雷牙(第一話/中編)
作者: 牧陽介(穂村屋)   2007年04月08日(日) 09時37分38秒公開   ID:W/HHiDG3aTo
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第一話/中編『科学者の夢』


――ちゃん! お兄ちゃん! 助けて! お兄ちゃん!!

 小さい女の子――小さい頃の桜に、助けを求められている。だが、何故か身体が動かない。床に這い蹲って、手を伸ばすのがやっとだ。
 意識が、誰かの強い力で引っ張られるように遠くなる。やがて手を動かす力も無くなり、糸が切れたように落ちる。
 そこで――目が覚めた。

(なんだ? 今の――夢?)

 目を開けると、見たことのある天井がそこにあった。改造人間として目覚め、最初に見た光景がこの天井とライト――ここでの目覚めは、これで二度目になる。

(――戻ってきたのか)

 一度目の時とは違い、ここがどこなのか知っている。慌てることもなく、むしろ気分が妙に落ち着いてくる。

(なんで、こんな気分になれるんだ?)

 その答えは、すぐに出てきた。
 ここは普通の人間ではなくなった自分が帰ることができる唯一の場所なのだ。既に死んでしまった藤村虎二郎に戻るところはなく、改造人間として戻ってきても良い場所が、ここだ。ただ、どうやってここまで戻って来たのかの記憶が無い。

(たしか――)

 ライトを見つめながら、意識を失う前のことを思い出す。

(思い出した、俺は――)

 ここで自分の身体のことを聞いた後、普通の人間だった時の記憶を取り戻したくて、実家に行って妹の姿を見つけた。それから一日、妹の様子を見ていたらヒドラの改造人間が現れた。妹を守るために戦ったものの、あれは今さらながら無謀だったと思う。

(でも、おかげで戦いを肌で感じた)

 改造人間として戦うことは、試合のようにルールがあるわけではなく、喧嘩のようにどちらかが倒れれば負けというものではなく、また戦争のように大義名分があるものでもない。
 それでていて、勝利の条件は恐ろしいほど単純――相手を倒す――それだけだ。ヒドラと戦うということは、単純にどちらかが死ぬということだ。

(俺は昨日、自分の命をかけて妹のために戦った――戦いながら、自分が人間じゃないことが嫌ってほど分かった)

 大理石を砕く一撃を喰らったり、アスファルトに叩きつけられたり、ビルの壁にぶつけられたり――普通の人間なら即死だろう一撃を受けても、ダメージこそ受けるがそれでも立ち上がることができる。

(何より普通じゃない人間の証として、変身した)

 事前に説明されていたからだろうか、人間ではない自分の姿を自分でも驚くほど冷静に受け止められた。どちらが本当の自分の姿ということではなく、どちらも自分の本当の姿である。

(俺には、戦う力がある)

 変身した後は反撃することができた。パワーもスピードも相手を上回っていたのだが、そのうち相手が逃げ、自分も力が抜けて動けなくなった。あのまま戦っていたら、確実に負けていただろう。

(それから――駄目だ。そこまでしか、覚えていない)

「目が覚めた?」

 江間――改造人間である自分が唯一頼れる人が、横から顔を覗き込んでくる。

「どのくらい、寝てましたか?」
「戻ってきたのが夜の十時頃だから、先刻お昼過ぎたから十四時間ってところね」
「随分寝ていたんですね」
「とりあえず修理したから、もう動けると思うんだけど?」

 言われたとおり、身体に力を入れてみる。
 確かに身体が動く。それにヒドラの改造人間と戦ったダメージも無くなっていた。奴と戦った時にも機械の身体であることを実感したが、生身ならば死んでいただろう痛みがたった一晩で消え失せている今も、改めて実感せざるをえない。

(なかなか壊れない身体だな)
「見てるだけで寒いから、早く服を着てね」

 その言葉に自分の身体を見る。またシャツとトランクスだけだ。

「何で、脱がすんですか?」
「脱がさなきゃ修理できないでしょう。私だって好きで脱がしてるわけじゃないわ」

 彼女から新しい服を受け取って着る。

「あんな状態で帰ってきたのに、何があったか聞かないんですか?」
「テンペスターの記録を見たから、大体は知ってるわ」
「テンペスター?」
「君が壊してくれたバイクのこと」

