スキよりも、キスよりももっと 2 | |
作者:
トーラ
2007年11月23日(金) 23時44分07秒公開
ID:KvBgjdlPPKE
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2―1 落ち着いた気持ちで夜歩きするのは何日ぶりだろう。久しぶりで、とても新鮮に感じた。 綺麗に整列している電信柱も、虫かごの網目みたいな電線も、恥ずかしそうに雲に隠れる月も、何を見ても心が震えた。 恵梨と仲直りが出来て、すっかりいつもどおりの日常が戻っていた。バイトに行って、母から父の愚痴を聞き、毎朝恵梨の家まで恵梨を迎えに行って。 だけど、まだエリには会っていなかった。だから、今夜はエリとの交流も日常に戻そうと、会いに行こうと思った。 きっとエリはいつもの公園のベンチに座っている。経験と予感がそう判断した。 そろそろ公園に着く。今回も真っ直ぐに公園に向かった。真っ直ぐ歩けば十分もかからない。 心臓が忙しく私の胸を叩いている。エリに会える、という期待感がそうさせるのか。 鼓動の早さに歩幅を合わせることなく、ゆっくりと公園の中に入った。 ここも懐かしい。初めてエリに会った時と同じくらいにそう感じる。ここが、私にとって特別な場所になった証明になるのかも知れない。 いつものようにベンチを見てから、いつもと違う公園の雰囲気を感じ取った。 「エリ?」 エリの姿がなかった。ベンチは身軽そうにそこにあるだけで、誰も背に乗せてはいなかった。 エリがいない公園は、君が悪い程に薄暗く感じた。エリがいるだけで、夜の公園も明るく感じられていたのに。 これでは、公園が特別な場所になりえない。 「いないの?」 心臓に忙しさを与えていた期待感が、ゆっくりと不安に変わっていく。 エリの存在を感じられないことで、得体の知れない恐怖を生み出すことになった。 この怖さは孤独から来るのか。夜の闇からくる不安か。エリに見放された絶望感か。 もしかしたら、と諦めずに公園の中を探してみた。地雷原を進むように慎重にベンチに近づく。 いつもエリが腰を下ろしていたベンチ。間近で見ても、ベンチの身軽さはそのままだった。まるで、エリの重みがなくなって楽になったとでも言うように。 薄情なものだ、と思った。 代わりに、私が座ってやった。エリよりは私の方が重いだろうから、もう楽はさせない。 最初に感じていた怖さも和らいで、落胆に状態変化していた。 長距離走の後の息遣いのように、大きく息を一回だけ吐き出す。 ――仲直りできたって、ちゃんと報告したかったのに。 暗闇の中で独りきりでいるのは、落ち着かない。家で、独りでいる時とはまるで違う。閉じた空間の中と、開いた空間の中では、暗くて独りという要素が同じでも、まるで違うものになる。 家の中にいる時よりも、独りを感じる。 孤独、孤立、独りぼっち。 寂しい。 だけど、こうして独りを感じることで、集団の中で独りを感じた時の寂しさや辛さを、少なくしてくれるのだと信じたい。独りでいることの寂しさに、慣れようとしているのだと思いたい。 自分から身を置くことのできる孤独と、自分の意思関係なしに訪れる孤独に、共通点なんて殆どないかも知れないけれど。 恵梨に見放される孤独に、耐えられるのだろうか。 「ちゃんといるんだけれど」 本格的にネガティブに落ちていく手前で、不意に聞こえた声が私を止めた。 声はエリの物だと分かった。いないと思っていたエリの声を聞けたことに驚き、慌てて首を左右に動かした。 「ふふ。こっちよ」 首を動かす必要なんてなかった。正面にエリが立っていた。こっちの気持ちとは正反対な、嬉しそうで、楽しそうな、可愛らしい笑顔をいつものように私を見せ付ける。 「悪戯したくなったの。驚いた?」 「すごく」 負けじと笑みを張り付かせて、エリを見た。可愛らしくもあるけれど、憎らしい。してやられた。 落ち込んでいた私が可笑しくて笑える。 ――ホント、馬鹿みたい。 「ごめんなさい」 笑みをそのままにして、エリが私の隣に腰をかけた。 「久しぶりね。会いたかったわ」 「なかなか会いに来れないでごめんね」 「いいの。恭子に会いたいのは本当だけど、恭子が私に会いたい時だけでいいの」 蔓が壁を支えに伸びていくように私の手を握った。エリの手は冷たい。