は、目を丸くしていた。

「夢の、途中?」
「ああ、夢だ。人類の未来に役立つ技術の開発――今は、まだ夢の途中じゃないのか?」

 人々を守り、人々の幸せを守った先――そこになければならない未来に、彼女の技術が求められる日が必ず来る。

「その夢が現実になるまで、俺は戦う」
「本当に、改造人間を――ヒドラを倒してくれるの?」
「ああ」
「君の得るものは、何もないかもしれないのよ? それでも、戦えるの?」

 元々、何かを期待して始めた戦いではない。自分がやらなければ、命を奪われ、悲しむ人々がいる。その人々を守ることができるのなら、それでいい。

「それでもいい。それでも、俺は戦える」

 目の前に立つ彼女を見上げて、そう答える。

「――それ、約束してくれる?」
「ああ、約束だ」
「絶対に?」
「破ったら針千本飲んでやる」
「――それ、改造人間でもかなり痛いと思うわよ」

 つまらない冗談が我慢できなくなり、互いに笑い合う。
 契約ではない約束は、互いを信頼していなければできない。昨日までは、彼女との関係に信頼は無かった。だから彼女も「契約」という言葉を使ったのだろう。しかし、今は違う。同じ目的、同じ運命を共有する仲間との「約束」だ。

「なら、私も付き合うわ」
「戦いたくないんなら、ライト・ストーンだけ置いて逃げてもいいんだぞ?」
「私を見損なってもらっては困るわね。君が私の夢から生まれた改造人間なら、私は科学者として責任を持たないといけないでしょう?」

 そう言いながら、彼女はポケットから取り出した白い手袋をはめ、ケースをこちらに持ってくる。
 目の前に両膝をつき、ライト・ストーンを慎重に取り出す。深い緑色の光が放つそれが胸の前にかざされ、腰にベルトが浮き上がって装着された。

「なんだ? 急に――」
「落ち着いて。ライト・ストーンに反応しただけよ」
「――そっちもな」

 銀色のベルトの中央、黄色くて円い部分が左右に開き、そこにライト・ストーンを持つ彼女の指が近づいてくる。

「じ、じゃあ、やるわね」

 決心したとはいえ初めての行為に緊張しているのか、その指先が震えていた。その手に差し出した自分の手を重ね、ベルトの中央に導く――ライト・ストーンが細い指先で押し込まれ、開いていたそれが閉じる。それだけだ。身体の痛みのせいもあるのだろうか、特に何が変わったという感じはない。

「これで、君は改造人間として完成した。本当なら調整をしたいところだけど、そんな時間はないわ」
「わかってる。すぐにテンペスターで、奴らをここまで誘導させる」
「その前に言っておくことが山ほどあるわ。戦いの参考になるかもしれないから、出来る限り頭に叩き込んで」

 車の中から出てきたノートパソコン、ディスプレイに表示される自分の身体のデータ――メイン・システムから始まり、サブ・システム、そしてパワー・システムについて、彼女は分かりやすく説明してくれる。こちらも知識と僅かな実体験を総動員して話についていく。

 一時間後――テンペスターが鋼鉄製の門を飛び越え、倉庫街に入ってきた。続いて砲撃による爆発――門が吹き飛び、四台の黒い車が入ってくる。その中の一台は、屋根の上にスパイダーを乗せていた。
 こちらは海岸沿いにある倉庫の屋根の上に立ち、吹き荒ぶ寒風の中でその様子を見ていた。

(テンペスター。こっちに来い)

 テンペスターを操作して、奴らを海岸沿いまで誘き寄せて止める。すぐさま一台の車から四、五人のソルジャーが降りてきて、倉庫の前に展開――すぐさまスパイダーが糸を吐き出し、右隣の倉庫の屋根に飛び上がった。

