ふたりいっしょに
作者: トーラ   2008年12月14日(日) 09時41分03秒公開   ID:Ar11ir4Sh.c
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「あれだよ。分からない?」
「……ごめんなさい。分からないわ」
 何度も目を凝らした。だけど、青い光が更に見つかっただけだった。あなたの指す光が遠ざかっていく。
 あなたは、「そう」とだけ言って腕を下ろした。酷く残念そうで、寂しそうな声だった。
「ごめんなさい」
 もう一度あなたに謝った。本当に申し訳ないと思ったから。あなたの傍にいる理由をはっきりと理解出来ないことにも後ろめたさがあった。
「いいよ。仕方がないよね。ぼくときみは、違うところから空を見ているんだもの。同じ景色は見られないよね」
 わざと明るく振舞っているような笑顔であなたが言った。
 わたしたちはずっと並んで、同じ方向に進んできた筈なのに、わたしたちの歩みはずれ始めていた。
 いつから、こんなことになったのだろう。むしろ、最初からわたしたちの歩みは別々のものだったのかも知れない、とも思える。わたしとあなたは違うのだから、進む方向だって、違って当たり前だ。
 今までずっと気付かなかったけれど、ずれはもう認識できるほどの大きさになっていた。



 わたしが変わっていくのと同じく、あなたも変わっていった。痛みを伴うような触れ合いを求められたことなんて一度もなかったのに。
 こんなにも強く腕を捕まれたのは初めてだ。身動きが取れなくなるような密度の濃い視線を送られるのも、何もかも。
 声も出ない。あなたも何も言わず、そのままわたしを押し倒した。
 背には雑草茂っていて、背中から倒れてもそれほど痛みはなかった。あなたの気遣いのおかげなのかも知れない。
 空があって、空を遮るようにあなたの身体が見える。あなたの顔がわたしを見下ろしている。手首を握るあなたの手が鎖になって、わたしを地面に縛り付けていた。
 あなたはわたしを見ていた。わたししか見ていなかった。わたしだけを見据えて、身体をわたしに近づけていく。寄り添うよりも近く、触れ合うまで近くに。
 あなたの唇がわたしの唇を塞ぐ。あなたの吐き出す息がわたしに入り込む。これがあなたの香りなのだろうか。
 あなたの吐息が、わたしの身体を組み替えていく。力が抜けていく。
 わたしに入り込んだのは息だけではなく、あなたの舌も一緒に潜り込んでくる。
 乱暴に口内を動く。あなたという存在をわたしに刻みつけようとしているようだった。
 蹴った小石がやがて転がるのをやめるようにゆっくりとあなたの動きも止まる。わたしの内側からあなたのものを引き抜き、そのままわたしに覆いかぶさった。
「――ぼくは……」今にも崩れてしまいそうな声であなたが言う。
「きみと一緒にいるだけじゃ満足出来ないんだ。ぼくはきみとひとつに、なりたい」
 あなたの願いに何と答えたらいいか。答えるべき言葉が見つからない。
 ひとつになんて、なれるのだろうか。さっきの口付けも、繋がっているように、ひとつになったようにも見えた。だけど、それだけだった。わたしの口内に入り込んだあなたの物を、わたしははっきりと異物だと認識していた。あなたと繋がることを拒絶したかのように。
 そんなわたしとひとつになれるのだろうか。
「きみのことが好きなんだ。だから、ぼくはきみと同じ景色を見たい。並んで見るだけなんて寂しいだけだ。きみが見ている景色が見たい。同じ星を眺めたい。きみと同じ気持ちになりたい」
 初めてわたしに「一緒にいてほしい」と願ったあの時のように、心の底から引きずりだしたような声で訴える。
 何もかも過去のようにはいかない。空っぽな中身を埋めてくれた言葉も、今度は逆に隙間を作った。
「何で――出来ないのかな……?」
 それは、多分わたしに向けられた言葉ではない。あなたもきっと、わたしに投げかけても仕方がないと分かっているのだ。
 わたしには何もできないと、あなたは分かっている。
 もし、あなたが悲しんでいるのなら、わたしも同じ気持ちだと思う。だけど、同じようにも感じる気持ちでさえ、わたしとあなたの間にはずれがある。埋めようのないずれが。
「……きみと一緒にいてもつらいだけだ。きみのことが好きなのに、どうしてこんなにもつらいのかな」
 わたしを求めたあなたが、はっきりとわたしを拒絶する。
 わたしたちはもう、同じ方向を向いていない。このまま歩き続ければ、わたしとあなたはどこまでも遠ざかっていくだろう。
 あなたがいなくなる。わたしの中からも、あなたは消えていく。わたしには何も残らない。