急に触られると反射的に身体が跳ねて反応する。 「エリに会いたくなかった訳じゃないの。ただ、ちゃんと仲直りしてから会いたかったから……」 エリの手を握り返した。 「じゃあ、仲直りできたのね」 握る指に力を込めて、エリがこちらに向き直った。私の瞳を見上げて覗き込むように、期待に溢れた視線を私の視線に合わせる。 「一応、ね」 じっと見つめられて、少し恥ずかしくなった。照れ隠しに笑いながら、エリから視線を逸らす。 「エリの言うとおりに頑張れたかは分かんないけど、仲直りできたと思う……」 自分で仲直りできた、と思っているのはあくまで私の気持ちであって、恵梨の気持ちは考えの中には含まれていない。 なのに、仲直りが出来た、と公言してもいいのだろうか。 「恵梨は優しいから、私みたいな奴でも、もっと仲良くなりたいって言ってくれたの」 「恭子だって十分素敵よ」 エリは、私が自分を卑下するようなことを言うと、敏感なまでに反応する。 「そうかな……」 「そうよ」 「……ありがとう」 エリの確信したような声音が、私には理解できなかった。 ここはエリの意見を尊重しておこう。私に、人の意見に干渉する権利なんてない。 「明日は恵梨と一緒に出かけるんだ」 話題を変える。いつまでもこんな話をしたくて、エリに会いにきたのではないのだから。 「二人で?」 「うん」 「楽しそうね」 「楽しみだよ」 「何処に行くの?」 「展望台だって。恵梨が行ってみたいって。私はそれに付いていくの。一人じゃつまらないからって」 明日の事を話すだけで、気持ちが明るくなるのが分かった。単純な性格をしているな、とつくづく思う。 「じゃあ、デートってことなのね」 「そんなのじゃないよ。ただ恵梨に付き添うだけなんだし」 デートなんて洒落た言葉は、私には似合わないし、恵梨と出かけるだけのことで、使っていい言葉ではないような気がした。 「デートとか、全然そんなのじゃないから」 「駄目よ。そんな考え方ばっかりしてたら。恵梨は恭子と一緒に行きたいと思ってるんだから」 「そうなのかな。うん……そうだよね」 自分に言い聞かせるように言った。 「明日、頑張らないといけないな」 エリと手を繋いだまま、星の見えない夜空を見上げた。真っ暗な天井みたいに見えた。 2―2 山の上だけのことはあって、風が強い。だけどそんなことは些細なことだ。 恵梨についてきて良かったと思う。恵梨の楽しそうな表情と、意外にも見応えのある風景と、二人きりの空間。贅沢過ぎる気がする。 恵梨が展望台の手すりに手を掛け、身を乗り出すようにして景色を眺めている。風と踊る恵梨の髪の毛が、私を誘っているように見えた。 「懐かしいねー。恭子も昔遠足で来たことあるんじゃないの?」 恵梨が振り返り、こちらを見て笑う。 「うん。定番だよね。ここ。オリエンテーリングとかやったことあるよ」 「おー。そいつは楽しそうだねぇ。でもさ、遠足でここまで上がったことって一回しかないんだー」 「私も何回も上がったことないけど」 恵梨の隣まで近づく。手すり越しに下を見下ろす。ここから落ちたら、斜面を転がり落ちて、すり傷切り傷だらけになって、骨も折れそうだ。 「どうしてまた来たいって思ったの?」 「んー。何となくよ。何となく。むしょうに来てみたくなったの。理由なんてないさ。ノーリーズンー」 町を見下ろしながら、また笑って見せた。誰にでも分け隔てなく見せる笑顔のようにも見えるし、少しだけ特別な笑顔にも見える。 私だけの笑顔。そんなありもしないものに憧れている自分が、恵梨の笑顔をいつも以上に綺麗に見せていた。 綺麗すぎて、親し過ぎて、私を突き放しているようで、寂しくもなった。 すべてを含めて、恵梨は綺麗だ。 恵梨が親しげに笑う度に、私はいつも苦しくなる。 「そっか」私も笑った。多分、貼り付けた笑みは偽物だと思う。 「誘ってくれてありがとう。来てよかった」 「いいって、そんなの。だったら、付き合ってくれてありがとって言わないとね」 「きにしないでいいよ」 「言うと思った」 呆れたように恵梨が言った。 「いっつもそう言われたら逆に気にしちゃうよ」 「かな……」 本当に、気にしなくていいと思って言っているだけなのに、上手くいかないものだ。 「気をつける」 「もうそれって口癖だよね」 「そんな気もする」 「今度数えてみよっか」 「数え切れないくらい言ってるかも知れないよ」 薄く笑いながら、次は風景に目を向けた。