風魔の如く2〜月夜の歌姫〜 第1話 | |
作者:
カロカロ
2007年08月29日(水) 18時50分04秒公開
ID:8XrF0XrWMRE
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満月が出て、森には夏虫の声が寂しく木霊していた。 時刻は夜も深まり午前零時、人々が布団へと入っている時間だ。 だが、誰に知られる事もなく、この静かな夜闇の中で森を移動するもの達がいた。 人数にして数十名。全員、軍隊がするかのような重装備をしている。 無論、こんな時間に軍隊の練習がある訳もなく、彼らの目的は別のところにあった。 物音も立てずに移動する事数十分、彼らの目の前がパッと開く。 森を抜けたのだ。いや、正確には森のへそに着いたというべきか? ともかく、そこに彼らの目的の建物があるのだ。 建物は長方形、外壁には存在が分からないほど見事な迷彩が施されている。 しかし、ここまで近付いてしまっては迷彩も意味をなさず、数分もかからずに彼らは建物の入り口を見つけ出した。 だが、入り口となる扉は強固で蹴破るのは無理そうだ。 「…破壊しろ」 長髪の男が言うと、一人の男がスッと手を扉に当てる。 すると、触手のようなものが男の手から数本伸び、扉の枠を沿うように蠢きはじめた。 やがて、扉は小さくジュジュッという音をたて、触手の沿った部分から溶けていく。 数分後、扉は強固であったのが嘘のようになくなってしまっていた。 微笑を浮べ、長髪の男は後ろについてきている者たちにゴーサインを出す。 次々と彼らは入っていき、ついには長髪の男だけになる。 「いくら王国の最高秘密と言えど所詮はこの程度の警備か」 長髪の男が入ってから数分後、森に断末魔が響きわたる。 それとほぼ時を同じくして、長髪の男が入っていった建物の裏口から数人の男女が逃げるように出てきた。 だが、彼らは先程の武装集団とは違った存在である。 彼らは武装集団の求める存在への鍵なのだから…。 いきなりだが、貴方はなぜ生きている? まあ、この質問に対しての回答なんて幾千幾万とあると思う。昔の人も「皆違って皆良い」って言っていたし。 ただ、俺がこの質問に答えるとしたら、答えは一つしかない。 それは、親を探すためだ。 俺、神琥(しんく)は苗字がない。 まあ、先に言っておいたから分かると思うけど俺には親がいない。 今日から丁度16年前、産まれて間もない俺はガラス細工屋の入り口に捨てられていたらしい。季節が夏って事もあって、他の捨て子みたいに凍死とかそういう類は避けられたし、たまたまガラス屋のオヤジさんが良い人だった事もあって、なんとか生きている。 それで、今は恩返しと親を探すための旅費を稼ぐためにガラス細工をオヤジさんの所で作らせて貰っている。 でも、流石に夏なだけあって作業場は…… 「暑ッ〜!うわ、猛暑だよ猛暑!誰か太陽を消してくれ〜」 ガラスをいじりながらうなだれて言うと、不意に頭の上から声がした。 「え〜い、暑い暑い言うんじゃね〜!こっちとら魚類なのに日光だぞ!?ぶっちゃけ干乾びる!」 「メツ…何度も頭に乗るなって言ってるだろーが?」 俺は、片手で頭の上に乗っている物を持ち上げた。 フカフカしてて、少し熱を持っているそれを見ると、可愛らしい青い魚のヌイグルミだ。 ジーと見ていると、ヌイグルミの口がパカパカと動いた。 「いいじゃん!お前、馬鹿だけど頭の寝心地だけは良いんだからよ!」 普通の人なら驚くのかもしれないが、こいつと16年間一緒にいる俺としては別に普通だ。 それに、メツは決して人形なんかじゃない。俺の式だ。 式…これを説明しようとすると凄い話がややこしくなるけど、省略して言うとすれば、式神とか、妖怪とかそんな類の存在だ。なんでも、自分達の住んでいる世界とは別にもう一つ式や妖怪の住む世界があって、人が産まれたり、召喚したりする事でこちら側に来るらしい。 百年前から増え始めた式は現在ではもはや貴重な社会の一部になっていて、発電から何から何まで式がいないとまかり通らない。 ちなみに、普通の式はしゃべるけど食べ物は食べないが、メツはしゃべるし食べる。 ぶっちゃけ一番家計を圧迫している存在だ。 俺はこのはた迷惑な同居人をてきとうに机の上に置いた。 すると、メツはフヨフヨと浮んで俺の周りを回りだす。 「で?今日の仕事はいつ終わるんだ?」 