風鬼の唄 0.3
作者: カロカロ   2007年12月31日(月) 06時09分45秒公開   ID:H/wjZ/WVp3A
《プロローグ》

 春……それは桜が咲いて入学式があり、新しい一年の始まりを告げる季節。
 当然、人によっては春の訪れで身の回りの環境が変わったりなんかもする。
 そして私、鬼百合姫子(十五歳)にとっても変化は起きていた。

リリリー…リリー…

 夏の夜を飾る夏虫たちが鳴く中、私は母屋から離れへと続く廊下を歩いていく。
 いつもは蛙達の合唱のようにうるさくしか感じない虫達の声は、不思議と今日は耳に心地よく、いつもは無機質で冷たく感じてしまう床はひんやりとしていて気持ちがよかった。

 もしかしたら、それは私が興奮しているからなのかもしれない。
 こんな夜中、一人廊下を歩きながら興奮しているだなんて変だけど、今までの厳しい修行の日々がもうすぐ報われると思うとおさえきれない。

 気付くと、もう離れの門前まで来ていた。
 古風で、何処か威厳のある離れの扉……今日までほぼ毎日のようにここに通い詰めていたが、夜だからかいつもとは雰囲気が違っていた。

 私は、深呼吸をしてゆっくりと扉を開く。
 すると、すでに私が来る事を知っていた祖父が部屋の明かりを全て消して座っていた。
祖父の顔は月光を受け、いつも以上に怖く感じる。

「来たか……。それではいいな?」
「はい。」

 返事は緊張のため生返事になってしまう。いつもの祖父なら「それではダメだ」と叱るが、今日は特に責めはしなかった。
 祖父は月光の中ゆっくりと立ち上がり、私に細く長いものを差し出す。

 薄暗くてはっきりとは見えないが、私にはそれが何か分かっていた。
 一人前になった証として渡される薙刀だ。
 私は生唾を飲み込むと、歓喜に震える手で薙刀の柄を持つ。柄は滑らかで、薄暗いここでも十分に美しい。
 そして、祖父はゆっくりと言った。

「これより鬼百合家の宝刀、雷をお主に授けよう。」
「ありがたく存じます。」
「これにより多くの妖魔を倒し、いずれ出会うであろう相方と共にこの地の平和を守るように。」
「この鬼百合姫子、その言葉に反しませぬように誠心誠意努力いたします。」

 まだ全てが始まる前の月夜、私は妖魔を倒す者……式使いになった。

《第一集 出会い》

「うう〜ん」

 俺は幾度目かという寝返りを打つ。
 誰もが経験した事はあると思うけど、休み明けの朝というのはなかなか起きる気が起きなくて、「あと五分、いや十分は大丈夫」なんて思いながら目覚ましが耳の横でジリジリと鳴ると粗く目覚ましのボタンを押してたった数分だけだけど睡眠時間を延ばそうとする。

 例により、俺は目覚ましが鳴るとボーとした頭で目覚ましのボタンを叩く感じで押す。
 すると、うるさく鳴っていた目覚ましは静かになった。
 当たり前の事と分かってはいるけれど、一人安心して溜息。

 ふと、なんだか前もこんな事をしたような気がした。
 それもそんなに昔ではない。まるで、ついさっきかのような――。

 本当ならこのまま惰眠を貪っていたい所だけど無理矢理自分の頭を起こして、時計の文字盤を見る。
 時刻は八時半だった。

「……」

 念のためもう一度文字盤を見るが、さっき見たときとの違いと言えば秒針が進んでいた事ぐらい。
 ちなみに、俺が昨日目覚ましが鳴るようにした時刻は七時十分。

 で、さっき鳴ったのが八時半……。
 じつに一時間二十分のあいだ俺は五分ごとになる目覚ましを止めては寝て、止めては寝てをしていた訳だ。自慢にならないと分かってはいるけれど、ここまで鈍感な自分の精神に拍手をしたくなる。

