ファースト・コンタクト |
作者:
シウス
2010年05月08日(土) 02時36分49秒公開
ID:JKrIwHXPmEc
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高校の修学旅行で乗った豪華客船が、テロリストに占拠された。 ―――どこかの漫画か小説にでもありそうな事件が起きたのが、数時間前のこと。 大勢の学生や、他の客たちは1階のホールに集めさせられ、マシンガンを持った数人の男達が、常に見張りをしている状態だった。 テロリスト達の数は多く、1階ホールの見張り以外にも、船内のあちこちにも潜伏していた。 なのに――――。 最上階の廊下にて。 この階にはT字路のような通路しか無かった。Tの字の下側が操舵室になっており、テロリスト達の大半がここで無線を使って、身代金などを要求していた。 Tの字の左右の通路は10メートルほどあり、それぞれが階段に繋がっていた。 もしも1階ホールから、この階段まで歩いて来ようものならば、ホールの見張りはもちろんのこと、途中で潜伏している他のテロリストとも確実に出くわしてしまうことになる。 にもかかわらず、その男子学生はポケットに手を入れたまま階段を歩いて登っていた。今にも口笛を吹きそうなほど軽い足取りには、緊迫感など一欠けらも無い。 と、彼が階段を上り終え、通路に出た瞬間に表情を変えた。 通路の先―――同じく階段に繋がっているであろうその場所から、一人の女子学生―――普段はあまり話さないクラスメートが姿を現したからだ。 彼女も少年の姿を見て驚き、二人して慌ててT字路の交差点まで駆け寄った。 少女が口を開く。 「あんた赤石ね」 「初めて口をきいた気がするな。あんたは青木だな」 少年の名前は赤石・巧(あかいし・たくみ)、少女は青木・綾(あおき・あや)という。 巧は、いま最も大事だと思われる質問をした。 「なあ、青木。1階からここまで来るのに、テロリストに出くわさなかったか? けっこう居たと思うんだけど」 「ああ、居たよ。でもあたしってば、隠れるの上手いから。ハリウッド映画とかで、物陰に隠れてやり過ごすシーンとか、子供の頃から真似ばっかやってたし」 「へぇ、運が良いんだね」 「そういうあんたこそ、よくここまで無事だったわね? あんたも隠れてやり過ごしたの?」 「ははっ。実はそうなんだ」 「なーるほど。あははっ」 「ははははっ」 「そういえば、途中で何人かのテロリストが縄で手足を縛られてるのを見たのよ。まるで死体安置所みたいに転がされてる様子は壮観だったわ」 「ああ、俺も似たようなのを見たかな? 両手・両足を縄で縛って、天井から逆さ吊りにされてたよ。誰があんな愉快なことをしたんだろうな?」 『……………………』 しばし沈黙し、やがて二人同時に口を開いた。 『あれをやったのって、あんただろ(でしょ)?』 互いに指差しながらセリフがハモったことに驚き、すぐに納得する。 巧は苦笑しながら言った。 「お互い、カタギじゃない―――なんてレベルのじゃない秘密を抱えてると見た。俺もそうだけど、あんた―――人間じゃないだろ?」 巧は口調では軽く言ったものの、内心では緊張していた。今まで抱えてきた秘密をバラすのにも抵抗がある。万が一……いや億が一、目の前の少女がフランス外人部隊みたいな組織にでも所属していただけの人間―――ではないかと疑ってしまう。 しかし綾は、唇の端をニィっと歪めて笑った。 心から同胞に出会えたという喜びを感じている笑みであった。 「ええ。ってか、あんたもだったとはね」 と言って、二人同時に口を開いた。 「あんたも俺と同じ吸血鬼だろ?」 「あんたもあたしと同じ狐妖怪ね?」 『………………………………は?』 西暦2009年、9月、20日、午後14:00。まさにこの瞬間。 後に二人は語った。 これは『この地球上で人外の知的生命体がいるとすれば、それは我が種族だけだ!』と思っていた2種族間の、小さな小さなファースト・コンタクトだったという。 後日、とある喫茶店にて。 「居たんだね、吸血鬼って」 「俺だって21世紀にもなって、妖怪と出会うなんて思ってもみなかったぜ」 二人が船で出会った後、互いの素性も判らないまま、それでも二人で操舵室に乗り込み、互いに超常現象を引き起こして、残りのテロリスト達を気絶させ、縛り上げた。数時間後、救助隊が駆けつける頃には、二人は何食わぬ顔で他の人質達に混ざりこんでいた。 「っていうかさ、吸血鬼の他に、西洋の魔物とか悪魔なんてのも存在するの?」 「いや、居ない。―――居ないと思うんだが、青木の例があるからなぁ……。お前んとこの『妖怪』ってのも、狐以外は居ないのか?」 「ま、今のところはね。でも赤石の例があるからねぇ……」 二人揃って溜息を吐く。 土曜日の昼時。私服姿の二人は、割と人目に付かない喫茶店を選んで、そこで話し合っていた。 それというのも、両者とも人間ではないため、何かこう……『魔性』のような魅力があり、普段からよくナンパされる。 ―――もっとも、精神面などは互いに人間と同じで、巧に至っては、同世代の男子と同じく、ベッドの下にエロ本まで隠している。 そして二人が深く話し合った結果、両者の種族は大昔から独自の進化を遂げてきた生物であり、超常現象を引き起こす能力を持っているものの、聖水や十字架やニンニクを嫌うわけでもなく、油揚げが好物というわけでもない。 またどちらの種族も、同じ種族内でコミュニケーションがあり、組織的に動きながら人間社会に溶け込んでいるという。 個性に至っては、これがまた人間的で、身体能力と頭脳は完全に人間と同レベル。性格も人間と同じく、聖職者になる者もいれば、犯罪者になる者も存在するという。 巧は両手を後頭部に当て、椅子の背もたれに体重をかけながら言った。 「しっかし、まぁ……世の中には面白いもんが溢れてんだな」 「その点だけは同感よ。……で、どうする? お互いの背後に組織があるんなら、お互いに上層部にでも掛け合って、SF映画みたいにファースト・コンタクトみたいな会議でも開いてもらう?」 「SF映画ねぇ……ファースト・コンタクトって単語、映画じゃ聞いたことねぇな。むしろゲームでしか聞かないなぁ」 「ゲームって、スターオーシャン?」 「ああ、そうそう。ってかお前もやりこんでんのか? スタシャンの1〜3までのストーリーで『ファースト・コンタクト』って単語が出たのは、スタシャン3のゲーム内の『辞書』って項目にしか無かったんだけどな」 「あれは個人的にも良いゲームよ。―――って、そうじゃなくて。上層部に掛け合ってみようとは思わないの?」 「青木はファースト・コンタクトしたいの?」 「あたしは……正直に言うと嫌よ。後々になって色々と面倒な問題とか出てきそうだし」 「俺だって同じだよ。ってなわけで、この話は俺たちだけの秘密にしてみないか?」 「レディと秘密を共有したいっての? 意外とナンパ男なのね」 「まっさかぁ。人間や―――他に知的種族が居たとしても差別するつもりは無いけど、個人的には同属にしかトキメキなんて湧かないからね」 「あら奇遇ね。あたしもよ」 何の含みも無い―――見る人が見れば『この人は嘘をついてない』と分かるくらいナチュラルな微笑と共に、二人は言う。 巧は楽しげに口を開く。 「俺さぁ。ガキの頃から漫画とか読んでて、小学生くらいの主人公が宇宙人とか妖精なんかに出会って、その出会いそのものを秘密にしている―――ってのを読んでたんだけどさ、それに凄っげぇ憧れまくってたんだよ。だから俺たちの出会った秘密っていうのも、ワクワクするんだよなぁ」 子供のように無邪気に笑いながら語る巧に、綾は苦笑しながら言った。 「それじゃあ、まるであたしが宇宙人みたいじゃない。言っとくけど、あたしには赤石の方が宇宙人なんだからね?」 「ははっ。でも本当は吸血鬼と狐妖怪。ときどき思うんだよ。自分が不思議な力を持った吸血鬼に生まれて良かったけど、それじゃあ俺が『不思議だな〜』って感じる存在って、何か無いのかってな。それでファンタジーものの漫画やゲームに走っちまったけどな」 綾が少しだけ目を見開く。 「驚いた………マジであたしと一緒なんだね」 「青木もゲームするってのには驚いたな」 「最近は女の子でもゲームはするわ」 「で、スターオーシャン? 相当やり込んでたみたいだけど、俺だって負けてねぇぜ? なんたってネットの投稿小説サイトまで見てるくらいだからな。『げーむじん』とか」 普通はドン引きされることだが、目の前の少女が話の通じる相手だと思ってか、相当マニアックな話題を振ってみた。おそらくは『あたしも読んでる』と返ってくるだろうと予測していると――― 「『げーむじん』って、スタシャンの小説なんて今のところ一人からしか投稿されてないじゃない?」 「ああ、確かにな。でも俺はあの小説は気に入ってるんだぜ?」 「あれ、あたしが投稿したんだけど……」 「ぶっ―――!!?」 飲みかけた紅茶を吹いた。 「船で出会ったときぐらい驚いたな。まぁ、あの小説は個人的には良かったとは思うよ」 「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」 「俺に惚れちゃいけないぜ?」 「ふふっ。狐以外に惚れるなんて一生無いわ」 「ははっ。手厳しいなぁ」 はたから見れば恋人同士にしか見えないが、二人にとっては友達同士という認識だった。それも種族を飛び越えた『親友』だった。 互いに『他種族を好きになることはありえない』と言った気持ちに嘘は無い。だからこそ恋愛無しの男女間の友情という、極めて珍しいものが誕生してしまった。 数年後、結婚するために互いに駆け落ちするハメになるとは―――今の二人には知る由も無い。 そして地球上のどこかで生まれた二人の子供が成長したとき―――二人だけの小さなファースト・コンタクトは、やがて来る両種族間のファースト・コンタクトで初めて発表されることになった。 |
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