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作者: 国村 裁臣   2009年03月17日(火) 19時33分31秒公開   ID:./hD4fJD4PA
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1、瞬間的転移装置 Teleportation

 サラリーマンのA氏は死にそうだった。
 彼は満員電車の中で、突然の吐き気に襲われたのである。助けてくれ、誰でもいいからと、Aは心の底から願った。
 その時近くの男Bが話しかけてきた。
「あなた、もしかして気分悪いんですか?」
 大の大人がみっともない、Aはそう思い答えなかった。しかしBは
「実はね。今私が研究中のいい機械があるんですよ」
 そう言って、Bは一見何の変哲もない器を取り出した。ご飯の茶碗ぐらいしかない。
「これに吐いてください。この器は下水道とリンクしていますから、残りません」
 かなり胡散臭そうだとAは思ったが、わらをもすがる思いで器を受け取った。
 そして――
「本当だ! 何も残ってない!」
「でしょ? これが製品化すれば、トイレとかいりませんよ。ここに連絡してくれれば試作品を売りますよ」

 それから、この器は様々な形になって商品化された。Bはノーベル賞を取り、ビジネスを成功させた。
 そんなある日、Bの自宅に電話がかかってきた。それは、電車で出会ったA氏だった。
「久しぶりですね。礼なんていりませんよ」 

「ふざけるな! お前のせいで……お前のせいで……うちの会社潰れちまっただろう! トイレが売れなくなったんだよ!」
 逆恨みだろう、感謝すべきだろう。
 そう思いながら、Bは電話を切った。

2、魔法の器
 
「やられたんだよ! 詐欺に!」
 静かな喫茶店に相応しくない発言内容と、声の音量だった。
 
 俺の向かい側に座るのは、大学の友人の古田だ。俺にどうしても相談があるから、是非来て欲しいとのことだった。
 話によると、古田は詐欺にあったそうだ。しかもそれは、俺らの大学の最寄り駅で起きたという。詳しい事情を聞いてみると
「いつものように歩いてたんだよ。したらいきなりさ、まだ中学生ぐらいの制服を女の子が話しかけてきたんだ」
 それは彼女いない暦と年齢が一緒の古田には、さぞうれしかっただろう。
「よかったじゃないか」
「よくねえ! でその後、変な赤い茶碗を見せられて”買いませんか?って言われたんだよ」
「ほお。これがその茶碗だな」
 テーブルに置かれた一つの茶碗――真っ赤な茶碗が置かれていた。どこからどうみても、ただの茶碗だ。絵の具で塗りたくられている。
「しかも値段は……三万とか言うんだぜ? ありえねえだろ?」
 茶碗を触ってみると、少し崩れた。ボロボロで老朽化していることがわかる。多分、真っ赤に染めて誤魔化してるんだろう。
 触った指先には、赤い絵の具が付着している。
 これが三万ねえ。
「じゃあ、どうして断らなかった?」
「そ、それは――」
 古田はもじもじしている。やがて、頭をテーブルにこすりつけた。 
「誰にも言わないって、約束してくれるよな!」
 こいつ面白いな。
「ああ、いいぜ」
「……その女の子はすごく可愛かったんだ。それで……」
「――もういい。わかったよ」
 古田が全てをしゃべる必要はなかった。要するに色仕掛けという奴だ。それにしてもその女の子は、モテナイ男を捜す天才だな。
 いや、そうでもないな。
 俺は古田の肩を叩き、うんうんと頷いた。
「気持ちはよ〜くわかる」
 古田の目に涙がたまっていく。
「……まじで、俺情けねえよ。ちょっと上目遣いされただけで、目を潤ませられただけで……買っちゃうんだからよ」
 敵は必ずとってやる。
 それにしても、その少女はとんでもない奴だな。