 でも、拍手している時間はなかった。
 なぜなら、あと三十分で入学式が始まるからだ。
 そう今日から俺、坂上正志は高校生。
 華やかな高校生活……は送れるかどうかわからないがそれなりに期待もしている。

 実際、昨日の夜は寝るのに結構時間がかかった。
 しかし、あと三十分で高校生活の始まりを告げるともいえる入学式が始まる!
 寝続けていた自分に責任があると分かってはいるけれど、せめてあと三十分……いや、この際十分でもいいから早く起きたかった。

 そうは言っても今出来る事はタダ一つ。
 全力で急ぐ事だけ。
 俺は可能な限り速く制服に着替え、真新しい鞄をもち、最後に壁に立てかけた細長い袋を持って家を飛び出した。

 家の前の坂を袋を担ぎながら走り、携帯を開くとまだそれほど時間がたっていなかった。
 使った時間は十分と少し程度。まだ入学式まで二十分ぐらいある。

 朝食は抜いたため腹が情けなくキュルルと鳴くが、入学式に間に合う事の引き換えにするのなら安いもの。
 俺は、さらに走る速さをあげた。


 そして、なんとかもうすぐ学校という大きな十字路まで来た。
 信号が赤に変わったので一息つくと、周りにまだちらほらではあるけれど、自分と同じ制服がいる事に気付いた。これならギリギリ間に合いそうだ。

 早く信号が変わらないかと右側から交わっている道を見ると何とも言えない奇妙な感覚になった。
 道自体は住宅街へと通じるもので、自分の見える範囲で異常と感じるものは無い。

 だから、どうせ気のせいだろうとこのまま無視する事も普通ならできるだろう。
 でも、俺は知っている。この感覚は無視していてもいい程生易しいものではなく、もっと危険な存在を知らせる重要なもの。

 いや、危険な存在という濁した言い方は止めておく。これは人間が忌み嫌い、侮蔑と嘲笑をこめて妖怪・悪魔と呼ぶものがいる証だ。

 勿論、普通ならいきなり妖怪なんて空想の塊のともいえる存在に発想は飛ばないだろう。実際目にするまでは俺もそうだったし。
 でも、あるからには仕方がない。

 そして俺は何の因果か妖怪をどうこうする力を持っていた。

「高校生活一日目でこれとは……。 俺、やっぱ凄く憑いてるな」

 内心、無視したかった。ここまで来て妖怪なんかと関わったら100%間に合わないだろうし、俺の他にも数人は妖怪を排除できる奴はいるし――。

 でも、ここで俺が無視したせいで死人が出た……なんてことにもなりかねない。というか、数人しかこの街にいないのだから、おそらく無視したらなる。

 流石に俺は死人を出してまで入学式にでるほど鬼畜ではないので、ここまでの苦労を思い出しながら学校とはまるっきり違う方向に向うと分かっている右の道を選んだ。

 道を進んでいくと、いつもと変わらない町並みだ。
 何処の家も前見たときのままだし、道も特にえぐれていたり変な色になっている様子もない。

 一見すると、平和な街……と言ったところか。
 しかし進んでいくに連れて、奇妙な感覚は強くなっていく。
 それに、いつもと変わらないはずなのに何かが足りないような気がした。

 家も道も、電柱もあるのに足りないもの……。
 分かりそうで分からない。まるで喉に魚の骨が詰まったかのような不快感が、歩くたびに強まる奇妙な感覚と混じって気持ち悪くなってきた。

 こうなるから、俺は関わるのが嫌なんだ。
俺みたいに妖魔を感じ取れる奴は、妖魔の出す呪に過敏に反応する。よく言えばすぐ見つけられるという事だが、逆を取れば近付けば近付くほど体調が悪くなる。