 コーヒーカップを片手に嫌味をたっぷり含めて言ってくれるが、壊してしまった負い目もあって何も言えない。

「でも――」
「でも?」
「まさか、いきなりヒドラのαナンバーと戦うなんてね」
「アルファ・ナンバー?」
「ええ。商品としてではなく、ヒドラが組織の目的のためだけ作り出した採算度外視の特別な改造人間。αから始まる番号で他の改造人間と分別されているから、αナンバーと呼ばれているのよ」
「他の改造人間と、どう違うんですか?」
「αナンバーの改造人間は、基本となる改造手術から更なる改造出術を施して、特殊な装備と能力を備えた改造人間よ」
「特殊な装備と能力――ロボットアームとか?」
「ええ。あれもそうよ」

 昨夜の奴はベルトのレリーフのおかげでヒドラの改造人間と気づいたが、落ち着いて考えてみれば彼女から見せてもらった改造人間とは別物だった。

「昨夜の相手なら、データベースから情報を引っ張ってくることができたわ」
「データがあるんですか?」
「組織を抜ける時に盗んできたのよ」

 そう言って彼女は、黒皮の椅子に座ってキーボードを叩く。
 ディスプレイに出てきたのは、昨夜見たものとは異なるものの“スパイダー”とやらの設計図らしい。そのいくつかの場所が赤く光り、その上に新たなウィンドウが開いて長々と英文が表示される。

「相手の名前は『スパイダー』偵察と潜入を主な目的として作られた改造人間。複数のロボットアームを操作するため、脳と神経に特殊な改造を施している」
「偵察に潜入――誘拐も?」
「街に潜入して誘拐という目的を果すという意味ではね。それともう一つ特殊装備として『糸』があるわね」

 続けて糸のデータが表示される。何か複雑な化学式が書いていて、一行たりとも理解できない。

「あの糸は、簡単に言うと特殊な接着剤なの」
「接着剤?」
「ええ。硬化する条件としては、空気がある場所であることと、周囲の温度がマイナス四十℃以上かつ五十℃以下であること。それよりも低い温度だと凍結、温度が高ければ元の粘着性の液体になる――要するに、よほど特殊な環境じゃなかったら固まるってことね」
「接着剤が、あんなに硬いんですか?」
「ええ。そのあたりで売っているものと違って、完全に硬化すればコンクリートを砕くくらい硬くなるわ」
「何故、そんなものが吐き出せるんですか?」
「スパイダーは体内に熱を発生・制御する装置を装備している。その熱で糸を五十℃以上に暖めて、液体の状態で体内に装備してるってわけ」
「それなら何で吐き出したものが、硬くならずにロープみたいになるんですか?」
「その時、スパイダーは糸を手に持っていたでしょう?」

 昨夜の記憶を思い出す。確かに振り回れていた時、奴はロープを手に持っていた。

「言われてみれば――確かに、糸を持っていました」
「その手から熱を糸に伝えることで、完全に硬化しない程度に抑えて適度な弾力性を維持していたのよ。ちなみに、あの糸は二ミリで約一トンまで持ち上げられるわ」

 次に画面に出てきたのは、昨夜のオフィス街を中心としたこの街の地図だった。続いて建物や道路の上に赤い点が次々と浮かび上がる。その数、約五十個といったところか。

「この点は?」
「この二ヶ月で失踪、もしくは行方不明になった人間が最期に確認された場所よ。いずれも百メートルも歩かないうちに特徴的な建造物があるわね」

 点は主に四カ所に固まっている。次に映し出されたのは四つの建物の写真――巨大な観覧車のある遊園地、一級河川に架かる大きな橋、観光名所にもなっている電波塔、そして昨夜のオフィス街だ。

「どれも夜になると人が少なくなる場所だ。だから目撃者がいない」
「そうね。それでいて上から待ち伏せるには格好の場所だわ」
「それにこの季節、日が落ちるのも早いからな」
「そうね。予想される出現の時間帯は、全て日没後になっている」

 点滅している光の数だけ命があったかと思うと、いくつもの偶然が重ならなければこの中に妹が含まれていただろうと思うと寒気を感じる。

「そうだ! 桜は!?」
「妹さんなら無事よ。すぐに病院に運ばれたわ。胸を強く圧迫されたことで気を失っただけ。異常は無いけど、念のため二、三日入院するそうね」
「そ、そうですか――」