「まだ動けたのか! この死にぞこないが!」
「死にぞこないは、お互い様だ」

 あえて顔を背けて言い放つ。

「黙れ! その顔、いい加減に見飽きた――出来損ないらしく、バラバラに解体して海の藻屑に変えてくれるわ!!」
「スパイダー、一つだけ答えろ――お前が誘拐した、工藤香織という女性を覚えているか?」
「クドウカオリ? 知るか! 貴様は虫けらの名前をいちいち聞いて覚えているのか?」
「そうだな――だが、これから叩き潰すスパイダーって奴の名前なら覚えてしまったけどな」

 そう言って、奴の方を振り向く。こちらの顔を見た瞬間、スパイダーは驚きの声をあげた。

「き、貴様! その眼は――」

 自分でも先刻、車のサイドミラーを見て確認した――左の眼が、淡く緑色の光を放っている。改造人間は変身の際、変身のエネルギーを全身に行き渡す。そのエネルギーの放出する色が眼を光らせるらしい。スパイダーも墓地で神父から今の姿に変身する際、両眼を赤く光らせていた。
 つまりこの眼は、改造人間の証のようなものだ。この異形の証は変身する際だけではなく、怒りの炎が燃え上がる時にも輝く。その証拠に今、怒りで身体が爆発しそうなくらいだ。

「いくぞ――」

 右掌を下に向けた後、上に振り上げてその右掌を天に向ける。この動作で変身システムが起動、腰に銀色のベルトが装着される。正確には腰廻りのナノマシンが変形するらしい。
 この身体の『変身』には、二つのスイッチが使われている。この動作はその一つ『モーション・スイッチ・システム」というらしい。
 次に右肩を廻して、揃えた指先を右下まで持ってくる。この動作でライト・ストーンを通してベルトからエネルギーが発せられる。
 そして――左脇を締めて拳を構えながら、右腕を左上に突き出す。これでエネルギーが全身に行き渡る。
 そして、最後は音声スイッチ――その一言で、変身システムを実行させる。

「――変身!!」

 緑と金色の輝きが全身を走り、改造人間の身体へ変える。その姿は、それまでの変身した姿とは違った。
 白色だったプロテクターが黄金色に変わり、同じ色色のラインがヘルメットとスーツに走る。首に巻いたマフラーが風になびき、ベルトと両目が緑色の輝きを放つ。
 これがライト・ストーンを得た、完全なる変身体の姿――

「き、貴様、その姿は――!」

 返事代わりに屋根を蹴って跳び、スパイダーの胸にパンチを叩き込んで屋根から落とす。糸を吐く間もないまま殴り飛ばされた奴は、下にいたソルジャー二体を巻き込んでコンクリートに背中を叩きつける。下敷きになったソルジャー二体は爆発して吹き飛んだが、スパイダーは生きていた。

(なるほど――彼女の言っていたとおりだ。オーバー・ロードしていた時よりパワーは落ちている。奴を倒すには、パワーシステムを使わないと駄目か)

 この身体になっても、パワーシステムが決め手になることは変わらないようだ。ただし。変身が維持できるようになった以上、決着を焦る必要はない。
 立ち昇る黒い煙を背にしたスパイダーと、十六体のソルジャーがこちらを見上げる。単純だが高い所に立っているだけで優位になったような気がした。

「貴様――変身しただけで、調子に乗るな!」
(相変わらず、貴様か――)

 耳に手を当てて通信のスイッチを入れる。彼女には、ここから離れた倉庫で車と一緒に待機してもらっている。

<――聞こえるか?>
<ええ。聞こえるし、衛星から見えているわ。なかなか格好いいじゃない?>
<ああ。でも、大事なことを言ってなかった>
<大事なこと?>
<この、変身した時の俺の名前を付けてくれ>
<名前?>
<戦うには名前が必要だ。奴らに貴様とか呼ばれるのは気に入らない>
<そ、そうね。じゃあ、ヘラク――いえ、駄目――それじゃあ、サン――これもいまいちね。そうなるとライ――そう、君の名前はライガ。ライガよ!>
<ライガだな。分かった>

 ライガ――彼女のことだ。きっと何か意味がある名前なのだろう。それは後で聞くとして、折角決めたのならば名乗らなくては勿体無い。

⇒To Be Continued...

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