Dark Hero
作者: 牧陽介   2008年08月19日(火) 18時52分56秒公開   ID:awByd8g/CMA
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 始まりはいつだったか――


 特化型遠距離攻撃用改造人間――それが俺を表す言葉だった。単純に機械の身体を与えられただけではない。鉛以外のものを透過する特殊なスキャナーを持つ眼、風速や湿度など狙撃に必要とされるそれらの計算処理能力、それに岩をも砕く全長二メートルのスナイパーライフル――通称『ファントム・カノン』
 これらの武器で、俺は組織に歯向かう数多くの敵は勿論、各国の要人、各界の実力者、裏切り者を葬ってきた。
 掃除屋、始末屋と言われるのが俺の役目。そんな俺に、奴を始末しろとの命令が下るのは当然のことだった。
 相手は、組織を裏切った科学者が造った改造人間――数々の作戦を潰し、何体もの改造人間を倒していた。
 俺は奴との戦いに、心震える何かを感じていた。
 

 初戦は、雷が轟く嵐の中で始まった。
 海岸沿いの崖の上を選び、海岸線をバイクで走る奴を見下ろす。奴がこの近くにある組織の秘密基地を探っているという情報から待っていたのだが、決して待ち伏せしていたわけではない。
 俺は不意打ちはしない。
 人間ではない俺達改造人間には、それぞれ常人とは比べものにならない能力――力を持っている。その力こそが存在の全てだと言ってもいい。同じ改造人間と戦うのは、道具の優劣を決める戦いと言ってもいいだろう。単純に、優れている方が勝つ。
 その戦いに卑怯な手を用いるのは、己の無力を認め、存在を否定することにつながる。
 特に相手は数々の刺客を葬ってきた改造人間――奴との戦いは、正々堂々、決闘でなくてはならない。それでこそ、改造人間と身を堕として尚生きる意味がある。
 偽善、欺瞞、自己満足、何と言われてもいい――それだけが人の身を失った身体の渇きを癒してくれる。
 俺は、決闘の合図を黒雲に向かって撃ち出した。奴がこちらを振り向く。
 ゆっくりとライフルを構え、銃口を向ける。
 風向き、風速、湿度、雨の雫、それらを計算しての完璧な狙撃――こちらからの一方的な攻撃に見えるだろうが、奴はその弾雨を潜り抜けることで、心理的な重圧を反撃として返してくる。
 銃弾が避けられ、弾かれ、叩き落され、奴が俺の目の前まで迫ってきた。
 俺は自分のバイクに飛び乗り、ライフルをその車体に固定する。奴は汎用型近距離用改造人間を基にして更なる改良を加えた改造人間、接近戦に持ち込まれるわけにはいかない。
 バイクで一定の距離を稼ぎ、反転して構えたライフルを撃つ。崖の上という立地上、直撃しなくても爆風で吹き飛ばし、百メートル下の海に叩き込むだけでいい。海へ叩き込んでしまえば、奴に反撃する手段はない。
 俺が撃つ、奴が避ける、バイクを走らせて崖の上を駆け回る。それを幾度も繰り返す。 雨は激しさを増し、稲妻が夜の闇を震わせる。
 そんな中、突然奴がバイクから降りた。バイクによる機動力が減少した奴は絶好の標的――だがライフルを構える俺に、乗り手を失ったバイクが襲いかかってくる。
 しまった! とっさにライフルを引いて避けようとするも、後輪が泥濘に填り動けなくなっていた。そのまま体当たりを喰らい、この身体とライフルが空中へ投げ出されて泥の上を転がる。
 すぐさま起き上がり、ライフルを拾って奴に向ける。それと奴が空中へ跳ぶ動作は同時だった。
 空中三十メートル、高角度からの急降下キック――それは奴の持つ技の中で、必殺の破壊力がある。俺はこの瞬間を待っていた――跳び上がった奴が標的が落ちてくる――空中で重力に囚われた無防備になるこの瞬間を!
 奴が蹴りの体勢に移る、その一瞬の動作を狙って銃口を合わせる。
 そして、トリガーにかけた指を引く――直前、空に稲妻が走った。
 奴の背景となった突然の雷光に視界が白くなる――俺の眼は標的を失った。苦し紛れに放った弾丸が奴の即頭部を掠める。とっさに横へ跳んでキックを避けるが、逃げた先は崖の淵だった。
 逃げ場を失った俺は、せめて着地の瞬間を狙おうとライフルを構えるが、それよりも先に奴のキックが大地を揺るがす。地震と錯覚するその一撃に地面が砕け、俺は崖下の海へ落下――全身が海面に叩きつけられる衝撃に意識を失った。
 俺は、奴を仕留めきれなかった。奴もまた、俺を仕留めきれていない。
 この決闘、次へ持ち越しだ――