 まあ、実際はそれを防げる薬もあるのだが、まさか入学式にまで妖魔とやる羽目になるなんて思ってもいなかったから今日は使っていない。

 それを考えるとタダでさえキツいのに尚更キツく感じて、思わずふらふらとしてしまい電柱にぶつかってしまった。

「いってぇ〜〜。 ったく、なんで俺がこんな事……」

 答えがないと分かってはいながら、電柱に当たると横に何か落ちている事に気付いた。
取ってみると、蒼い鳥のキーホルダーがついた白い携帯だった。

 特に汚れている訳でもなく、つい最近落とされたものだという見当はついたが……。

「携帯? 誰もいないのに?」

 自分で言って、はっと気付いた。
 さっきから感じていた不快感の原因、それはここまで来るまで、一度もこの道で人に出会っていない事だ。

 確かに朝だからせいぜい通るのは学生やサラリーマン程度で、サラリーマンは徒歩は少ないし学生は今日入学式でもうこの時間はいないとしてもおかしくない。しかし、いくらなんでも車くらいは通っていいはずだ。この先は大きな十字路、住宅街ならばこの道の需要は当然あるだろう。

 それがないということは――

「妖魔が何か仕掛けて人通りをなくしている……ってとこか」

 でも、そうなると今度は何故携帯が落ちているのか分からなくなった。
 人通りがないなら、携帯なんて落ちるはずないからだ。

 奇妙な感覚は持続していたが、頭をできる限り働かせる。
 ここで、「あっ! こういうことか!」となったら良いけれども、残念ながら現実はそんなに俺に都合よくあるわけもなく、考えた結果でたのは溜息だった。

「さっきみたいなひらめき、もう一度来て欲しいな」

 誰にとでもなくぼやきながら、俺は持ち主不明の白い携帯をポケットに入れる。
 別に人の携帯が欲しいって訳じゃない。
 むしろ、こんないかにもめんどくさそうな代物はなるべく無視しておきたい方だが、持ち主も探しているだろうから妖魔を倒したら交番に届けようと思っただけだ。

 まあ、ここだけ人が見れば俺は充分に怪しい行動をしている不審者だろうけど、妖怪の仕業で人は寄り付かない。その心配はないだろう。

 そんな事よりも、さっきから続く奇妙な感覚が問題だ。自分は動いていないはずなのに、ジンジンと強くなってきているのだ。
 勿論、妖魔側から近付いてくることはよくある。

 俺みたいな特殊な奴はあいつらからすると珍味らしいから、襲ってくる事はあっても逃げる事は……まあ、まずない。

 でも、近付くにしたって一気にくるのがセオリーってやつだ。
 この何とも言えない気持ち悪さが強くなったり引いたりするって事は、相手側が近付いたり遠くなったりしながら向ってきているって事。

 俺からすればクソ迷惑だが、相手にとってもすぐにしとめられないから利は発生しないだろう。
 そう考えていると不意に何かを砕くような音が自分の後ろからしてきた。

 それも、トンカチで瓦を割るような音じゃない。もっと大きいものを何枚も砕くような鈍い音だ。
 振り向いてみるが、後ろにあるのはついさっき自分が曲がったコンクリートの塀だった。

 でも、音は確かに塀の向こう側からしていた。
 音が大きくなるにつれて、俺の体調も悪くなっていく。
 そして次の瞬間、目の前でさっきまで塀であったものが炸裂する。

 コンクリートの残骸が飛び散り、他の家のガラスや壁にぶつかってボロボロと散らかった。
 幸い自分のいる所までは飛んでこなかったものの目の前は土煙で見えない、気分は悪い、状況が理解できないで、混乱していた。

 呆然と見ていると、段々と土煙が晴れてきて目の前で何が起きているのか見えるようになった。
 しかし、見て逆に混乱した。

 何故なら、コンクリートの破片が散らばる中にピエロの人形が倒れていて、そのピエロに馬乗りになって美少女が、薙刀をピエロの顔に突きつけていたのだから――。
■作者からのメッセージ
一人称にしました。
なれない書き方なので、色々と試行錯誤をしました。
あと、内容も全体的に視点があまり移らないように、考え直しました。
もしかしたら三人称の時よりも下手になってしまっているかもしれません。

こんな作品、作者ですが、評価していただけたら幸いです。

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