 入院は気になるが、異常がないと確認されているのなら大丈夫だろう。

「記憶が戻ったの?」
「昔、バイクに乗っていたことを思い出しました。あとは何も」
「妹をストーキングまでしたのにね」
「そ、そういう言い方はやめてください」
「可愛い娘よね。彼氏とかいるのかしら?」
「知りませんよ!」

 ストーキングという見も蓋も無い言葉が胸にぐっさりと刺さる。痛いところを突かれた。自分でもそう思わなかったわけではないが、それでも他人には言われたくない。

「それよりも、話を戻していいですか?」
「どこまで?」
「最初――俺は昨日、変身してヒドラの改造人間と戦いました」  

 人をからかうように見ていた彼女の顔つきが変わる。ヒドラと戦うために改造人間を作ったのだから、バイクに記録された情報以外の情報、特に本人が感じた戦果には興味があるのだろう。

「いい戦いだったと思います。少なくとも、初戦としては」
「そうね」
「でも、何故か途中で動けなくなった」
「当然ね」
「当然? どうしてですか?」
「今の君の身体にはね、変身した状態を維持する機能がないから」
「機能が、ない?」
「正確に言えば、そのパーツを組み込んでないのよ」

 眼鏡を曇らせながらコーヒーをすする彼女――片手でキーボードを叩き、画面を切り替える。そこに写ったのは、変身した自分とスパイダーだ。先刻言っていたバイクの記録なのだろう。
 電気のような光が全身に走って変身する。その後も身体を動かす度に身体のいたるところから電気が発せられ、周囲のアスファルトやコンクリートが焦げてゆく。まるでスタンガンが歩いているみたいだ。

「この電気は?」
「君のエネルギーよ」
「エネルギー?」
「正確には制御しきれないエネルギーね」
「それって、どういうことなんですか?」
「エネルギーが正常に流れず漏れているのよ。漏電みたいなものね」

 やがて、スパイダーが逃げ出す。それから間もなくして電気が消え、変身が解けた身体が膝をつく。

「本来なら、このくらいの戦いで変身が解けることなんてあり得ないわ。それだけのエネルギーを改造人間は蓄えている――でも君の身体は、エネルギーを上手く全身に伝えられない。蛇口のない水道みたいに、制御できる筈のそれが盛大に漏れているわけ」

 水道は蛇口がついてくるから、出てくる量を調整できる。蛇口がなければ水は勢い良く吹き出し、空になるまで吐き出され続ける。

「完璧にオーバー・ロードね。パワーが設定値を遙かに上回る数値を出しているし、排熱が追いついていない。おかげで修理に手間取ったのよ」

 再び彼女の指がキーボードを叩くと、エメラルド・グリーンに光る球体を映す。同時に改造人間の設計図も表示され、その球体がベルトに収まる。

「ライト・ストーン――この球体が改造人間のエネルギーを正常に全身へ伝える超伝導体よ。君の身体には、これがないの」
「こんな硝子球みたいな物がないだけで、あんなことに?」
「こんな硝子球みたいな物で改造人間は活動できるのよ。無ければオーバー・ロードを起こして、昨日みたいな状態になる。今の身体で変身しても、活動できるのは十五分が限度でしょうね」
「十五分? もっと短かったような気がしますけど?」

 変身して動けなくなるまで正確に計ったわけではないが、五分程度だったような気がする。

「当然ね。正規の手段で変身システムを作動させずに、緊急用のサブシステムから強引に変身したんですもの。その分、余計なエネルギーを使ったのよ」
「? どういう意味ですか?」
「簡単に言えば、目的地に到達するために近道を歩いていけばいいのに、遠回りの道を全速力で走っていったから、目的地についてもヘトヘトで何もできなかったってわけ。おまけにパワーシステムも使ったみたいだしね」
「パワーシステム?」
「これよ」

 画面に映し出されたのは、昨夜の変身した瞬間の映像だ。スパイダーが振り下ろす肩のアームを受け止める寸前に変身して、金色の電撃を放つ右の拳でスパイダーの脇腹を剔る――そこで映像が止められた。

「君にはαタイプのように特別な装備ができる機能はないけど、直接攻撃――分かりやすくいえば打撃ね。その破壊力を何倍にも増幅させるシステムがあるの。それがパワーシステム――変身システム同様、ライト・ストーンがなければパワーが正常に流れない筈だったんだけどね」

⇒To Be Continued...

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