夜空は紅色に染まれ
作者: 三流小説書き   2008年10月25日(土) 22時13分37秒公開   ID:BfiTw8OLGCo
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もっと早くと、もっと遠くへと……。

でも、思いだけでは無理で、俺の足は段々と遅くなる。
気付くともう歩く程度の速さしか出ていなかった。
明らかな息切れだ。
荒く呼吸をしながら、振り向いてみる。

あるのは、ポウッと寂しそうに輝く街頭と、それに群がるあせた色の蛾ぐらいだった。
どうやら、なんとか逃げ切れたらしい。
ひとまず、肩を撫で下ろす。

しかし、あの女はなんだったのだろうか?
いきなり現れて、刃物突きつけて、ついでに意味不明な質問までしてきた。
まずありえない状況だが、実際あっただけに、より疑問は深まる。

それに、蒼井さんはどうしたのだろうか?
あの時はずっと自分の事で精一杯で気付けなかったが、いつの間にか蒼井さんはいなくなっていた。
先に逃げてくれたならいいが、もしあの場の何処かに隠れていたら、俺は見捨ててしまった事になる。
だとすれば俺に襲い掛かった以上、あの女が蒼井さんに危害を加えない可能性はありしも無きに近い。

「これは……警察に電話したほうがいいかもしれない」

いつも携帯を入れているポケットに手を突っ込んでみる。
本来ならここで硬く、少し滑らかな感触が指先にあるはずだけど……ない。

もしかして、今日は別の場所に入れたのだろうか?
自分の服にあるあらゆるポケットに手を突っ込んで確認してみる。
やっぱりない……。

逃げている時、何処かに落としてしまったのだろうか?
それとも、図書館においてきた?
どっちにしろ、今つかえなければ意味はない。
仕方なく、もう少なくなった公衆電話を探すか、それとも人気のなる場所にいって事情を話すか思案していると、不意に目の前に見覚えのある携帯電話がかざされた。

「探し物はこれか?」
「えっ?」

確かに、探していた物は目の前の携帯電話。
でも、もっていなかったはず。
それがここにあると言う事は……。
ゆっくり視線をスライドさせていく。

すると、そこには俺の携帯電話をまるでゴミでも摘むかのように親指と人差し指で摘み上げたあの女がいた。
一瞬で俺の体から血の気が引いていく。

いつ、追いつかれたのだろうか?
いや、それとも元から女との距離はとれていなかった?
どっちにしろ、女の手にはあの馬鹿みたいに大きく、今にも俺の首に向けられるのではないかといくハサミがあった。

足から力が抜けた。
逃げようという意思は働くのに、完全に体が言う事を聞かない。
今度は、流石に逃げようがなかった……。

「あっ…あっ…」

声にも、叫びにもならない情けない音が口から漏れる。
それをみると、女はその何処までも暗く、赤い瞳を嬉しそうに歪ませて、俺の顔を覗き込む。

「もう、逃がさない……」
「あ、あぁぁぁあぁぁあぁぁっぁぁぁぁあああぁぁあ!!!」

女は、不意にあがる俺の声に驚きもせず、その巨大なハサミを軽々と持ち上げ、俺に向けて一気に突き出す。
死を覚悟した次の瞬間――

ガキャンッ!! ドスッ!!

本来なら俺の体を突き刺すはずのハサミが、盛大な金属音と共に大きく孤を描き地面へと突き刺さる。

リン…リリン… リン…リリン

今、自分の前で何が起きているのか、俺は理解できなかった。
せいぜい分かるのは、今自分は生きているって事と、蒼井さんが生きているってことだけ。
だって、ハサミから俺を守ったのは、小さな扇子を持った蒼井さんだったから――


〜《懐かしい記憶》〜
柔らかくて温かい風……
鈴蘭の香り……
サワサワと綺麗な音を立てる木々……
いつかは思い出せないけれど、雑木林で私は祖母に少し小さな扇子を貰った。
青くて、薄っすらと模様の入った綺麗な扇子。端っこについた鈴も、可愛かった。
扇子と同じように小さかった私には、少し扇子は重く感じたけれど、大好きな祖母からの贈り物だったし、なにより見た瞬間から扇子を好いていたから大喜びをした。
でも、当の祖母は眉をハの字にして、困ったような笑顔を浮かべていた。

『ねぇ、ミーちゃん?』
『なぁにおばぁちゃん?』
『その扇子、あげるけど絶対に開いちゃダメよ?』

祖母の言葉の意味を私はよく理解できなかった。
だって、扇子だって団扇だって、扇いで使う物だから。
あけずに扇ぐなんて、おかしい。
そう思いつつも、私は貰った嬉しさの方が強くて、めいいっぱいの笑顔で祖母に答えた。

『うん、わかった! おばあちゃんの言うとおりにする!』

今ならわかる、あの時の言いつけの意味。 祖母の複雑そうな笑顔のわけ……。
今更、分かっても遅いのに……。

〜《最終》〜
蒼井さんは、小さな扇子を指でパシンッと軽快な音を立てて閉じる。
その顔は凛として優美、今まで俺の見たことのない彼女の顔だった。
女は、蒼井さんにはじき飛ばされたハサミをみて舌打ちをする。

「何故、邪魔をする? 同属のくせに」
「なんのことだか。 私はただの読書が好きな女子高生。 貴方みたいな得体の知れないものと一緒にしないで」
「隠しても分かるぞ? その体から立ち昇る黒々とした怨念の陽炎。 現世には属さぬ異属の匂いだ」
「だから、違うっていうのに……」

