ガッ・カリ @ |
作者:
カロカロ
2007年11月25日(日) 21時44分01秒公開
ID:XY9DVkDu5oE
|
「ハァハァ…ハァハァ…」 よく『情けは人のためにならず』という言葉を使っている人がいる。 しかし、実際は『情けは人のためならず』だ。 意味としては、人に情けかけとけばいつかは自分のためになる的な実に意味深い言葉だが、現実はそんなには上手くいかない。 実際、そのせいで今自分は見たこともない川原を全力疾走中。ついでに言うとノドがカラカラ&裸足な訳で、ぶっちゃけ死ぬほど足が痛い。 おまけに春のはずなのに風が冷たくて、そのせいで強張った身体中がギシギシと音で「やる気おきないわ〜」とか伝えてくる。 知るかそんなの……。こんな事考えている事自体が集中力の無駄遣いだ、余計な事を考えていると思わぬところで失敗してしまうもの。今は走る事だけに集中した方がいい。 そう、大切なのは冷静になって確実に逃げ切る事だ。 と、言っているそばから一際大きく角ばった石を踏んでしまった。 こんな時だけ私の体は良く働いてくれて、コンマ何秒で激痛を脳に伝える。 思わず自分の足の力が一瞬抜け、堅い川原の小石の上に倒れこんでしまった。 痛いミスだ。身体の痛みもあるが、何より貴重な時間が確実に消費される。 急いで立ち上がろうとする。 「こんな事……している時間ない。ッ!」 足に焼けるような痛みが走った。やっぱり素足だと痛みの度合いは普通に靴を履いて画鋲を踏んでしまったりとか、そういうものとは格段に違う肉をえぐられたような痛みになる。 これでは、たとえ無理をして立ってもアイツの目の届かないところまでは逃げられないだろう。 でも、私は止まる事はできない。ここでこうしている間にもアイツは近付いている。 どの位時間をロスしただろう?一分?二分?それとももっと? いや、ここでロスを考えても仕方がない。 それよりも一刻も早く先に進まなくては。 あの屈辱に比べれば、足の痛みなど子供騙しだ。私ならできる。だから、ほら、足を付いて……。 「ッ!!!!」 足に力を入れると、やっぱり全くさっきと同じ痛みが来た。でも、ここで立ち止まる訳にはいかない。私は石を踏んだ足を引きずりながら、また歩き出そうとした。 「こんな所で……諦められるかぁ!」 「ふ〜ん。でも、もう無理じゃない?」 「そんな事は……えっ?」 振り向くと、そこには見覚えのある銀色の長い髪をした巨乳の女性がいた。 一瞬で私の顔から血が引いていった。気が抜けたことで、我慢していた痛みも我慢できなくなる。私は、本当は走って逃げたいのに弱々しく笑いながら座り込んだ。 ジャリジャリとした冷たくて堅くて不安定な石の感触がお尻に伝わる。 そんな私を見ると彼女はクスッと笑い、私にとっては見慣れている銀色で丸くて冷たいもの……鉄球付きの手錠を取り出す。 それを彼女は私の両手、両足に慣れた手つきで付けて、柔和な笑みをした。 「脱走なんて……ダメでしょ?」 「どうして気付いたんですか?」 「だって、貴方今日は珍しく仕事手伝ってくれたんですもの」 「あ、あははは……見逃してなんてくれないですよね?」 「今まで見逃した事、ある?」 「お、鬼〜!」 人間、生きている間には色々な恥をかく。 まあ、自分も当然かいた事があって、エレベータをエスカレータと言ってみたり、何も無い所で転んだり……。でも、トラウマになるほどの恥をかいたのはここに来てからだ。 ここ、某A学園はぶっちゃけおかしい。いや狂ってる。 だって、某Aが学校の名前なんだよ?普通、高校の名前隠すために『某』とか使うのに、そのまんま。 オマケに何故か明らかに自分よりも子供なのに先生しているのとかいるし、文系班と運動系班の比率が9対1!しかも唯一の運動系班がラクロス部とか地味にマイナーだし! 唯一普通の学校でもある事といえば、全寮制で男女の比率が4対6ぐらいなもの。 まあ、こんな事言っても仕方ないんだけどね……入学したのが運の尽きなんだけどね……。 「でも、でも……この押し置きはないだろぉ〜〜!!!」 ここは男子トイレ。普通なら女子が入るはずのない場所。 でも、私はデッキブラシ片手に巨乳女に見張られながら床擦りをしていた。 ちなみに私を見張っている巨乳女こと美月ルルーシェは、この学校の理事長だ。 もっとも理事長とは名ばかりで、大抵は暇そうにしていて明らかに仕事をしていない。 実際、私がルルーシェを油断させて逃げるために手伝った事も、本人は仕事だと言い張っていたが、ルルーシェが個人的に育てているハーブの花の水やりだった。 あっ、でも仕事をしているといえばしていた。私の逃走阻止という仕事を……。 でも、さすが理事長だけあって生徒からの人気はすごい。 男子生徒はいうまでもなく、私を含む女子生徒のほとんどは彼女の柔和で、スタイル抜群な大人っぽさに憧れている。 だから、彼女と会うとついつい自分の胸と彼女の胸を見比べて溜息をついてしまう。 実際、デッキブラシを動かしている今も無意識に相手と自分の体型を見比べていた。 「ぼーとしてないでブラシ動かしてよ〜」 「は、はい〜……毎回の事ながら、自分の負けだな。トホホ」 私はそう言いながら男子トイレの床をゴシゴシとデッキブラシで擦る。 