 二度目――再戦は、スクラップ工場だった。
 組織の命令は奴を始末すること。始末していない以上、組織に戻ることはできない。
 しかし、組織から持ってきた通信機で奴の動向だけは掴んでいた。
 組織の新たな刺客を撃退した奴の前に姿を見せ、決闘の時刻と場所を告げる。
 当日、奴は律儀にも時間どおりにやってくる。特に交わす言葉も無く、俺は肩に置いたライフルを降ろし、奴も『変身』して身構える。
 奴は“人”の姿を持っている。その姿から『変身』することで改造された姿を現す。
 組織でも特殊な任務にあたる場合は人の姿を与えられるが、それはあくまでも仮の姿でしかない。
 だが、奴の持つ人の姿は仮のそれではない。
 奴は人であるその姿で、人ともに、人として生きている。
 改造されたことで失ったものがある一方で、再び人としてのそれを手に入れ、それを護るために戦っている。人の身で得られるものを護るため、人在らざる身に変わる。
 羨ましくないとは言わない。人の身で得られるそれが、どれほど大切なものか――俺は、それを知っている。
 あの頃はまだ人の身だったが、それらを胸に抱えて戦ったことがあるのだから。
 だが今は、この身体が、この命が俺の誇りだ。負けるわけにはいかない。
 無言の同意で、空中に放るコインが地面に着く瞬間を合図とした。
 俺は前回の決闘よりもライフルの口径を小さくし、鉄骨や車に当てて跳ね返る弾丸を標的に命中させる――いわゆる『跳弾』という技で奴を追い詰めた。同じ足場からでも銃口の向きを変えて撃つことで、放たれた弾丸は様々な角度から奴を襲う。機動力は奴に劣るものの立地条件は有利だ。
 時にはライフルの口径を戻し、爆裂弾を放って積み上がった廃車や天井を吹き飛ばした破片と爆風でダメージを与える。
 今度こそ奴を倒せる――死角に回り込んだ俺は、爆裂弾を装填したライフルの狙いをつける。今までこの弾丸は間接的なダメージを与えるに過ぎなかったが、これが直撃すれば改造人間とて一溜まりもない。
 そのトリガーに指をかけた次の瞬間、奴が別方向からの攻撃を受けて倒れた。俺はすぐさま隠していた身を晒して周囲を見回す。
 そこに現れたのは組織の新たな刺客、達――同じ製作理念で作られたのだろうニ体の改造人間――そいつらは、最新型の遠距離攻撃用改造人間だと名乗った。組織から俺と協力して奴を倒すよう命令が下ったと言う。
 俺はライフルの弾丸を通常のものに入れ替え、それをそいつら足元にくれてやった。組織の命令とはいえ、不意打ちなどする輩の手を借りるつもりはない。
 俺の、決闘の邪魔をするな――そう告げて追い返そうとした俺に、そいつらは返事のかわりだと言わんばかりの攻撃を仕掛けてきた。ついでに旧型でありながら高い性能と実績を持つ俺を倒して名を上げたいらしい。
 それは珍しいことではない。一体の改造人間を完成させるためには何百、何千という試作体が作られる。そして、机上ではなく現実で実用性が無いと判断されれば処分される。生き残った改造人間達は、その光景を数え切れないほど見てきている。与えられた性能で実績を作らなければ、屑鉄として始末される。
 その実績を手に入れるための最も簡単な手段、それは同じ改造人間を倒すことだ。それでいて、製作理念が似ている相手ほど己の価値は証明されやすい。頭数が減れば自分の能力が必要とされる機会が増える。そうして組織の改造人間は、静かに鎬を削り合っている。
 故に組織では改造人間同士の私闘を禁じている。表向きは組織としての規律を乱すというが、組織として巨額の資金を投入して造った改造人間の数を減らしたくないというのが本音だろう。
 おそらく、組織からの命令というのは嘘――狙いは、奴を倒すついでに俺を倒し、組織の中で優位な立場を手に入れること。
 俺が決闘の邪魔を許さないというのは、組織の中でも十分知られている。あの連中は、こうなることを見越してやってきたのだろう。
 まあ、そんなことはどうでもいい。俺は決闘を邪魔された苛立ちから、この場の獲物を変えることにした。
 遠距離攻撃に特化した改造人間として同じ設計理念で造られた筈だが、その攻撃方法は明らかに違った。
 連中は銃弾による狙撃ではなく、レーザーを用いた狙撃――風向きに左右されること無く、跳弾も光を反射するものがあればいいので複雑な計算を必要としない。おまけに弾丸が切れることも無い。
 一方のこちらは一発撃つ毎に薬莢を排出、弾丸が無くなれば新たな弾丸を装填する必要がある。戦いは当然、絶え間なく攻撃を繰り出すことのできる奴らが優勢だ。
 俺は光の雨を掻い潜って反撃する。その時、偶然にも奴と背中を合わせた。
 近距離攻撃しか術の無い奴にとって、連中の攻撃は俺よりも相手にし難い。防御力が高いのでガードしている限り致命傷にはならないものの、近づいて攻撃したところでそれは光の屈折を利用して作った虚像――このままでは勝機もない。
 そこで何を考えたのか――奴は、この俺に共闘を持ちかけてきた。その言葉に驚いたものの、すぐに頷いてみせる。
 奴がガードに専念し、俺が反撃をする。即興の連携は回を重ねる毎に形になり、様になってきた。
 スナイパーは、どうしても背中が無防備になる。
 その背中が頼りになる相手に護られているということが、これほど安心できるものだとは思わなかった――いや、忘れてしまっていただけか。人の身だった頃は、これが当たり前の陣形だった。
 連中は相変わらず廃車を遮蔽物にし、身を隠しての狙撃を繰り返してきた。こちらからは遮蔽物が邪魔になって直接当てることができない。ならば、そいつを取り除けばいいだけの話だ。
 俺は残していた爆裂弾をライフルに装填し、一撃で遮蔽物を吹き飛ばす。レーザーとは比べ物にならない破壊力を持つその一撃は、文字通り突破口を開いた。
 相手の姿が見えれば奴の出番だ――奴は相手に虚像を作る暇を与えず、俺の肩を足場に跳び上がる。そのまま高角度からの必殺キックを繰り出す――その間に俺は後ろを振り返り、奴の背中を狙っていたそいつの胸に風穴を開けてやった。
 決闘の邪魔をしたそいつらが、同時に爆発して姿を消す。
 奴はこちらに向かって歩み寄ろうとしてきたが、その足元に一発打ち込んで歩みを止めた。そのまま背を向け、その場を後にする。
 分かっている――状況はともかくとして、結果として俺は仲間である組織の改造人間を破壊した。この瞬間、俺は組織の反逆者となった。
 だが、裏切り者ではない。
 だから、慣れ合う気はない。
 奴が俺の獲物であることには変わりないのだ。