「この江戸切子作ったら終了だよ」 「おお!だったら帰る途中で買いたいものが…」 「ダメだ」 「なんで!?」 「今日はお前、何も手伝ってないし」 いつもは、こんなメツでも少しは作業を手伝っている。 特に江戸切子は高く売れるかわりに技術が必要なため、メツの式としての能力が必要不可欠だ。 メツはしばらく考え込むと、クルクルと綺麗に旋回する。 「仕方ない。手伝ってやるよ。ただし!いつものようにタケハラ屋の60円の特大メンチカツ一個な!」 「はいはい。分かったからさっさとしろ」 よほどはやく食べたいのかメツはもう作業に移っていた。 ヌイグルミの体は先程の旋回を段々とはやくしていき、ガラスのコップに切り込みをつけていく。そして、切り込みがある程度の量になるとメツは体全体から水を出し、操って綺麗に加工と仕上げをしていく。 数分後、先程までガラスでしかなかったものが見事な江戸切子になっていた。 絵柄は夏だけに清涼感を出す花火。 これで黙っていれば良いのに、メツは口からヨダレを垂らしながら俺の肩に乗る。 「なあなあ!やったから、はやく買いにいこうぜ」 「ああ。その前にオヤジさんに挨拶してからな…おやっさん、お先に失礼します」 奥の方から太い声で「おつかれ〜」というオヤジさんの声が聞こえた。 オヤジさんはいつも帰る前には決して姿を見せない。 別に俺を嫌っている訳じゃなく、オヤジさんは俺と違って本当に職人だから一つのガラス細工でさえ納得いくまで何度も作り直すから時間がかかり、出てこないのだ。 俺達が外に出ると、もう外は真っ暗だった。 時刻を見ると20:00、納得だ。 一瞬、タケハラ屋がまだ開いているか心配になったが、考えてみるといつもこのくらいの時間に行っている。今日もよっぽどの事でもない限り開いているだろう。 俺はメツと一緒にゆっくりと行く事にした。 一方、神玖とは反対方向の場所では…。 「速っ!もう嗅ぎつけたの!?」 静まりかえった街の中を一人の少女が疾走していく。 それを追う様にして三つほどの影が音もなく動き回る。 やがて四つの影は幾度目かの曲がり角を曲がり、家がない場所へと進んでいく。 だが、三つの影は着実に彼女との距離を詰めてきていた。 「このままじゃマズイ。仕方ない、これを使うしか…」 少女は自らの右手の甲を見る。 手の甲には、青紫色の石がはめ込まれていた。 少女が石に手を伸ばそうとした時、不意に彼女の体が宙に浮かんだ。 いや、浮んでなどいなかった。彼女は体ごと、崖から飛び出したのだ。 先程から段々と人家がなくなっていたのは崖が近かったからだったのだ。 どんなに物好きでも、わざわざ落下の危険のある崖の近くには建てはしない。 勿論、彼女も落ちるために走っていた訳ではなく、ただ逃げるために走っていたため、動揺をあらわにする。 「って、ええ!?ちょ…どうしよう!?あっ、これを起動させれば!」 慌てて少女は自分の右手の石を外す。 次の瞬間、彼女の右手は巨大な銃口へと形を変えた。 慣れた手つきで銃口を地面へと向け、標準をあわせる。 そして、銃口から勢いよく空気を圧縮した弾を発射した。反動で彼女の身体の落下速度は減少する。 だが、彼女はすぐに発射した事を後悔した。 彼女が弾が向った先には、人の姿があったのだ…。 「おお!このビッグマグナムのような刺激のある味!そして一度目にしたら忘れられない巨大衛星のような大きさ!まさに特大メンチカツの名に恥じぬ代物!」 「ったく、お前はどこの料理評論家だよ?分かりにくい例えして」 「五月蝿いな〜。人が一日の疲れをこのメンチカツでほぐしているといるのに、いちいち口出しをするな」 「人って…お前、人じゃないじゃん。てか、お前今日は一度しか手伝ってない」 俺達は無事にタケハラ屋の特大メンチカツを買って帰っている途中だ。 ここは街場から離れている方なので道に街灯はない。 少々物騒な気もするが、別に危ないものなんてない。 いや、一つだけあるか。俺のすぐ横にある有り得ないほど高い石の壁だ。 でも、今日は特に雨も降って無いし、落石の危険もないから大丈夫だろう。 それに、ここを通り終われば自分の家もすぐだ。 今日の夕食は何にしよう?やっぱり簡単に早く出来るものがいい。 やっぱりチャーハン?でも二日前も炒飯だったし、メツが文句を言いそうだな。 夕食についてなんだかんだと考えていると、不意に声が聞こえた気がした。 