手錠はもう外されているものの、気分はすごくブルーだ。 ちなみにこれで私が男子トイレの床を拭くのは四回目。これがそのまま脱走しようとした回数なのだから泣ける。 脱出挑戦一回目は単純に授業をサボって逃げようとした。二回目はトイレと偽るも失敗。ならばと三度目は身代わりを用意したが、やはり人形では誤魔化せる訳もなく即行捕獲。 ……こうして今までの作戦を考えてみるとかなり馬鹿っぽいと思う。 勿論私が馬鹿な訳ないから!絶対にそんな事ないから! でも、やっぱり捕まって男子トイレの床擦ってる時点で馬鹿なのかもしれないな〜。 あっ、ここまだやってないや……ゴシゴシっと。 て、なんか板についてきたかも!?ヤバイ、本格的にこの学校のペースに飲み込まれそう。 それも毎回私をこの巨乳女が捕獲するせいだ。恨むぞ〜後世まで恨んでやるぞ〜。 私がルルーシェを軽いノリで恨みを込めて睨むと、巨乳女はニコッと笑い壁に立てかけてあるブラシを一本取る。心なしか、ブラシを持つ手に力が入っているような……。 「なにかしら?そんな目をして」 「い、いえなんでも……ルルーシェさん今日も綺麗ですね」 「あら、ありがとう。あっ、そこ汚れてるわよ」 「あははは、ご親切にどうも」 ……これじゃあ、私が男子トイレから開放されるのはまだ先だな〜。 開放されるまで、ずっと自分の負けを実感している訳か……トホホ。 結局、私がブラシから開放されたのはそれから一時間後の事だった。 でも今日はいつもよりも終わるのが早いほうだ。いつもはあと三十分あるから。 まあ、どっちにしても腰とか足とか結構痛いんだけどね……。 「今日は休みだし、自分の部屋にでも戻って次の作戦練るかな〜」 私は早速自分の部屋のある生徒棟に向かう事にする。 生徒棟とこのトイレの距離は大体700メートル。この学校の無意味な広さが嫌というほど実感させられる。 とは言え、別にここがお嬢様、お坊ちゃんの集まるエリート私立という訳ではない。授業料は公立高校と同じだし、せいぜい他の出費といえば戦闘費という謎の料金と月々の生活費ぐらいなもので、いたって一般的……いやそれ以上に生活しやすい状態。 なんでも校長が世界有数の大金持ちで、趣味でやっているかららしい。 でも……たとえ住みやすかったとしても私はここにはずっといたくない! 「私は……普通の生活がしたいだけ!!!」 「じゃあ、普通って何?」 「そ、そりゃ、先生がこう真面目で〜、運動系の部活がいっぱい……ってえ?」 私が振り返ると、そこにはなんか重力を無視した男の人がいた。 えっと具体的に言うと足が床から十センチくらい浮いててね、何でか風がないのに髪の毛がなびいてて、手にはチョコパフェ持ってるの。 き、きっと気のせいだよね? こう、麻薬常習犯の方々が見える幻覚みたいなもので、私もデッキブラシの使いすぎでそうなってるだけで、断じて現実に存在する訳なくて、無視しても全然OKだよね? よし、無視しよう! 「あ〜あ、なんか疲れたみたい。ココアでも入れて寝ないとな〜」 「……無視か?」 「あ〜、何も聞こえない。私は普通だぁ〜、何にも見えない〜」 「えい」 自分の頭に、嫌な重さがかかる。なんというかベトッとしていて冷たい感触がする。 なんとなく、乗っかっているものに心当たりはあるけどね。 てか、おそらくパフェ。 あ、あはははは、気のせい気のせい絶対そうだって。 まさか〜、さっきのは幻覚だから、きっとこれも幻覚なんだよ。 そう、例え私が今日の朝一時間かけて髪を整えたりしていたにも関わらず、パフェのせいでセットはグチャグチャ、髪の毛も甘い匂いを放ってベチャベチャになっているであろうとしても、あくまで頭の上に乗っているのは幻覚のパフェだ。 きっとデッキブラシの見すぎで視覚以外にも影響が出たに違いない。 ああ、今日は本当に疲れてる……。早く部屋のベッドの中に。 て、あれ?なんか白い液体が垂れてきた。おまけに微妙に冷たいし……。 「ま、まさかね〜。そんな訳ない、絶対に」 そう言いながらも、私はゆっくりと頭へと手を伸ばしていく。 で、本来ならばフサフサとした髪の毛がある場所には、なんでか冷たいものが。 しかも、時々コーンフレークのカリカリとした感触も……。 「な、なんじゃこら〜!!!」 「無視するからだ」 気付くと、自分の目にはうっすら涙がわいていた。 自分ながら、無理もないな〜と思った。 一時間も髪の毛とかいじってさ、脱出の時にはうっかり途中で靴脱げちゃうし、学園の外に出たら普通にショッピングとかしたいなんて思ってたのに脱出は失敗しちゃうし、女なのに男子トイレの掃除やらされるし……その締めがこれ。 泣きたくもなる。 「う、うええぇぇえぇん!」 「なっ!?悪いのはそっちなんだからな!俺は絶対悪くないからな!」 「ぐす……ううぅ」 「な、なんだよ?」 「あんたなんか……あんたなんか大ッ嫌い!この浮き男!」 それだけ言うと、私は泣きじゃくりながら部屋に向って廊下を疾走していた。 途中、浮き男が何か言っていたような気もしたけど、知るか。 もう今日は散々なんだ。これ以上不幸な目にあってたまるか! |
|
■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集 |