 ――残らない筈なのに。

「無理して一緒にいることなんてないわ。つらいのなら、ひとりになればいい。わたしは大丈夫だから」
 この気持ちはどこからきたのだろう。
「ここであなたを待ってるから。また、ふたりで一緒にいたいと思ったら戻ってきてくれれば」
 まだ何か残っているのか。あなたの残り香か、それとも、新しくわたしに芽生えた何かか。
「また、一緒に歩きましょう」
 わたしの中に渦巻く何かが言葉を選ぶ。選ばれた言葉は水が上から下に向かっていくように口から滑り出て行く。
 突然現れたあなた以外の何かを拒絶することなく、わたしは自分の一部だと受け入れていた。受け入れてもいいと思った。
 これでわたしは空っぽではなくなるから。自分の意志で、あなたと一緒にいたいと思えた気がするから。



 こうして、あなたはわたしと違う道を行くことになる。






 あなたと離れてから、わたしの身体に異変が起こった。酷い渇きに襲われた。今まで一度もそんなことはなかった。対処のしようのない痛みにも襲われた。
 あなたと別れてから徐々にわたしの身体は壊れ始めた。乾いた土のように崩れていく。身体の端から、少しずつ、時間をかけて、悶えるような痛みを伴って。
 もうわたしの指はなくなった。崩れ、砕けて、零れ落ちた。足がなくなるのも時間の問題か。
 あなたと別れたことが引き金になって、わたしの身体が崩壊し始めた。
 崩れいく自分を他人事のように眺めながら思う。わたしはあなたと一緒でなければヒトの形でいることも出来ないのだな、と。
 あなたの傍にいたから、ずっとわたしはわたしでいられたのだろう。こうして、身体が崩れ落ちることもなく、ヒトの形を留めていられたのはきっと、あなたがいたからだ。
 だから、わたしはあなたと一緒にいなくてはいけないと思い込んでいたのかも知れない。
 あなたと一緒にいる理由。それは最初からわたしの中にあった。
 だけどもうそんなことはどうでもよかった。過去のように、空であるのが嫌であなたと一緒にいたいと願った訳でもない。今のように、崩れ去りたくなくてあなたを求めた訳でもない。
 あなたと一緒にいたいから、そう願うだけ。理由なんてない。そんなものは必要ないのだ。

 ごめんなさい。わたしはあなたに嘘をついたわ。

 眠りについた。あなたのことも忘れて、痛みも乾きも、すべて忘れて瞳を閉じた。

 自分が消えていく心地よさを感じながら。






 ぼくは歩いた。きみのいない世界をひとりで。ひとりでいると世界の表情が変わっていくことにも鈍感になった。それはとても悲しいことだと思う。きみとひとつになれないことよりももしかしたら悲しいことなのかも知れない。それでもぼくが選んだ道だから、ぼくは歩き続けた。
 大きな建物も増えた。馬車は車になった。星は見えなくなった。ヒトも増えた。
 きみの代わりにぼくと一緒にいてくれるヒトもいた。だけど、皆ぼくにはついてこられなかった。気付けばいつもぼくひとりで歩いていた。
 皆ぼくとは違うのだ。ぼくのように、永遠に歩き続けるヒトはいない。いるとすれば、きみだけだ。
 今も、きみの代わりがぼくの隣にいる。きみと同じようにぼくの手を握り、肌を寄せる。
「どうかした?」
「なんでもないよ。気にしないで」
 偽りの笑みで彼女を納得させた。それに、彼女はどうせ気付かない。
 何故ぼくはきみの代わりに彼女を求めたのだろう。いや、ぼくが求めたのではなく、彼女がぼくを求めた気もする。一緒にいる理由も希薄だった。明日も、明後日も、景色が変わり行くまで一緒にいたいとも思わない。
 なんて乾いた繋がりだろう。空しいだけの日々。過去を懐かしむだけの空っぽの自分。
 氾濫した川のようなヒトの流れを見ながら、きみのことを想う。
 きみはぼくを待っていると言った。いまも、きみと別れたあの場所で待っているのかも知れない。だけどもう、駄目だ。ぼくはその場所がどこにあるかを覚えていない。

 こんなくだらない時間を過ごして、歩き続けて、いつかまた、きみに会える日をぼくは夢見る。
■作者からのメッセージ
僕は設定とか世界観を考えるのが苦手というかむしろ嫌いな人間なので、そういうのを全部いい加減に書きたい物を書いたらこんなのができました。
書いたのは8月頃だったと思います。
読んで頂ければ幸いです。

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