 最早、組織は関係ない――
 夕日の沈む荒野の戦場で仲間を援護するために孤立し――
 残されたライフルを抱きかかえ――
 戦場から掻き集めた弾丸を握り締め――
 助けにくると信じていた仲間から爆撃を受け――
 悪魔の囁きに誘われ――
 機械の身体に身を堕とした――
 それでも捨て切れなかった、一人の戦士としての誇りがある。
 そして、一人の戦士として生きていた証を残すため――
 過酷な戦場を生かしてくれた父や母、仲間、そして恋人の命に報いるため――
 この命を燃やし尽くすため―― 
 俺は、戦わなくてはならない。


 三度目になる奴との対峙は――決闘にすらならなかった。
 数時間前、俺は通信機を使って組織の交信を傍受し、奴が人質を取られて誘き寄せられることを知った。
 しかも待ち構えるのは、組織の精鋭部隊とされる改造人間が三体、そのうちの一体は組織の幹部――組織の中でも最高峰の技術を用いて、特別の改造を施された史上最強とされる改造人間――その力は一国の軍隊に匹敵する。そんな連中が、その場所に待ち伏せているという。
 俺は奴の味方をする気はない。だが、それ以上に奴との決闘を譲る気もない。特に今回の連中は人質を取るという連中だ。そんな卑怯な連中に奴を倒させるわけにはいかない。
 奴が呼び出された場所は、山奥にある森林伐採の跡地――俺は奴らのいる広い更地が見下ろせる山の斜面の上に身を潜める。
 まず斥候のため指定場所から離れた一体――飛行能力を有するそいつを地上から追いかけ、残った連中からは見えない山の反対側から弾丸を放った。一撃必殺のそれは奴の胸を貫いて爆発――この轟音で残った連中は奴が来たと錯覚しただろう。人質を渡さぬよう、指定場所に集まる筈だ。

⇒To Be Continued...

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