executioner #0 Prologue | |
作者:
E
2007年09月14日(金) 05時03分27秒公開
ID:i2PsV2NL/56
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※作中に一部グロテスクな表現があります。 本作品はフィクションです。 「―――それではMs.冬木、次に詳細ですが…」 ええ、と適当にあいづちを打つ私。 受話器ごしから聞こえる事務的な台詞…声の感じからして、相手は初老の女性だ… 今、私は春休みを利用して、イギリスはロンドンまで仕事をしにきているのだった… それにしても―――ものすごく眠たい… 電話の彼女の言葉は事務的なくせに、その声にはとても落ち着きがあり、とてもやわらかい、まるで子守唄でも聴いているかのようだ… 落ちかけの瞼をベッド脇にある備え付けの時計に向ける… 只今の時刻―――深夜1時。 私の故郷、日本では朝の10時頃だろうか? 私は寝起きが非常に悪い。別に低血圧で朝に弱いと言う訳ではない、仕事の都合上、夜型の体質になってしまうからだ。しかも、長期の休暇ともなれば仕事を立て続けに入れてしまうので、どうしても昼と夜が逆転してしまう。 春休み期間の朝10時といえば、本来であればまだ寝ている時間だ。さらに私は、時差ボケと言うものに非常に弱いのだ、幾度となく飛行機の中で寝る努力をしたものの、窮屈なシートに腰掛けながらではどうも落ち着かず、寝ることが出来ない。 つまり私は、日本を発ってからほとんど寝ていないのだ。 「―――木!Ms.冬木!聞いているのですか!?」 眠気で上の空の私に一喝が入る。 「えっ?あーはいはい、大丈夫ですよ!町外れのアパートですよね?」 「まったく、お願いしますよ」 「了解です」 顔の見えない彼女に苦笑いをしながら返事を返し電話機に受話器を置く。 (あーやっと意識が覚醒してきた…) 「取りあえず顔でも洗いますか」 備え付けの洗面所へ向かい、水を出す。蛇口からあふれ出す水を両手ですくい顔全体に付ける。暦上春とはいえまだ3月中旬、水はとんでもなく冷たい。雫が顔を伝い首筋へ触れると思わず身をすくめてしまう。 タオルで押さえつけるように拭くと今度は部屋の中央へ、そこで愛用の黒いコートに袖を通してぬるくなったオレンジジュースを一気に飲み干す。ここに来て取った食事の残りだ。 「よしっ!!出発だ!」 パンッと両手で頬を叩き、体に気合を入れ、ベッドの脇に置いてある、使い込まれ年季の入った革製の四角いカバンを持ち上げビジネスホテルの部屋を出る。エレベーターで3階から1階へ向かい、フロントに一声かけてチェックアウトは完了。またのご利用お待ちしています、というボーイの言葉を背に受けてホテルを後にした。 ホテルを出た私は、先ほど電話の彼女に聞いた場所へ向かう。 コツコツとブーツの音がロンドンの夜の街に響く、左手に持ったこげ茶色のカバンは街 灯の光を浴び、深みのある光沢を放つ。 街は沈黙を守る… いくら深夜といっても週末なのだから、遊び歩く若者や酔っ払いなどがいてもおかしくないのだが… まるで、街そのものが死んでしまったかのような静けさ。 この静けさには理由がある。ここ数週間、ロンドンの街を脅かしている女性ばかりを狙った猟奇殺人事件のせいだ。 今判っているだけで、死者16人、行方不明者4人。被害者は、腹を裂かれ、臓物をごっそりと持っていかれた状態で発見されている。 なんとも残酷な殺し方、影すら掴めない犯人。そのため、スコットランド・ヤードや一部のマスコミでは、切り裂きジャックの再来だとか言われているそうだ。 今から5日前、私の元へ届いた一通の手紙にも事件のことが詳細に綴られていた。そして、最後の一行には『今回の猟奇殺人事件の処理を「冬木 香織」に命ずる』と記されていた。 「さっさと仕事を片付けて日本に帰ろっと」 ―――仕事。 そう私の仕事は、俗に言う悪魔祓い師。世間一般的にはエクソシストと呼ばれるもの。基本的には建物、物、動物、果ては人間に取り付いた悪霊を祓うのがエクソシストの仕事だ。 聖書、聖水などを用いて悪霊を祓うもの、ここまでが最も知名度の高い一般的なエクソシストである。しかし世間には公表されないエクソシストが存在する。 