人間たちの旅のある朝
作者: くるみるく   2009年11月14日(土) 12時58分00秒公開   ID:KHXzrpMtKfA
暑くもなく、寒くもなく。
冷たすぎない心地の良い風が少女の頬を撫でていく。

「んぅ〜ん、やっぱこの世界の風はいいねぇ」

両腕をいっぱいに伸ばし、雲ひとつ無い空へ手のひらをなじませる。
優しい風が少女自慢の橙の髪をさらっていく。

「あ、ピュイさん!探したんですよ」

少女の後方から声がした。
金の髪をなびかせ小走りに寄ってくる。

「やぁ、何か用かい」

少女は振り返り、走ってくる少女に言葉を投げた。

「カミヤさん怒ってましたよ、片付けもしないでフラッと出て行くものですから」

金の少女は橙の少女のもとへ着くと、先ほど走ってきた方を指差した。

「あ〜、アイツは年のワリにジジ臭いよね。ほっとこうぜ?」
「駄目ですよ、置いてかれちゃいます」

風が二色の長髪を浮かせる。
橙の少女はうんざりとした様子だったが、とりわけ嫌というわけでもなさそうだった。
金の少女は目の前の少女を叱るが、その声の調子は彼女に対する同意を表していた。

「で、昨日のチェスは勝負ついてたっけ?」

ぼーっとした表情で相手に問う。
その相手は笑いながら答えた。

「忘れないで下さい、私の勝ちで終わりました」

質問を投げかけた橙の少女の目が丸くなる。

「マジ!?」
「マジです」

先ほど笑って答えた少女が今度は真面目な表情で返した。

「うっは、これ以上負けたらチョコなくなっちゃうよ」

いかにも残念そうに嘆いたが、その表情は柔らかいままだった。
それを見て少女は可愛らしい笑い声を立てる。

「カミヤさんとやってみたらどうですか?」

うなだれていた橙の少女が、金の少女の提案に再び目を丸くした。

「何言ってんの、頭脳戦でアイツに勝てるわけ無いじゃない!」
「んー、じゃあチェスじゃなく」
「……何をやっている」

突然現れた黒髪の男に驚き、思わず声を上げる二人の少女。
二人が話しこんでいる間に接近していたようだ。

「メルス、ミイラ取りがミイラになってどうする」
「ご、ごめんなさい」

黒髪の男が金髪の少女を睨む。
思わず身をすくめる少女だったが、橙の少女がそれをなだめた。
しかしそれは逆効果で、彼の視線は橙の少女へ向いた。

「お前はさっさと部屋を片付けて来い、出発するぞ」
「ういうい……」

黒の男は長身のためか、睨むと結構な迫力を感じさせる。
仕方ない、やってやるかと呟く相手にため息で返した。

「メルス、今何時ほどだ?」

宿屋に戻っていく少女から目線をはずし、男はそれとなく前を見つめた。
金の少女は額に手をやり太陽を探す。

「ええと、日の傾きからいって9時くらい、でしょうか」
「ふむ、そろそろ出ないと日没に間に合わないな」

相槌を打つ少女だったが、首をかしげた。

「かかる時間なんて地図に書いてありましたっけ」
「計算すれば出るだろうが」
「そうなんですか?」
「……そうなんだよ」

黒の男はだるそうな調子で答える。
二人揃って前を見つめていると、後ろから人の気配を感じた。
戻ってきたようだ。

「終わった〜いくど〜」

走って黒と金を追い抜く橙だったが、次の瞬間引き返すことになる。

「次の町は反対ですよ」

陽気な風が踊り、三人それぞれの髪を潜り抜けていく。
それは上空に舞い上がり、はるか下になった人間たちの声を聞いていた。
■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。

■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集