半ば諦め口調で反論しながら、蒼井さんは溜息をつく。
一体、この二人はなんなんだろうか?
一方は巨大ハサミで俺を追いかけて殺そうとするような女で、もう一方はそんな奴と平然と話をする。

おまけに、会話も同属だのなんだの意味不明なことばかり。
もう、訳が分からない。 頭がぐちゃぐちゃして混乱する。
この世界は一体どうしてしまったのだろう?
いつからこんな奇妙な事が平然と行なわれる世界になったんだろう?
逃げ出したい……。

でも、俺自身も足腰両方力が入らない。
逃げ出すことさえも、できない。

「もう、なんなんだよ……」

呟くように言うと、不意に蒼井さんが振り向く。
その顔は、さっき見せた物とは違い、いつものように優しく温かみのある物だった。

「大丈夫。 私が絶対に助けるから」
「えっ?」
「貴方は、大切だから」

それだけ言うと、蒼井さんはまた女と対峙する。
どこまでも暗く紅い女の目は、嬉しそうに歪む。
まるで、何か面白いおもちゃを発見したかのように。

「なるほど、そのオスが大切なのか。 悪魔が人間に恋とは……魔界中の傑作だ」
「五月蝿い! 何度悪魔じゃないといえば気が済むの!」
「怒り、憎悪、執着、愛情……。 お前は幾つの幸せと不幸を持っている? その男もろとも、是非とも食してみたい!」

次の瞬間、女は地面に突き刺さったハサミを引き抜き、疾風の如く俺たちに接近する。
そして、息つく間もなく蒼井さんへとその刃を振るった。
月光を跳ね返し、まるで残像かのように光の軌跡を残し刃は蒼井さんの肩へと向う。
だが、蒼井さんは特に焦ることもせず、扇子を広げ弾き返す。

「甘い」

蒼井さんは一気に地面を蹴り、イルカがジャンプするかのように跳躍し空に孤を描く。
月下にふわりと描かれる孤は、どこか幻想的で目が放せない。
女の方もそうなのか、ゆっくりと移動する蒼井さんの姿を目で追っていた。
やがて女の頭上にくると、空に合ったはずの蒼井さんの姿が消え去た。
次の瞬間――

「己があるべき姿へと戻りなさい。 哀れな浮世の夢よ」

いつの間にか蒼井さんは、女の後ろにいた。
さらに、女の体はまるで線でも引いたかのように切れ目が入っていた。

「な…に…?」
「私の夢に溺れ……ってアレ? 決め台詞忘れちゃった」
「それ…絶対ないって…」

女は顔を歪ませながら倒れこむ。
そして、地面へと吸い込まれていった。
一方、蒼井さんは一人でブツブツとなにやら言ってる。

「あれぇ? しかっりと決めたのに……。 てか、好きな人の前でこんなことしていいのか……。 いや、それは仕方なかったよね……」

なんだか、俺だけ出遅れてしまった感がする。
でも、未だ状況が理解できてない訳で、自分が助かったのかどうかも分からない。
蒼井さんに聞こうか、聞かざるべきか……。
と、今まで独り言を言っていた蒼井さんが急にこちらへとやってくる。
これは、聞くしかない。

「蒼井! これってどうい……」
「え、え〜と、大丈夫だった? 怪我とかしてない」
「えっ?あ、うん。 えっと蒼井、あのさ……」
「あ、そうだ! 今度も図書館一緒にいかない? ね、行こうよ!」
「ああ、そうだな。 蒼井……説明してくれ」
「……はい」

それから、蒼井さんは所々省略してだが話してくれた。
俺が狙われた訳、この状況になった理由、そもからアレは何で蒼井さんは何をしているのか……。

「つまり、俺は特別な力に目覚めて、それを悪魔が狙ってきたと?」
「あ、うん。 その力は幸福を感じた時しか表れないから普段は大丈夫なんだけど……。 幸福って感じた時、発動しちゃうから、これから一生喜べないっていう……」
「本当に?」
「ざ、残念ながら」

蒼井さん、苦笑。
でも、俺にとってはそんな単純な問題じゃない。
悪魔とかみてしまった以上、信じるほかないが、いくらなんでも幸福感じるなっていうのは……好きな女の子から伝えられる事としては酷すぎる。

「えっと、何とかならないのか? 蒼井ってその……なんだっけ? 魔喰とかなんだろ? 何か対策みたいなものを」
「なるにはなるけど……」
「どんなことでもいい! 教えてくれないか!」
「えっと、私と同じに魔喰になれば、悪魔には狙われないし、大丈夫」
「つまり、同じになればいいと?」
「あ、うん。 私、死んで欲しくないし、できればこっち選んでほしいな……ダメ?」
「うっ!」

蒼井さんがやや上目遣いで見てくる。
俺の心が揺らぐ。
なんか色々あったけど、結局俺は蒼井さんが好きだし、彼女一人がこんなことを続けるのは良くないと思う。
それに、ならなければ一生喜べないわけだし……。

「わ、わかったよ。 俺やるから」
「ホント? ありがとう」

蒼井さんは、今までにないほどの笑顔をみせてくれた。
でも、俺……本当に大丈夫なのか?
なんだか、不安になった。
実際、この俺の不安は後々当たることになる訳だが…それはまた、後のお話。
            (終)
■作者からのメッセージ
今回は、アクションに挑戦してみました。
大体7回にわけ、途中《》をいれ休憩できるようにしたのですが……どうでしょうか?
こんな作品では有りますが、感想やアドバイスがありましたら、ヨロシクお願いします

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