一般的なエクソシストを下級、武器を用いて凶悪な悪霊を消滅させる中級、中級以下の仕事に加え、デビルハンターといったこともこなせる上級の3つのランク分けされる。また、上級エクソシストは、エクスキューショナー(直訳で死刑執行人)、とも呼ばれ、現在、全世界で現役のエクスキューショナーは12人しかいないそうだ。そして、これらを統括するのが『逆十字教会』とよばれる組織だ。 逆十字教会とは、迷える者を導く教会とは反対に、迷える者を葬る教会、というところから逆十字教会と呼ばれる。簡単に言ってしまうと教会の“裏組織”みたいなものだ。ここでは仕事を受け、悪霊を祓うまたは消滅させ、報酬を受け取るといった至極簡単なシステムであるが、完全歩合制な仕事である。 この逆十字教会は、カトリックの総本山と同じローマのヴァチカン市国に本部を構え、そこから世界各地へと支部とそれに関連した施設等を持つ。 さっきのビジネスホテルにしたってそうだ。逆十字教会の息がかかっている。 ちなみに私はエクソシストとしては現在中級で、かつて最強のエクスキューショナーと謳われた父を尊敬し、また、目標としている。 エクソシストである私が、この猟奇殺人事件に首をつっこむということは、今回の事件は人ならざる者が関与している言うことだ。 本来、その国で起こった事件ならば当事国のエクソシストが派遣されるはずなのだか、今回に限って、全員出払っていて人手が足りないらしく、わざわざ私にお鉢が回ってきたのだ。 初めは、断ろうと思ったのだが、成功報酬が、ことの他よかった。中級エクソシストに回ってくる仕事でも1、2を争う額だったということ。そして、イギリス支部の司教であるエドガー・チューダー・アーヴィングが私を名指しで指名してきたからだ。 彼の配属は支部とは言え、逆十字教会内部では、いわゆる“大司教”と呼ばれるクラスに席を置く人物である。 そんな人に私は、自分の名前を売っておいて損はないと考えたのだ。 「―――っと、ここね」 そうこうしている内に目的地へと到着した。 電話の彼女の詳細によると、このアパートは鉄骨コンクリート作りで築45年の4階建て、各部屋3LDKの全体的に立派な建物なのだか、なにぶん古い建物なので老朽化が進み、今では廃屋となっているそうだ。 ざっとアパートを見渡してみる―――。 建物は全体的にやや縦長で、ガラス窓はほとんど割れてしまっている。かつてはクリーム色だったと思われる壁は薄汚れており、ところどころに薄っすらとひび割れが走っている。出入り口は向かって右側に一つ。 ぱっと見た感じ、どことなく日本の団地の作りにも似ていて、どこにでもありそうな感じがした。 ただ、他と違うのは、まがまがしいまでに異質な何かを放っているという点だけ。 「…しっかし、いかにもって雰囲気ね」 本当にいかにもって感じがした…。 心霊特集の番組に出てくる心霊スポットチックな建物だ。ここまであからさまに“それっぽい”と恐怖を通り越して唖然としてしまう。 私は悪態をつきながら、左手に持ったカバンを地面に下ろした。カバンを横に倒して止め具をはずす。蓋を開けたカバンの中には、聖書や聖水、十字架といった基本的な装備品。そして、リボルバー式の拳銃が収められている。 リボルバー式の拳銃を手に取る。357マグナム弾を使用する、シルバーメタリックのコルトパイソン6インチ。私の命を預ける大事な相棒だ。 ロングバレルに357マグナム弾を私用するので、その反動は結構なものだ、女の細腕で扱うのはなかなかに大変な代物だ。しかし、38口径の弾丸、38スペシャルを使用することにより、威力はマグナム弾に随分と劣るもの、比較的反動を極力軽減し、扱いやすいようにしている。 最近の拳銃はオートマティックで弾数も多く、グロックのようなプラスティックパーツで構成されている物もあり、非常に軽く女性でも簡単に扱うことができるものも少なくはない。 弾数も少なくリロードも遅い、しまいには、弾丸の威力を落としてまで使う。私にとってはデメリットだらけのこの拳銃にこうまでしてこだわるのは、父の形見の品であり、父から譲り受けた大切なものだからだ。 パイソンのシリンダを横に押し出し、退魔の刻印を弾頭に刻んだ、特殊な弾を6発込める。そして、予備の弾と聖水の入った瓶をコートの左ポケットへ入れ、最後にとっておきのお守りであるチョーカーを首に提げて準備完了…。 