Time Time Time…迫り来る時間 |
作者:
国村 裁臣
2008年10月27日(月) 00時49分10秒公開
ID:af6y8RFX7BY
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「おう西田、随分早いじゃないか」 「はい! 自分二時間前から来てました!」 「わかった。行くぞ」 俺は大学体育会応援指導部の一年である。かねてから応援団に憧れて入部したわけだが、練習がきついことと、上下関係の半端なさに驚いている。 そんななか、今日は二年生の赤神先輩と買い物をすることが決まった。基本的に俺は先輩の指示通りに動くことが任務である。 「西田、今日お前にやってもらうことは、まず花屋で買い物だ」 「は、花屋ですか?」 「ああ。ここにメモ書きがあるから買って来い。時間は三十分以内だぞ。遅れたらわかってるよな?」 「はい!」 俺はとりあえず花屋を探した。この周辺はネットで調べていたから、花屋の場所も大体分かる。だが、三十分はかなりきつい時間である。 そもそも今日、何故俺が先輩のプライベートに付き合わされたのか? たまたま近くに俺がいたからなのか? まあどうでもいいが、マジでやってられない。 しかも赤神先輩は滅茶苦茶きつい先輩なのだ。すぐに一年を正座させたり坊主にさせたり……挙げればキリがない。 彼の得意戦術が「粗相の転換」である。 例えば一年が遅刻したとする。それだけだと坊主なのだが、赤神先輩はそれを取り消す代わりに無茶振りを発動する。つまり出来もしないことを言いつけて、先輩の指示ができない、つまり練習場の単独掃除一週間とするのだ。 うちの応援部では、一年生係である三年生に連絡が行くまでで最新の粗相だけ体罰の対象となる。つまり坊主と練習場掃除は重ならず、練習場掃除だけになるわけだ。 俺は学ラン姿で走っている。先輩と行動するときは常に学ランと決まっているのだ。学ランのホック・ボタンが止まっていないと、大粗相だが普通そんなことになる奴はいない。 よし、見つけたぞ。花屋だ。特に客もいなさそうなので急いでメモの内容を店員に伝えた。 「わかりました。二千三百九十円になります」 もちろん俺の自腹である。結構ダメージではあるが、一晩中正座とか坊主よりはましだ。 俺はさっさとお金を置いて猛ダッシュで店を出た。「ちょっとお客さん!」なんて声も聞こえた気がしたが関係ない。別に金を少し落としちゃったところで逃げればどうでもいい。 俺は死ぬ気で時計を見ながら走った。二十五分経過……何とかいける! 体育の授業とか練習よりも気合を出して走った。 そして二十八分で到着。赤神先輩は呑気にコーラを飲んでベンチに座っている。 「ただいま戻り……ました」 俺は手に持っていた花を渡した。大丈夫、落ちないように慎重に持っていたので悪いようにはならない。 「おう。お疲れ。じゃあ次は……ここの宝石店に三十分以内な。ああ、金は渡しとくからこれで払え。釣りはお前にやるよ。それで今日は終わり」 先輩が指定した宝石店は、ここからだとどんなに急いでも往復四十分はかかる場所であった。所謂「無茶振り」という奴で、赤神先輩は見境なくこれを行う。 要は絶対に坊主・正座をさせようというインポッシブルなものだ。 走りながら考えていたのだが、もしかしたら俺はそのために呼ばれたのかもしれない。俺は赤神先輩の洗礼を受けていない唯一の一年。彼としてもプライドがあるということなんだろうか。 だが俺は負けない。やってやろうじゃないか。理不尽で来るなら、俺はそれを弾き飛ばす。三十分上等! 俺はクソがつくほど走りまくった。足が壊れるんじゃないかと思いながらも とにかく人生で一番速く走ったと言っても過言ではないだろう。 やがて、何と二十分のところを八分で宝石店についた。 俺はさっさとメモ書きどおりに従って店を出る。残りはおよそ二十分。 まあそこまで走らなくても大丈夫だろう。小走り程度で間に合う。 と思っていた。 だが悲劇は訪れる。 足が痙攣を起こしているのだ。俺は店の入り口で倒れこんでしまった。いくら頑張っても立てない。くそ、くそ、くそ…… ようやく立ち上がると、後十二分だった。息も上がっているのに、どうすればいいのか。 いや、走るしかない。俺は走る。それで赤神先輩を見返す。 俺は思いっきり手を振って走った。訳の分からない粗相で練習場単独掃除なんざやってられるか! 足は思ったよりも動いてくれた。 サンキュー! 行くぜ! 時計を見ると二十八分経過。 いやマジでいけるぞこれ。 うおおお! 二十九分四十九秒……先輩の座っているベンチに着いた。 赤神先輩は「マジで」とうめいていた。 「おお! ホントについたじゃん。すげーなお前」 「は……い……」 息が切れそうになるなか、俺は無事任務を終了した。 が…… 「ああお前さ。明日村上さんのとこ行けよ」 は? 何で、何で主将の名前が出てくるんだ? 大概主将のところに行くということは、大粗相を犯したときぐらいなんだが…… 「はい? どうしてですか?」 「学ランのボタン取れてんだもん」 視線を降ろすと、第三ボタンがない。 どうして どうして あ…… 花屋のときだ。 「あ〜あ、もし任務しくってたら練習場掃除で済んだのにな。ま、頑張れよ。俺は彼女とデートだからこの辺で」 赤神先輩が涼しい顔で去っていく。 俺の体は滅茶苦茶暑かった。 |
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