 古田が詐欺少女に出会ったのは、朝早くだという。俺はその時間を目指して駅に向かった。
 とりあえず、古田の一番弱い部分に漬け込む手段を、単純に許すことは出来ない。奴はドジ・間抜け・天然だが、俺の友人だ。
 駅に着いてから、まず眼鏡をかける。そしてリュックから古田にもらった紙袋を取り出した。紙袋には「魔法少女」とか何とかいうアニメのキャラクターがプリントアウトされている。
 そう、古田は世間一般に言われる「オタク」なのだ。普段着もイメージ通りである。 
 本来は体育会系の俺だが、今日だけはこの格好をしておびき出す――詐欺少女を。
 駅を出たその時だった。
「あの〜すいません」
 後ろからの声に振り向くと、そこには制服を着た女子が立っていた。髪の毛はショートカットの黒、いかにも清純そうな顔立ちをしている。
「はい、な、なななんですか?」
 オタクっぽく答えてみた。
「実はですね、えっとお……あったあった! 私、魔法の器というものを売ってるんです」
 女の子が取り出したのは、真っ赤な茶碗だった。
 俺は確信した。
 俺の目の前にいる少女が、詐欺少女なのだ、と。
「は、はあ……僕はこういうのはいらな」
「えっとね! これを使ってご飯食べると、おいしくなったりするの!」
 かなりごり押しで来ている。っていうか、ご飯に赤絵の具が着きそうだけどな。
「ねえ。買わない」
「興味ねえよ」
 いい加減むかついてきたので、本性を表すことにした。すると
「……お願い。買って」
 女の子は目を潤ませて、俺を上目遣いで見てきた。しかし、俺には通用しない。
「っていうかさあ、こんなことしてて楽しいのか?」
「え?」
 俺は紙袋を思いっきりたたきつけた。
「この前お前が騙した奴さ、俺の友人なんだよ。あいつ、女に免疫ねえから、お前に話しかけられてテンパることぐらいわかってたんだろ?」
「そ、そんな酷い……」
 詐欺少女は泣き出しそうな表情になってきた。周りの連中が噂し始めたが気にする俺ではない。
「お前さあ。そうやって何人騙してきた? むかつくんだよ。人間の一番脆いとこ利用しやがって」
 俺が言いたいことはこれだけだ。いまさら金を返せ、とは言わない。古田の分まで言えたと思う。
「それじゃあな」
 俺は立ち尽くす詐欺少女に、背を向けた。さあ古田に報告だ。
 その時だった。
「何よ……」
 詐欺少女が何かをつぶやいている。俺は立ち止まった。
「アンタに何がわかるのよ! 私だって……私だって……」
 彼女は、本当に泣いていた。



「とりあえず、食え」
 俺も優しい奴だ。詐欺少女にコンビニの肉まんをおごるなんてな。しかも大学をサボっている状態である。
 もしかして俺も一歩間違えたら引っかかっていたかもしれない。
 詐欺少女は相変わらず、泣いていた。
「ほら。肉まんは嫌いか?」
「……ありがとう」
 泣き止んで、しゃっくりが止まるまでは一時間くらいかかったか? とりあえず詐欺少女を、話せる状態に持っていった。
「なあ。お前何があったんだ? どうしてこんなことしてるんだ?」
「……どうせ、信じてくれないんでしょ?」
 確かに。ご名答だ。
「とりあえず聞いてやるよ。見たところお前、中学生だろ?」
 一回だけ詐欺少女は頷いた。
 しばらく黙っていたが、少女はこう切り出した。
「私ね、中学でいじめられてるの。特に同じクラスの人たちから」
 詐欺少女の正体は、いじめられっ子か。恐らく容姿に対する嫉妬だろうと推測できる。
「そいつらにさ、一週間で十万集めろって言われたんだ。じゃないともっといじめてやるぞって……」 
 とんでもない連中だな。今時そんなことするバカがいたとはな。俺だったら無視するが、女子の世界は難しいのかもしれない。
「親とか学校に言わないのか?」
 少女は悲しそうに笑った。
「そんなことしてみなよ。きっと殺されちゃうよ」
 想像以上に恐ろしいんだな。中学校というのは。
「だから……こうするしかなかったの。今のところはアンタの友達だけ。あと七万必要なんだよね」
 その時、一枚の紙を取り出した。俺に見せないように読んでいる。多分、今まで稼いだ金とかについて書いてあるんだろう。
「でも私、間違ってたって、今は思えるの。人の弱いところにつけこむなんて最低だよね」
 そのあと、古田を選んだ理由を教えてくれた。やはり「オタク」というなりをしている人物を探していたらしい。
 だが、詐欺少女の目に涙がたまっていた。
「でもさあ……どうしようかな、お金。もう間に合わないよ」
 俺は自分の財布を取り出した。貧乏大学生だが、少しでもこいつのためになれば、そう思えた。
 