周りを見回すが、人影は無い。 いるのはメンチカツを幸せそうに頬張っているメツだけだ。 「?どうした神玖」 「いや、何か声が聞こえたような気が…」 「気のせい気のせい♪」 メツはメンチカツを一かじりする。 確かにメツの言うとおりかも知れない。今日はいつもと違ってほとんど一人で作業したり疲れが溜まっているはずだ。空耳だろう。 そんな事を考えた瞬間、何かの風圧を受けて体が数メートル吹っ飛んだ。 一体何が起きたのか分からなかった。ただ、何かが自分の横に凄まじい速度で落ちて、その風圧で自分の体が吹き飛んだのは分かる。 とにかく立ち上がると、すぐにメツが飛んできた。 「だ、大丈夫か?ま、まさかこのメンチカツの魔力で…」 「んな訳あるか。使い古されたようなボケをかますな。さっさと見に行くぞ?」 さっきまで自分がいた場所に戻ってみると、地面が大きくくぼんでいたが他にはこれと言って特別なものは見当たらない。 「変だな〜?確かに何かが…」 「ちょ、ちょっと、どいてどいて〜!」 「へっ?」 ドスンッ…こんな効果音があう感じで俺の体は地面に倒れこむ。 い、痛い…それに何かが上にあって立てない…。 一体何があるのかと見ようとするが、丁度背中で見えない。 しかし、なんとしても見ようと努力していると不意に頭の上から声がした。 「いたた〜…」 頭を上げると、そこには緑色の目をしたショートヘアーの少女の顔があった。 どうやら、この少女が落ちてきたらしい。 見た事のない少女だが今はそんな事どうでもいい。一刻も早く俺の背中から降りて欲しい。 「あの〜、降りてくれます?」 「えっ?あっ、ごめん!」 少女は慌てて俺の上から退く。そして、ご丁寧にも俺の前に正座した。 この時、ようやく少女の背格好が明らかになった。 見た事もないような白い服、白い肌だ。でも、それよりも俺の目をひきつけたのは彼女の右手だ。 昔読んだ本に写真で載っていた大砲…それに似たものが彼女の腕から生えていたのだ。 式だろうか?式にも上位になると人型をしている者がいる。 しかし、彼女は人間のような気がした。 「えっと、あんた誰?」 「式じゃね〜の?俺と同じで、式の臭いがそいつの腕からプンプンしやがる」 「いや、あの……ってああ!そうだ逃げてる途中だったんです!お願い、助けて下さい!」 「いやいや、いきなり言われても全然ついていけないんだけど…」 「と、とにかくあの人たちから護って!事情はあとで話すんで!」 少女はそう言うと崖の上を指差す。 数人の人影があった。でも、まさかあそこから来る事はないだろう。 あんなところから飛び降りれば、100%ただでは済まない。 ってあれ?そういえばこの女の子も落ちてきたって事はあそこから? そうなると…もしかしてとんでもなくややこしい事に巻き込まれているんじゃないのだろうか? そんな事を考えていると、上から数人が飛び降りる。 「嘘〜!?あいつら死ぬ気!?」 でも、彼らは死ななかった。どういうわけか途中で一瞬浮かび上がり、減速しながら降りてきたのだ。やがて全員が降り終わると、その中の一人が俺に優しく、しかし明らかに警戒している声で言った。 「君はその少女と知り合い?」 「いえ、違います」 「じゃあ、引き渡してくれるかな〜?こっちも仕事で追ってるんだよ」 「…なんでこの人は追われてるんですか?」 「この子は人を殺したんだよ。だから処刑しなくちゃいけない。だから引き渡してくれる?」 俺はチラリと少女を見る。とても人を殺したようには見えない。 それに、明らかにこいつらの方が怪しい。 相手には見えないよう、合図をしてメツを呼ぶ。 メツも何か感じとっているのか素直に言う事を聞いて来てくれた。 『メツ…こいつらを追い返すぞ?』 『別にいいけどよ。いいのか?相手さんヤバそうだぜ?』 『何言ってる。こういうの好きなくせに。それに、やってくれたら明日メンチカツ二個かってやるよ』 『ったく、しかたね〜な。手伝ってやろうじゃね〜か!』 「それじゃあ、いくぞ!」 俺とメツは右と左、逆方向に分かれる。 戦いの上で大切な事は固まらない事だ。固まるとすぐ囲まれて不利になる。 「ちっ!ガキが邪魔をするな!」 ⇒To Be Continued... |
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