再び、カバンを左手に持ち、ふぅ、と一呼吸し、アパートの出入り口へと足を向ける。 アパートに入って直ぐ、まず目に付いたのは正面の階段と1階の各部屋へと続く廊下、そして、右の側壁についた郵便受け、階段は建物の古さを現したかのように黒ずみ汚れ、奥へと続く廊下は薄暗く、突き当りまではっきり見えない。 郵便受けには、かつてここの住人であった人の名前が書かれた紙製のネームプレート。すっかり擦れて読めなくなってしまっている。 例の“奴”がいる部屋は、二階の角部屋。階段をゆっくりと上り始める。 かつーんかつーん、と私の足音はコンクリートの壁に反響され通常よりも大きく響く。最後の一段を上りきると、建物前で感じた異質の何かが“それ”へと変わった。 体の背面で受ける3階へと続く階段からの空気と、前面で受ける2階の廊下からの空気が明らかに違う。私は、そんな空気をいつものことだと気にもせず廊下を進む。 私の姿が月明かりで照らされ、薄暗い廊下に影を落とす。廊下を進むにつれ、“それ”は徐々に濃度を増す。 角部屋の前にたどり着いた。ドア越しにはっきりと感じる、悪しき気配…そして… ―――血の匂い。 「報酬相応の相手って訳ね…」 閉鎖された部屋から溢れ出す血の匂いに中の様子は容易に窺えた。おそらく中は血の海だ。中級エクソシスト程度に来る仕事内容の中では滅多にお目にかかれないレベルの相手だろう。 近くの壁にカバンを立てかけ、ドアノブに手を掛る。そして、ノブを右に捻りそのままドアを押し開けた。錆び付いてすっかり重くなったドアが、がこんと音を立てて開かれる。 ドアをくぐると部屋の構造上なのか、直ぐにリビングへとたどりついた。 錆びた鉄のような血と肉が腐った臭い…こみ上げてくる吐き気を懸命に堪えて室内に視線を走らせる。 ―――見つけた! しかし、私が目にした“奴”は、私の予想と教会の報告にあった悪霊とは遥かに違った化け物だった。 そいつは、ぐちゃ…ぐちゃ…、と粘り気のある音を立て、覆いかぶさるような形で若い女性の臓物を喰らっていた。 「―――悪食(あくじき)」 悪霊とは、実体を持たず何かに取り憑きさまざまな害を及ぼす。今回も悪霊に取り憑かれた、野犬によって起こった事件のはずだった。しかし、今、目の前で人を食らっている『悪食』は、実体を持ち、自ら生き物を襲う『悪魔』と呼ばれる存在。悪魔は悪霊などとは比べ物にもならないくらいの力を秘めた怪物だ。こいつはエクスキューショナーの管轄だ。 背筋が凍りついた――― 歪な球みたいな顔がいくつも集合し、毒々しい一つの球状の体を形勢している。その1つ1つに目はないのだか、その代わりに鋭い牙を持つ大きな口を備えている。大きさにして1メートル弱。その姿は教会の資料で見たことはあるが、実物を見るのは初めてだ。 幸い奴は食欲を満たすのに夢中で、こちらには気づいていない。 「しっかりしろ私っ!これくらいでビビってたら、エクスキューショナーに、父さんのように成れっこないじゃない!!」 自分自身に怒鳴りつけ、恐怖で小刻みに震える体を奮い立たせ、強引に意識を前に向ける。その声に反応し、口元を真っ赤に染め、口元からは、腸だと思われる長い臓物をぶらつかせながら奴がこちらを振り向く。 腸をズルッ、とすすり上げると、悪食は私の胸の位置くらいまでゆっくりと浮かび上がり、ギギギ…、と新しい獲物を見つけ喜んでいるかのように、声を漏らした。 ―――次の瞬間、奴は私目掛けて、文字通り一直線に飛び掛ってくる。 「やってやろうじゃないのっ!!!」 すぐさまパイソンを不気味な球体に向け、素早くトリガーを3回連続で引く。 ターン! ターン! ターン! マズルフラッシュと共に38スペシャルの乾いた銃声が轟く。しかし、全弾命中しても怯むどころか、さらに加速して突っ込んでくる。 「っ!!」 ありったけの力を右足に込め、左に頭から飛ぶ。 ズガァ! 私が立っていた位置に激突した。コンクリートの壁が砕ける。まるで小爆発でも起こったかのように、アパート全体が揺れ動いた。まともに食らったらひとたまりもない。 ⇒To Be Continued... |
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