風鬼の唄 0.2 |
作者:
カロカロ
2007年12月20日(木) 22時57分17秒公開
ID:H/wjZ/WVp3A
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《プロローグ》 この世には運命・宿命と呼ばれるものがある。 運命の出会い、宿敵、運命共同体……。 どれも意味は違うが、運命というものに支配されている。 そして運命とは誰にでもあるもの。 無論、それは自分にとっても例外ではない訳で、今日この月夜に私は自分が産まれてから決められていたものになる。 私は、ゆっくりと家の廊下を歩いていく。 すると、夏の夜を飾る虫達の鳴く声が耳に心地よく入ってくる。 普段私は虫達の声を気持ちよくは感じない。 だけど今日だけは違うのだ。 そう、いつもは無機質で冷たく嫌な感じのする廊下の床も、心が落ち着いて丁度いい。 今までの修行、苦悩が今日報われるのだ。 私は今まで幾度となく開けた一つの扉……祖父の部屋の扉の前に来ると深呼吸をし、ゆっくりと扉を開ける。 すると、すでに私が来る事を知っていた祖父が部屋の明かりを全て消して座っていた。 祖父の顔は月光を受け、いつも以上に怖く感じる。 「来たか……。それではいいな?」 「はい。」 返事は緊張のため生返事になってしまう。いつもの祖父なら「それではダメだ」と叱るが、今日は特に責めはしなかった。 祖父は月光の中ゆっくりと立ち上がり、私に細く長いものを差し出す。 薄暗くてはっきりとは見えないが、私にはそれが何か分かっていた。 一人前になった証として渡される薙刀だ。 私は生唾を飲み込むと、歓喜に震える手で薙刀の柄を持つ。 柄は滑らかで、薄暗いここでも十分に美しい。 そして、祖父はゆっくりと言った。 「これより鬼百合家の宝刀、雷をお主に授けよう。」 「ありがたく存じます。」 「これにより多くの妖魔を倒し、いずれ出会うであろう相方と共にこの地の平和を守るように。」 「この鬼百合姫子、その言葉に反しませぬように誠心誠意努力いたします。」 まだ全てが始まる前の月夜、まだ出会う前の月夜に私は妖魔を倒す者……式使いになった。 《第一集 放課後の妖怪退治》 カーテンを抜けて春の柔らかい日の光が部屋に入る。 部屋にある物といえば机と椅子、そして膨らんだ布団とゴミ箱などといった普通のものでベッドの下に雑誌もなければコンポもなく、まるで引っ越してきたばかりのような感じだ。 聞こえるのは布団の中から聞こえる小さな寝息と、外でチュンチュンと楽しそうに話している小鳥達の囀りのみ。 しかし、その静かでゆっくりとした世界は一つの耳障りな音で壊された。 ピー ピピー ピピピー! 目覚まし時計の単調でありながら確実に人間を起こそうとする音が布団の中から発せられる。 すると、さっきまで寝息だけで身動き一つしなかった。 布団がノロノロと左右に動き始めた。 そして、まるで丸くなっていた団子虫が頭を出すように布団の端からボサボサ頭の少年が出てくる。 「うーん……」 少年の目はまだうつろで、半分夢の中といった感じだが彼の足はしっかりと……していたが、ユラリユラリと左右に振れたかと思うと、一気にさっきまで自分が入っていた布団へと倒れこむ。 そして次の瞬間……。 バキッ! 嫌な音が布団の中からした。 少年はすぐにそれに気付き、手を布団の中に突っ込む。 すると、不自然に硬く尖った物に手が触れた。 一緒に、触りなれた質感も伝わる。 恐る恐る彼が布団から出してみるとそこには、無残な姿に変わった目覚ましがあった。 気付くと、丁度目覚ましの残骸があった場所を潰していた体の部分も痛かった。 溜息をつくと、少年は使い物にならなくなった目覚ましを回転させたり、つまみをいじったりしてまだ動くかどうか試したが、ついには観念して目覚ましを机の横にあるゴミ箱へと投げる。 目覚ましはゴミ箱の入り口で一回軽くバウンドしてすっぽりと入る。 ゴミ箱に一発で入る……これは出来ると少し嬉しいものだが、少年にとっては使いなれた時計を自分の体重で壊してしまった事と、身体が朝から痛いことで喜ぶ気分にはなれなかった。 頭をかき、欠伸をしながら少年は部屋を後にする。 彼の名前は坂上真志(さかのうえまさし)。 十五歳でこの春、隣町の私立虹ヶ丘高校に入学する事になった高校一年生である。 学力は普通より少し上程度、中学校時代は特に運動部にいたわけでもなく、帰宅部だった。 まあ、ようするに普通の学生である。 しかし、そんな彼にも人には言えない秘密があった。 勿論、スケール的にはベッドの下に本とかテストでカンニングしているとかいうレベルのものではない。 もっと重要な事だ。 人の生死に関わる事でもある。 ふと真志は今が何時かまだ知らないことに気付いた。 普通の人ならさっき目覚ましを手に取ったときに確認するものだが、悲しかな真志の目覚しは時間を告げることなく生涯を終えてしまった。 普通の登校日ならば「まあ、いいか」程度の認識ですむ事かもしれないが、入学式となるとそうもいかない。 何事も最初が肝心なのだ。 真志はすぐに自室の横にある和室に顔を突っ込む。 すると、和室の時計は無情にも真志の期待を裏切って八時を示していた。 入学式の開始は八時半、そして家から学校までの時間は二十分。 残りの身支度に使える時間は十分程度といったところか。 これでは、朝食を食べているだけで遅刻しそうだ。 途端に真志の眠そうな顔は真っ青になる。 「うえ! も、もう八時!? ヤバイ、初日から遅刻なんて最悪だ!」 そう叫ぶと、真志の行動はさっきまでの動きが嘘のように素早く、的確だった。 学校規定の制服に着替えて、歯を磨き玄関に立つまで実に七分。 勿論、朝食を抜いてだが、抜いている事など顔にも出さず真志は元気良く家を飛び出す。 「いってきます!!」 |
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