学校が見えて、大型スーパーが見えて、緑も見えて、私の住む街はジオラマのように小さかった。 箱庭に飼われているみたいだ。私も、街のパーツのひとつに過ぎないのだと感じる。欠けても大差ないような、挿げ替え可能な一部品。 ここから飛び降りても、街は知らん顔で生活を続けて、私がいなくなっても何事もなかったかのように別の部品が用意される。いや、もしかしたら私は使われてすらいなくて、部品にもならない不良品なのかも知れない。だったら尚更私がいなくても困ることもない。 街からは必要とされていなくても、私は街を嫌いにはならないし、こうして見下ろしたりして感動したりもできる。 なんて一途な片想いだろう。永遠に両想いにはなれない、報われない思い。 恵梨に向ける気持ちにも、似ているところはあるだろうか。 「どしたの?」 頭を動かしながら口を動かせない。結果、黙り込んでいた私に恵梨が声をかけてくれた。 「なんでもない。おっきいなって思ってただけ」 恵梨の声に首を振ってから答えた。 「街と比べて自分って小さいな。何だか寂しくなるね」 「何だか今日は感傷的だ」 「ちょっとだけ」 ちっぽけな自分を笑う。不良品。意外としっくりくる。 不良品。確かに私は不良品だ。他よりも劣り、ずれた感覚を持ち、普通に誰かを好きにもなれない。換えにすらならない。いらないもの。 「そろそろ下りよっか」 手すりに手を掛けて空を見ながら、名残惜しそうに恵梨が言った。 「ちょっと風が強すぎるかな」 「確かにね。風に当たりすぎて疲れちゃった。恭子と引っ付くと楽になれそうー」 手すりから離れ、腕を広げて恵梨が迫る。普段と変わらず、健康そうに見えた。 「いきなり何よ」 肩を抑えて恵梨を止める。最近、こんなやり取りが多い気がする。恵梨はどうやら抱きつくのが好きらしい。私の身体の抱き心地は悪いと思うのだけど。 「ふらふらして立ってられないわー」 恵梨と触れ合えるのは嬉しい。だけど、何度も抱き付かれたら私の身体も精神ももたない。抱きつかれる度に緊張して、自分を抑えこんで、気を張って。正直疲れる。 「だったらベンチにでも座ろうよ。そっちの方が楽になると思うよ」 「恭子がいいの」 恵梨の二つの掌が私の頬を挟んだ。暖かい指が頬に絡む。恵梨に触れられていると、触れる指に侵蝕されているような気分になる。恵梨に触れられるだけで、私は自分を見失いそうになる。扇風機の羽が全力で回転するのを見るみたいに、私の心の原型を見失う。 恵梨は、私の胸の高まりを知らない。 最終的に、恵梨の支離滅裂で、意味のよく分からない理屈に押されて、恵梨に抱き締められるのだ。前にも何度かあった。大体は恵梨の行動を拒んでいるのだけど、効果があったことは抱きつかれる回数よりも少ない。 恵梨の力と肌と、柔らかさと、他にも色々と混沌としたものが身体に染み込む。 私の内側に強い風が吹く。風は私の心を吹き飛ばそうとする。私は、必死に踏ん張って耐えている。耐える苦しさは決して外側には出さない。 「楽しい?」 「とっても」 「恵梨って抱きつき魔?」 「かもねー」 「私以外にもするの?」 「恭子だけ」 「本当に?」 「ほんとー」 意味のない質問ばかり並べて、平静を装ってみる。 最後の質問の答えで、何でこんな質問をしたのか分からないけれど、くすぐったいような気持ちになった。 恵梨にとって私は、特別な存在だと自覚するべきなのか。 恵梨は私だけにしか抱きつかないと言った。私だけに。 私を大切にしてくれるのか。私以外はいないと思ってくれるのか。換えにならない不良品を、唯一だと感じてくれるのだろうか。 ――私は、恵梨にとって換えの聞かない部品になれるのかな。不良品じゃなくて。 「恵梨」 「何?」 「重たい」 苦笑しながら、声にならない望みを恵梨に向けて、言った。 二人以上で昼食を食べるのは家族以外では久しぶりだ。 いつもと変わらない教室の中の昼休みで、いつもと変わらない笑顔を見せる恵梨と歩。 「いやぁ、二人が別々にご飯食べてる時なんか、ホントにびっくりしたんだから。一体何があったんだよぅってさー」 ⇒To Be Continued... |
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