 結局詐欺少女も、古田と同じなんだ。哀れな奴なんだ。
 何とかしてやらないと、死んでしまう。十分反省しているんだ。
 
 俺の財布の残高は……千円。ああ、こいつを助けてやることが出来ない。 だが銀行ならば、親の仕送りが振り込まれてるはずだ。
「ねえ。何してるの?」
「いや……お前を助けてやりたいんだがお金がなくてな」
「いいよ。そんなことしなくて。私が悪いんだから。いっそ風俗かなんかで稼ぐからさ。当然だよね、こんな女だもん」
 おいおい、それは飛躍しすぎだ! まだ中学生の女子に風俗なんてやらせられないだろうが!
「わかった。俺の個人口座から、七万取ってけ。それでいいだろ?」
 少女はそんなことしなくていいよ、と断り続けたが、俺が強く提案したので渋々折れてくれた。
 少女は一枚の書類を取り出す。これに銀行の俺の口座番号等を記入すればいいらしい。詐欺のために持っていたという。 
「わかった。じゃあこれにサインして」
「ああ」
「ごめんね。ありがとう」
 俺は少女が持っていた書類にサインする。その間、少女は赤ペンで紙に何かを書き込んでいた。
 サインし終わると、少女は俺に真っ赤な茶碗を差し出した。
「これ、お礼とお詫びにあげる」
 少し笑いながら、真っ赤な茶碗を受け取った。絵の具が手に着いたじゃねえか、もう少しまともな商品にしろよな。
 少女は立ち上がった。
「ありがとう。じゃあね!」
 にこやかに少女は走り去っていった。
 
 そうだ。俺はいいことをしたんだ。結果的に七万とられたけど。
 ……いやいや、彼女を救うためだ。哀れな女には、男は弱いものさ。

 俺の隣に、折りたたまれた一枚の紙が落ちていた。さっきから少女が書き込んでいた紙だろうか?

「十万奪取プログラム“魔法の器”
 手段1―ごり押しセールス。でもたいていはひっかからない。
 
 手段2―涙目・上目遣い作戦。オタクとかなら落ちる。
 
 手段3―創作作戦。悲惨な事情を説明して同情させる。
*注意――書類にサイン、または現金が確実に手に入るまでは断り続ける。 でないと怪しまれる。体育会系、教師系に有効。
 直、十万を手に入れたら街を出る。
 <悲惨なストーリー>
 学校でいじめられていて、脅迫されている」

 そして、赤ペンで大きく「完了!」と書かれていた。
 つまり、俺は騙された。



「やられたんだよ! 詐欺に!」
 静かな喫茶店に相応しくない発言内容と、声の音量だった。
 俺の向かい側には、呆れ顔の古田が座っていた。

3、空気の読み方
 
 世の中には空気が読めない奴というのがいる。
 俺の目の前でベラベラしゃべっている奴もそうだ。

「あらまあ、振られちゃったんだ!」
 この女、俺が今正に、失恋したというのに、真剣に落ち込んでいるというのに、この女は冗談話のように話している。
 俺は思いっきり恐い顔でにらんでやった。
「……そうだよ? 何が悪い?」
 女はにっこりと笑いながら
「ドンマイドンマイ! 次があるって!」
 ふざけるのもいい加減にしろ! 心の中で叫んだが、どうしても言葉に出来なかった。
 それほどショックだからだ。
「まあいいんじゃないの、次があるんだし。まだ青春終わっとらんよ、少年!」
 この女と小学校が一緒だったというのが運のつきだ。こういう人間とは関わりたくないのに。
「あんたを振った子なんて、忘れちゃえばいいのよ!」
 笑いながら肩を叩いてくる女。励ましているつもりだろうが、もう我慢できない!
「うるせえな、おめえみたいな奴嫌いなんだよ!」
 多少罪悪感はあったが、我慢できず大声で叫んでしまった。
 一瞬、女は驚いたような顔をして、うつむいた。
「……そう。ごめんね」

 その後、このやりとりを見ていたという奴らが、俺にこう言った。
「お前、空気読めない奴なんだな」
「まじKY!」

 一体俺のどこが「空気読めない」奴なのか?
 誰か、教えてくれ。

4、伝説の魚 Legend Fish

 俺はこの道三十年の漁師だ。そして今日、今まで誰も捕まえられなかった「伝説の魚」を捕らえようと船を出しているのだ。
 船を出すこと三十分。突然、船が揺らいだ。
「かかった!」
 ついにかかった! すごい重さだ。
 俺一人だけで、こいつを捕まえてみせる。
 俺が三十年間、ずっと使い続けてきた愛船「還流丸」と、オヤジにもらったこの網で!
 奴は――伝説の魚はめちゃくちゃな力を、俺の腕にかけてくる。
 俺は銛を取り出した。こいつで突き刺してから、引き上げてやる! ……だが、いくら投げ込んでも跳ね返ってしまった。
 奴はそれほど強いのか――
 だが諦めるわけにはいかない。男の二言はなし!

⇒To Be Continued...

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